政治経済レポート:OKマガジン(Vol.563)2025.7.10

今年はトランプ大統領の言動に世界が右往左往させられています。関税政策に関しては、日本を含む14ヶ国との交渉が8月1日までとりあえず延長されました。一方、安全保障面ではイラン政策から目が離せません。米軍がイランを直接攻撃したのは6月22日、イランが反撃したのは翌23日。それを境にイスラエルとイランの交戦状況も沈静化しています。イスラエルとイランの対立、米国の対イラン政策等を理解するためには、過去に遡って経緯を知る必要があります。いずれにしても、今年はトランプ大統領の関税政策とイラン政策は今後も要注目です。


1.影の戦争

イスラエルとイランの対立の背景は、最近の出来事だけに起因するものではなく、長年の歴史・宗教・政治が複雑に絡み合っています。

歴史的経緯を振り返ると、両国はかつては友好関係にありました。1948年のイスラエル建国後、イランの当時のパーレビ(パフラヴィー)王朝はイスラエルと協力関係を構築していました。それは、両国ともアラブ諸国と対立する立場だったためです。

ところが、1979年のイラン革命で状況が一変。イラン革命により、親米・親イスラエル路線のパーレビ王朝が崩壊し、イスラム教シーア派の宗教指導者ホメイニ師を中心としたイスラム共和国が誕生。新政権はイスラエルを「シオニスト政権」「イスラム教の敵」と位置づけ、対立が始まりました。

イランはシーア派イスラム教の中心的国家であり、イスラム世界の中でも独自の社会体制を擁します。そして、イスラム革命以来、宗教的使命として「パレスチナ解放」と「イスラエル打倒」を掲げています。

そして、イランは「エルサレムはイスラムの聖地」という立場であり、イスラエルの存在自体を認めていません。

一方、イスラエルはユダヤ人国家であり、イスラム教徒(特にパレスチナ人)、イスラム教国家の領土・宗教的は主張とは相容れません。

歴史的、宗教的背景の概略は上記のとおりですが、実際には宗教対立が政治的・軍事的対立の正当化や大義名分として利用されている面が強いと言えます。

政治的対立は中東における覇権争いです。イランは中東全域で影響力拡大を目指し、シリア、レバノン、イラク、イエメン等の親イラン勢力を拡大する一方、サウジアラビア、UAE等のスンニ派や親米勢力と対立しています。

イスラエルはイランのそうした動きを自国への直接的脅威と捉え、米国や湾岸諸国と連携し、イランの影響力拡大を阻止しようとしています。

また、イランは核開発を行っていることから、イスラエルはそれを「国家存亡に関わる脅威」と見做し、イランの核兵器保有を絶対に容認しない立場です。

特に最近はイランがウラン濃縮を進め、核兵器製造に必要な高濃縮ウランの蓄積量を増加させており、イスラエルはイランの核兵器保有は「レッドライン」(絶対に越えてはならない一線)として再三警告してきました。

以上のような対立を背景に、イスラエルとイランは、シリアやレバノン、ガザ地区などを舞台に代理戦争も繰り広げています。

イランはヒズボラ(レバノンが拠点)、ハマス(ガザ地区が拠点)、シリア国内の親イラン勢力も支援。これら勢力はイスラエルへのロケット攻撃やテロを行っていることから、イスラエルはそれらイランの支援組織とも交戦しています。

そして、イスラエルは米国の強固な同盟国である一方、イランは反米・反イスラエルを掲げていることから、両国の対立は米国の中東政策、米国を取り巻く国際力学とも深く関係しています。

最近10数年間、イスラエルとイランは表立った直接的戦争は行っていませんでしたが、サイバー攻撃、空爆、暗殺などの「影の戦争」を続けてきました。

国際的に報道された実例は、イスラエルによるイラン核科学者の暗殺(2020年)、イランによるイスラエル関連施設やタンカー攻撃、イスラエルによるシリア領内の親イラン施設空爆等々。こうした「影の戦争」がエスカレートし、今年に入っての軍事衝突に発展しました。

軍事衝突の直接的背景には、昨年来、イランが核兵器製造に技術的に近づいていると報道されていたことから、イスラエルは「必要なら単独でも軍事行動に出る」と表明。イラン側も報復を宣言し、緊張が高まっていた中での今年の軍事衝突でした。

2.イラン核合意(JCPOA)

イランの核兵器開発の経緯及び今回の軍事衝突の背景に関連して、イラン核合意(JCPOA)について説明する必要があります。

JCPOAは「Joint Comprehensive Plan of Action」の頭文字であり、日本語では「包括的共同作業計画」と訳されています。

JCPOAは、イランが核兵器開発しないことを保証する代わりに、国際社会が対イランの経済制裁を解除するという合意(計画)です。合意参加国は、イランと米英仏独露中及びEU(欧州連合)です。

