関税を筆頭にトランプ大統領の経済・産業政策は世界を翻弄しています。関税交渉は日本や韓国に最後通牒を突き付ける局面になりつつあります。当然のことながら、中国に対しては表向き厳しい姿勢で様々な交渉に臨んでいます。対する中国も対抗策を講じていますが、水面下では様々な米中交渉も行われていると思います。5月の中国から米国へのレアアース輸出が前年比8割減となり、米国のIT・ハイテク・自動車産業や軍需産業等は打撃を受けています。米中レアアース交渉は8月の交渉期限に向けて山場を迎えています。
米国はふたつのことを念頭に対応を進めています。ひとつは「安定供給確保」、もうひとつは「中国依存脱却」です。
その背景は安全保障上の懸念です。レアアースの供給シェアは中国が過半を占めています。米国は、中国がレアアース供給を絶てば、兵器生産等が深刻な打撃を受けることを想定し、国内サプライチェーンの再建に乗り出しています 。
このような懸念は、2010年に中国が日本へのレアアース輸出を一時的に制限したことを契機に世界中が認識しました。以降、米国、豪州、カナダ、日本等は、供給多様化を目指し、リサイクル技術や代替素材の研究にも腐心しています。
レアアースは軍事、ハイテク、グリーン等々、様々な産業において不可欠な資源であり、2020年以降、米国は国防生産法(DPA)に基づき約5億ドルの予算を投じてレアアースの採掘・精製・磁石製造等の産業育成を推進しています。
例えば、豪州ライナス社や米MPマテリアルズ社との提携で今年(2025年)末までにネオジム(Nd-Fe-B)磁石年産1000トンの生産を目指しています。しかし1000トンは中国の年産量30万トンの0.3%に過ぎません。
レアアースを使用した磁石や合金は、最新兵器の電子部品やモーター、戦闘機の制御システム、潜水艦の音響機器、ミサイルの誘導装置等に使用され、国防産業に不可欠の重要材料です。
例えば、公開情報によればF35ステルス戦闘機には400kg超、ミサイル駆逐艦(アーレイ・バーク級)では約2.4トン、原子力潜水艦(バージニア級)は約4.2トンのレアアースが使用されているそうです。
民間部門では、電気自動車(EV)や再生可能エネルギー等の分野でレアアース需要が急増しています。上述のネオジム磁石は世界最強の民生用磁石であり、EVの駆動モーターや風力発電機に不可欠です。
EV1台には数kgのネオジム系磁石が使用されています。例えば、テスラ「Model 3」のモーターには約4.5kgのネオジム磁石が搭載されているそうです。風力発電では1MWあたり最大2トンのレアアースが使用されているそうです。
こうした用途の影響で、2017年以降レアアース需要は3倍に拡大しました。国際エネルギー機関(IEA)によれば、2040年までにEVモーター・風力発電向けレアアース需要が現在の最大7倍になるとしています。
人工知能(AI)やハイテク電子機器分野でもレアアースは重要な役割を果たします。高性能サーバーや量子コンピューティング装置の冷却系・電源部品、5G通信やセンサー類、ロボティクスの高精度モーター等々、先端技術インフラにはレアアースが不可欠です。
AIを活用した自律型ドローンやロボット兵器にも高性能磁石モーターが必要であり、軍事とAI技術の融合もレアアース需要増加につながっています。
要するに、米国の民生・軍事の産業競争力を支える基盤としてレアアースは不可欠であり、その需要はEV・再エネ・AIブーム等によって今後も高成長が見込まれます。
米国は供給量確保のために「フレンドショアリング(同盟国・友好国との協力によるサプライチェーン構築)」も推進しています。日本・豪州・欧州と協調し、中国以外での鉱山開発や精製プラント建設、リサイクル技術開発等に注力しています。
また、米エネルギー省(DOE)や国防総省が研究開発費を拠出し、レアアース代替材料や代替製品の開発等にも腐心しています。
一方、中国は「レアアースは中国にとっての石油」と位置付け、長年戦略的にレアアースの世界的支配力を高めてきました。中国の狙いは、経済と地政学の両面があります。
経済面では、レアアースの採掘・精製・磁石製造の国内産業を育成し、自国のハイテク製造業(EV、家電、軍需品等)を下支えするとともに、海外向けには安価で大量供給することで他国の鉱山開発等を阻む戦略をとり、世界的シェアを高めてきました。
市場価格を低下させて他国の関連産業を採算割れに追い込み、結果的に中国以外の新規供給先台頭を抑えています。また近年では、レアアースの人民元建て取引を推進し、資源分野決済における人民元シェアを高めています。
地政学面では、レアアースは中国にとって対外抑止力です。平時には輸出を通じて各国経済と深く結びつきつつ、有事や外交対立時には供給遮断によって相手に譲歩を迫る手段とします。
上述のとおり、2010年に尖閣諸島問題で日本に輸出停止した事例や、2019年の米中貿易戦争時に習主席がレアアースの輸出停止の可能性に言及したことなどは象徴的な動きです。
今年(2025年)の輸出許可制導入も表向きは「国家安全保障上の必要」と説明しつつ、実質的には米半導体規制への報復です。
中国指導部は外交文書等で「レアアースは我が国のハイテク発展と軍事化の血液」と表現しています。つまり、レアアースは中国にとって「石油であり、血液である」ということです。
もっとも、過度な輸出制限は他国の代替供給能力向上を促し、長期的には中国支配力を損なうリスクもあります。米国の半導体輸出規制が逆に中国の半導体技術力を高めているのと同じ力学です。
したがって、経済的ダメージと戦略効果を天秤にかけ、中国外でレアアースのサプライチェーンが構築されないよう、慎重に政策を制御しているのが実情でしょう。
2023年時点で中国は世界のレアアース精製能力の約85%を占め、ネオジム磁石製造では90%以上を担っています。
