政治経済レポート:OKマガジン(Vol.372)2016.11.24

今回もトランプ氏を取り上げます。安倍首相の早速のトランプタワー訪問。オバマ大統領やクリントン氏にも会えば良かったですね。そういう観点からの論評がほとんど皆無の日本のメディア。トランプ評も選挙前と豹変。何だか妙な感じがします。


1.アメリカ・ファースト

最初に今年1月17日のメルマガ351号の冒頭をリピートします。以下のとおりです。

ここ数年、「ユーラシア・グループ」という国際コンサルティング会社が公表する政治リスクに関する分析が関心を呼んでいます。

「ユーラシア・グループ」創設者は米国政治学者イアン・ブレマー氏。スタンフォード大学で政治学博士号取得後、1998年に同グループ創設。

毎年1月、同社は世界の10大リスクを発表。2011年には最大リスクとして「Gゼロ世界」という概念を提示。

2013年には、「JIBs(日本、イスラエル、英国)」を構造的な負け組と位置づけ、政治リスクの第5位に「日本」をあげました。

2016年の10大リスクは興味深い内容です。第1位は「同盟空洞化」、第2位は「閉ざされた欧州」、第3位は「中国の占有スペース」。

中国の海洋進出等のリスクよりも、西側及び欧米諸国の同盟弱体化のリスクの方が高いという見方です。

以上のとおりです。まもなく2016年も終わりを迎えようとしていますが、国際政治における今年の3大ニュースはブレマー氏の予想大的中というところでしょう。

英国のEU離脱決定(6月)、米国大統領選でトランプ勝利(11月)、年間を通しての中国の海洋進出。

来年早々の2017年の10リスク発表が待ち遠しいですが、「英国」と「トランプ大統領」がランキング入りすることは間違いないでしょう。

「トランプ大統領」本人ではなく、トランプが主張していた「アメリカ・ファースト」になるかもしれません。

「アメリカ・ファースト」は「米国第一主義」。国力が相対的に低下し、多くの国内問題を抱える米国は、自国の社会・経済の立て直しを最優先し、国際問題への関与を可能な限り控えるべきとする考え方です。

「アメリカ・ファースト」というスローガンが初めて使われたのは1992年大統領選挙の共和党予備選。候補者のひとり、パット・ブキャナンが主張し、かなりの支持を得たそうです。

因みに、パット・ブキャナンはCNNの人気政治討論番組「クロスファイア」の初代司会者です。

その頃の米国は湾岸戦争直後の厭戦ムード。少し前にもブラックマンデーや冷戦終結等の大イベントがあり、「アメリカ・ファースト」を訴えた背景が理解できます。

トランプが泡沫候補として嘲笑の対象になっていた序盤戦にまず採用したスローガンは「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」。

このスローガンは1980年大統領選挙の際にロナルド・レーガンが使用。トランプはこれをコピーし、商標まで出願したそうです。

序盤戦で「米国を再び偉大に」と訴え、中盤戦以降は「アメリカ・ファースト」を多用。2つのスローガンは勝利に寄与したと言えます。

就任後のトランプ大統領、「アメリカ・ファースト」で「米国を再び偉大に」できるか否かが問題です。

よく考えてみれば、EU離脱表明の英国は「ブリテン・ファースト」、トランプ勝利の米国は「アメリカ・ファースト」、中国とロシアはもともと「チャイナ・ファースト」「ロシア・ファースト」。

国際社会は厄介な時代に入りましたが、そもそも国際社会とはそういうもの。このメルマガで何度もお伝えしているとおり、「自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る」お人好しの国はありません。

それを推奨するわけではありませんが、残念ながら、それが人間による国際社会の本質。むしろ「自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る」指導者は、自国民に対して背信行為を行っていると言えます。