2015年7月に米オバマ政権下で合意が成立し、2016年1月合意履行開始、イランへの経済制裁は解除されました。

イランはウラン濃縮度を3.67%以下に制限、 濃縮ウラン保有量も大幅制限、重水炉や遠心分離機の制限、IAEA(国際原子力機関)の厳格な査察受け入れ等の条件を受け入れました。

ところが2018年5月、米トランプ政権が一方的にJCPOA離脱を表明、11月には米国はイランに対して「最大限の圧力政策」と呼ばれる厳しい経済制裁を再開しました。

トランプ政権が離脱した理由は、JCPOAはイランの核兵器開発を一時的にしか抑止できないこと、弾道ミサイル開発や地域覇権問題では合意ができていないこと、イランがシリア、レバノン、イエメン等で軍事的影響力を拡大していること等が指摘されていました。

当然、イランは2019年以降、合意内容の履行停止を宣言。核開発を再開し、濃縮度60%超のウラン生産(核兵器級の90%に近い水準)、IAEAの査察制限や監視カメラの一部停止等に踏み切りました。

2021年に発足した米バイデン政権がJCPOA復帰交渉を試みるも停滞。進展が見られない中で第2次トランプ政権となりました。

第2次トランプ政権発足前から、イランは技術的にはいつでも核兵器製造に至れる状態に近づいていると報じられ、イスラエルはイランの核兵器開発を「実質的な脅威」と見なし、軍事行動を含む強硬対応を主張していました。そうした状況下でのトランプ政権再登場でした。

6月13日、イスラエルはイラン攻撃を断行。イスラエル国防軍(IDF)がイラン国内の100ヶ所以上の核施設や軍事基地、指導者等を標的に空爆やコマンド作戦を実施。少なくとも30名のイラン軍高官が死亡、加えて核科学者も殺害されたようです。

イスラエルのネタニヤフ首相は「イランの核・ミサイル能力を削ぐための先制攻撃」と説明し、攻撃は事前に米国にも通知し、米軍が協力したとの報道も見られます。

10日後の6月22日、今度は米軍が攻撃。イランのイスファハンの核施設に対してB2戦略爆撃機やトマホーク巡航ミサイルで攻撃。地下深くまで到達して爆発するバンカーバスターと呼ばれる爆弾が使用されました。

米国政府は「甚大な損傷」を与え、核兵器開発施設の実質的破壊に至ったと説明する一方、イラン側は「被害は限定的」と強弁するとともに、IAEA査察からの離脱を表明。

翌6月23日、イランによる反撃が行われました。イラン革命防衛隊(IRGC)がカタールのアル・ウデイド米空軍基地等に中距離弾道ミサイルを撃ち込みました。

着弾または迎撃されたミサイルは最大14発。米・カタールは事前通告を受け、人的被害はなく、イランはこれで報復は「完了」として、米への直接攻撃は継続しないと表明しました。国内向けに反撃の実績作りを行ったという印象です。

6月24日以降、イスラエル・イラン・米国間で事態は急速に沈静化し、「停止状態」に入っています。そうした中で停戦交渉が行われており、トランプ大統領は「停戦は合意に至っている」と再三述べています。

7月7日のイスラエル・ネタニヤフ首相とのワシントンでの会談では、「イランが核協議を望んでいる」との情報も披露し、当然ながら、水面下で様々な動きが起きていることが推察できます。

3.先制攻撃と非対称戦争

上述のとおり、イスラエルとイランは長期に亘る緊張関係にありますが、イスラエルの国内世論はイラン攻撃に肯定的です。

国民の多くはイランを「国家存続に関わる脅威」と見做し、核兵器だけでなく、イランが支援するヒズボラやハマスの存在にも強い強い不安を感じており、国内的には「脅威は早期に排除すべき」という主張が優勢だそうです。

国内政治的には極右・中道・左派が対立していますが、イランに対する強硬姿勢に関しては同調的であり、ネタニヤフ首相はイラン問題を利用して国内支持を固める戦略をとっているようです。

イスラエルの軍事ドクトリンは「先制攻撃」です。脅威が現実化する前に排除する方針を明確にしており、核関連施設や親イラン勢力の拠点に対する空爆・サイバー攻撃を現に実行しています。

また、米国、サウジアラビア・UAE等の湾岸諸国との連携、情報・軍事協力を強化しており、対イラン包囲網形成に余念がありません。

上記のとおり、右派・中道・左派を問わずイランに対する「大きな脅威」という認識は共有されていますが、その対処法や戦争の是非・タイミング・手段等を巡っては様々な意見があるようです。

ネタニヤフ首相(右派・強硬派)はイランを「国家存続への最大の脅威」と表現し、常に軍事行動を選択肢に含めるべきと主張。米国の同意のない単独攻撃の必要性も示唆。ヒズボラやイランの代理勢力への先制攻撃も辞さない立場です。