2.歴史を動かす3要因

経済と宗教と民族。人間の歴史はこの3つの要因で動いています。その3要因がいずれも大きな節目に来ている時代に、私たちは遭遇しているようです。

それは、覇権国家の構造に変化が生じている局面とも言えます。だからこそ、イアン・ブレマーが「Gゼロ世界」と命名しました。

以下、誤解を恐れずに、大雑把かつ概念的に整理してみます。

経済的には、資本主義、グローバリズム、金融依存がいずれも限界に直面。欧米中心の国際社会の原動力になってきたメカニズムです。

宗教的には、既に1993年に米国政治学者サミュエル・ハンティントンが「文明の衝突」時代に入ることを指摘。以後のイスラム勢力台頭は周知のとおり。欧米中心の価値観の押しつけが困難になりました(メルマガ280号<2013年1月30日>参照)。

そして民族的には、国家あるいは国家連合体の概念や枠組みが根本的変化に直面。しかし、どのような方向に向かっていくのかは不確実な状態の中にあります。

1648年のウェストファリア条約。「高校世界史の授業で聞いて以来だ」という声が聞こえてきそうですが(笑)、民族的要因のメカニズムを予測するためには、この条約の歴史的意義を洞察することが不可欠です。

教科書的に言えば、1618年に起きたカトリックとプロテスタントの「30年戦争」を終結させた条約。それがウェストファリア条約です。

その頃までの欧州は、経済的、宗教的に力を持った王家や教会の権力や影響が錯綜する複雑なメカニズムの中で動いていましたが、このウェストファリア条約によって、内政権、外交権を有する主権国家という概念が確立。

言わば、中世社会から近代主権国家による世界秩序に転換。以後、多くの紛争や戦争を経ながら、民族ごとに国家を形成するというモメンタムも加わり、主権国家、民族国家が今日の国際社会の構成単位になっています。

国際協調や紛争回避を企図した国家連合体も徐々に形成され、その最先端の事例がEU(欧州連合)です(メルマガ363号<2016年7月13日>参照)。

しかし、ここに来ての英国のEU離脱、トランプの「アメリカ・ファースト」のように、国際協調や国家連合体に必ずしも前向きではない傾向が顕現化。では、要するに個々の国家単位の国際社会に戻るといことかと言うと、事態はそれほど単純ではありません。

英国を例にとる場合、EU離脱が仮に実現しても、大陸側との深い関係は不可避。英国はEU的な欧州全体の枠組みからは抜けられない運命でしょう。

米国の場合、「アメリカ・ファースト」で「米国を再び偉大に」が実現できるかと言えば、それは困難です。

20世紀以降、経済的、軍事的な覇権国家となり、民主主義、自由主義、資本主義という価値観を浸透させるために、「世界の警察官」と称して、事実上、米国の影響下にある国を増やしていったこと。それこそが「偉大な米国」の源泉にほかなりません。

「アメリカ・ファースト」と称して内向きの国家運営をしていては、「偉大な米国」の維持復活は不可能です。

中国は明白な膨張政策に転じています。4千年の歴史を誇る中国にとって、アヘン戦争敗北以来の「不名誉な時代」を脱するために、経済力が急伸している今こそ、覇権国家の地位奪還の時局到来との認識です(メルマガ332号<2015年3月30日>参照)。

しかも、中国は主権国家の領域を超え、「中華民族」という価値観を駆使。国外在住の華僑の同胞意識に訴え、華僑の利益も守ることを梃子に、そうした国々への事実上の影響力を高めています。

華僑と同様に世界に民族が分散するユダヤ、世界に信者が分散するイスラム勢力についても同様のことが言え、もはや主権国家単位で物事は動いていません。

では、「アメリカ・ファースト」「ブリテン・ファースト」の米国、英国は主権国家単位での行動原理に立ち返り得るのか。

現実を考えれば、移民国家である米国、移民急増の英国は、「民族国家」という価値観を伴う主権国家的意識で国家を運営することは困難です。

3.金の茶室と千利休

国内に多くの民族を取り込んでしまった現代国家。その典型が米国や英国です。米国はもともと移民国家なので当然と言えば当然です。

中国やロシアも多民族国家。そして、支配民族が少数民族を抑圧するスタイル。だからこそ、少数民族との紛争やテロが散発します。

一方、英国や米国は、本来は中心であったはずの白人が、流入する移民に圧迫されているというストレスが蓄積され、「ブリテン・ファースト」「アメリカ・ファースト」を誘発。

歴史を動かす3要因のひとつである民族。今後、国家単位でまとまるのか、国家を超越するのか、それとも別のモメンタムで動くのか。現状では予測できません。

さて、日本。国際社会の潮流からすれば、「ジャパン・ファースト」でもよいはず。内心、そう感じている国民は少なくないと思います。

貧困撲滅を目指し、平和に貢献し、世界の発展に寄与したいという表向きの志は維持しつつ。しかし、戦後日本の行ってきた政治、そして今の政治が、本当に「ジャパン・ファースト」になっているのだろうか。その疑問が、上述の内心を生み出します。

戦後、米国と同盟関係にあり、米国文化の圧倒的影響を受けてきた日本の場合、対米関係が国民感情のポイント。親米、反米とは異なる屈折した対米感情が潜在しています。

日本の政策が米国の国策や国家戦略に寄与する「アメリカ・ファースト」になっているのではないか。それを是とする人々の利権を潤す「ステークホルダー(利害関係者)・ファースト」なっているのではないか。

米国は嫌いではないが、この際、対米関係を適正化し、日本独自の路線を進むべきではないか。この感覚は、親米・反米とは異なる「懐米」。懐疑的の「懐」です。

米国嫌いの人もいるでしょうから、その場合は「嫌米」。この4つの対米感情、並びは親米・懐米・嫌米・反米の順です。

メルマガ前号でも紹介しましたが、トランプ勝因のひとつは「ラスト・ベルト」「ボスウォッシュ」の中間層・低所得層「WASP」の支持(メルマガ前号参照)。

今回、もうひとつお伝えするキーワードは「ポリティカル・コレクトネス」。当該「WAPS」は「ポリティカル・コレクトネス」とも言われてきたそうです。

本来は政治的中立性を意味する言葉ですが、転じて、政治的に大人しい有権者。つまり、政治と接点がなく、アクセスもできず、政治の側も接点を持とうとしなかった「ポリティカル・コレクトネス」。

なぜならば、歴代大統領選挙では、白人に支持を訴えることは、増加するマイノリティの離反を招くという潜在意識があったからだそうです。

トランプの演説常套句は次の2つ。曰く「政治家はグローバル化を追求し、雇用、富、工場をメキシコと海外に移転させた」「グローバル化が金融エリートを生み、その寄付によって政治家は蓄財した」。なるほど、ストレスを溜めていた白人の心に響く演説です。

当選後、最初の外国要人として日本の安倍首相と面会。その際の金(ゴールド)一色の驚くべき部屋。思わず秀吉の金の茶室を思い出し、安倍首相が千利休かと思いました。

トランプは選挙公約どおり「アメリカ・ファースト」に「ポリティカル・コレクトネス」に配慮した政策を実行するのでしょうか。金の茶室のオーナーが、中間層・低所得層「WASP」やマイノリティの思いを本当に実感できているのでしょうか。

そして、歴史を動かす3要因(経済・宗教・民族)の大変革に対して、どのような深い洞察をしているのでしょうか。

あまり洞察しているとも思えませんが、それを促すためにも、交渉相手である各国首脳にも洞察が求められます。

交渉相手にも深い洞察がないまま、現時点では覇権国家の地位を維持している米国が暴走し始めると、EUも迷走する中、世界は混乱し、中露の独壇場です。

内心では「秀吉ファースト」「利休ファースト」でお互いに利用し合ったと言われている太閤と天下の茶人。利休は切腹させられ、太閤は寂しい晩年。

イアン・ブレマーの来年の10大リスクに日本が入らないことを祈ります

(了)


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