ネタニヤフ政権は汚職疑惑・司法改革等を巡って内政面で批判を受けており、イラン等の安全保障問題を前面に出すことで政権支持を固めようとする傾向があります。

一方、イスラエル軍(IDF)・モサド(情報機関)・閣僚には慎重論もあります。反撃リスクや、戦争拡大を懸念。単独攻撃よりも、米国や国際社会との協調を重視する声が根強いようです。

野党や中道リベラル層の立場は、軍事的冒険主義への懸念が強く、可能な限り外交交渉や経済制裁等の手段を優先すべきとの意見です。

一方、イランの国内世論は核開発への賛否があります。「核は国家の誇り」「対イスラエル・対米の抑止力」として支持する声も多い一方、経済制裁や国際的孤立を嫌う穏健派・若者層は核開発強硬路線に批判的です。

政権主導の反米・反イスラエル教育やプロパガンダの影響で、保守層中心に反イスラエル意識は定着している一方、戦争回避、経済再建を優先する雰囲気も根強いようです。但し、表立っては主張できません。

軍事的には、直接戦争は避け、間接的影響力を拡大させる戦略をとっています。正規軍よりも革命防衛隊(IRGC)や親イラン民兵(ヒズボラ、ハマス、イラク・シリアの親イラン勢力)を使って間接的にイスラエルを攻撃しています。

また、非対称戦争(Asymmetric Warfare)を重視。イスラエルや米国に正面から対抗できないため、ミサイル、ドローン、サイバー、ゲリラ、テロ、海賊行為(タンカー攻撃等)を優先しています。

そのうえで、核開発による抑止力を追求。核兵器保有を公式には否定していますが、技術的には核兵器製造可能な段階に近づける戦略です。核兵器「保有寸前」の能力に伴う交渉力や抑止力を維持・強化を目指しています。

最後に、イランが支援するヒズボラ、ハマス、及びイラン革命防衛隊(IRGC)について整理しておきます。

ヒズボラは1982年設立。イスラエルのレバノン侵攻への反発から設立されました。拠点はレバノン南部及びベイルートで、シーア派イスラム系です。反イスラエル、反西洋を掲げて 政治・軍事両面で活動しており、レバノン国内では議席を持ち「国家内国家」とも言われています。

ヒズボラはイラン革命防衛隊(IRGC)が直接支援・育成した組織であり、軍事訓練、資金、武器供与、情報面でイランと密接な関係にあります。イランにとっては「イスラエル国境近くの前線基地」と位置づけられています。

戦闘員規模は約3万人、予備役を含めると最大5万人で、イスラエルとの戦闘やシリア内戦で実戦経験は豊富です。数万発のロケット・ミサイルを保有し、攻撃型ドローンの運用能力を擁し、トンネル網・地下司令部・兵器隠匿施設を多数整備しているそうです。

ハマスは1987年設立。パレスチナ第1次インティファーダ(反イスラエル蜂起)時に誕生。拠点はガザ地区。政治・軍事組織を兼ね、2007年以降ガザ地区を実効支配しています。

宗派はスンニ派ですが、反イスラエル・反米という点でイランと協力関係にあり、資金・武器・技術面で支援を受けています。ガザ地区からイスラエルへのロケット攻撃能力向上にはイランの影響が大きいようです。イラン革命防衛隊の「コッズ部隊」(後述)が関与していると報道されています。

戦闘員は約4万人(準軍事組織含む)で、射程200kmm内のミサイルを擁し、イスラエルとの国境付近に地下トンネル網を整備。水中兵器や攻撃用ドローンも保有しています。

イラン革命防衛隊(IRGC、Islamic Revolutionary Guard Corps)は1979年、イラン・イスラム革命直後に設立。正規軍(イラン軍)とは別組織で、イデオロギー色が強く、体制防衛・反体制勢力の排除・海外活動・経済利権掌握等を任務とし、軍事組織・情報機関・経済組織の性格を併せ持ちます。

地上部隊・海上部隊・航空宇宙部隊等の通常軍事部門のほか、海外特殊作戦・情報工作・テロ支援・新イラン勢力支援を担う「コッズ部隊(Quds Force)」、国内の反体制デモ弾圧、民兵・治安維持を担当する「バスィージ民兵」が知られています。

イランの弾道ミサイル部隊は革命防衛隊が直接管理し、射程約2000kmの中距離弾道ミサイルでイスラエルや中東全域を射程圏に収めています。ドローンの開発・配備・輸出を行っているほか、小型高速艇・機雷・自爆ボートによる非対称戦術によってホルムズ海峡封鎖能力を保持しており、軍事衛星打ち上げやサイバー攻撃能力も有しています。

革命防衛隊は、直接的な戦争リスクを避けつつ、ヒズボラやハマス等の代理勢力を使ってイスラエルや米国、中東敵対勢力と対峙するとともに、イラク・シリア・レバノン・イエメン・ガザ地区を「戦略的回廊」とし、親イラン勢力のネットワークを形成しています。

(了)

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