鉱石採掘量でも中国は世界の約60~70%を産出し、特に重希土類(ディスプロシウムDyやテルビウムTbなど)精製の世界シェアは99%に及んでいるようです。この圧倒的シェアにより、地政学的な影響力を行使しています。
2023年には中国政府がガリウムやゲルマニウム等の戦略鉱物の輸出規制を発動して注目を集めましたが、2025年4月にはレアアースそのものに対する新たな輸出制限措置が発表されました。
サマリウム(Sm)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ルテチウム(Lu)、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)という7種のレアアースと、それらを用いた磁石製品の輸出に特別許可制を導入。事実上の数量規制であり、中国政府が輸出許可を渋れば欧米企業への供給が滞る仕組みです。
同時に中国は米国防産業と関係のある米企業16社を輸出管理リストに加えるなど、レアアースを含む戦略物資の対米輸出に圧力をかけました。
このように、中国側はレアアース輸出を制限することで米国に揺さぶりをかけていますが、米中交渉に歩み寄りの動きも見られます。
6月上旬にスイス・ジュネーブで行われた閣僚協議や米中首脳の電話会談を経て、6月10日にロンドンで開催された米中通商協議で一定の進展があったと報道されています。
米商務長官は協議後に「両国が合意した枠組みに基づき、中国によるレアアース鉱物と磁石の対米輸出規制は解消される見込み」と発言しています。
具体的な合意内容は明らかにされていませんが、見返りに米側も最近導入した対中輸出規制の一部を撤廃することで均衡を取ると思われます。合意にはなお課題も残っており、両国は8月までに詳細な交渉をまとめると報じられています。
交渉が決裂すれば、互いに引き下げていた関税率を元の高率(米側145%、中国側125%)に戻す条項もあり、レアアース問題は米中貿易協議の成否を握る鍵となっています 。
現状では、レアアースを巡る米中交渉は中国側が優位に立ちやすい構図となっており、米国は協議を通じて如何に安定供給を確保するか苦心している状況です。
米国は「レアアース重鎖国」からの脱却を目標に掲げ、2027年までに「鉱山から磁石まで」完全自給のサプライチェーン構築を目指していますが、現在も重希土類の本格的な精製は米国内で行われておらず、代替サプライチェーン整備にはなお時間を要します。
レアアースは地球上に比較的豊富に存在しますが、経済的・技術的に採掘や精製が困難であるため「レア(希少)」と呼ばれています。以下、レアアースの種類、性質、用途等に関して整理してみます。
第1に種類です。レアアース(希土類、Rare Earth Elements, REEs)とは、周期表の中の「ランタン系元素(ランタノイド15元素)」に加えて、スカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)を含む17の元素の総称です。
これらはさらに「軽希土類元素(Light Rare Earth Elements: LREE)」と「重希土類元素(Heavy Rare Earth Elements: HREE)」に分類されます。
「軽希土類元素」は、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)等で、比較的地殻中に多く存在し、磁石や研磨材、触媒などに使われます。
「重希土類元素」は、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)等で、量は少ないですが、高性能磁石やレーザー機器などの先端技術に不可欠です。
第2に物理・化学的特性です。それぞれのレアアース元素は非常に似た性質を持ち、分離は容易ではありません。
多くは磁性・蛍光性・電気伝導性等において独特の性質を示すことから、特殊な光学材料、超強力磁石、蓄電池などに利用されます。例えば、ネオジムは強力な永久磁石の主成分であり、スマートフォンや風力発電機に使われています。
第3は用途です。レアアースは現代のハイテク技術の基盤とも言える材料です。以下は主な用途の例です。
電子機器(スマートフォン等の基板やバッテリー)、磁石材料(上述のネオジム磁石は高性能モーターやスピーカーに不可欠)、自動車(ハイブリッド車やEVのモーター、バッテリー、排ガス触媒)、発電(風力発電のタービンにはジスプロシウムやネオジムを使用)、軍事(レーダー、レーザー、誘導ミサイルなどの先端装備)、医療(光学機器、MRI造影剤、治療用レーザー等)等々です。
レアアースは世界中に埋蔵されていますが、精製や生産体制が整っている国は限られます。とりわけ中国は世界の採掘量の約70%、精製能力の90%以上を占めています。
このような偏在性が供給リスクを高め、国際的な安全保障や経済関係に大きな影響を及ぼしている背景です。繰り返しになりますが、2010年に中国が日本へのレアアース輸出を一時的に制限したことで、世界中がレアアース供給の脆弱性を認識しました。
以降、米国、豪州、カナダ、日本等が供給多様化を目指し、リサイクル技術や代替素材の研究や実践も活発になっています。
使用済み製品からのレアアース回収(アーバン・マイニング)については、日本等が使用済み家電等からの再利用技術に力を入れています。
代替材料の開発やレアアースを使わないモーターや磁石の研究。さらには、アフリカ、東南アジア、グリーンランドなどの新規鉱山の開発、精製プロセスの改善(低環境負荷な製錬技術の開発)等の努力で、各国は偏在性克服に腐心しています。
とりわけ、代替材料の研究・実用化は、資源の偏在性や価格高騰、環境負荷対策等から、世界中で研究開発が進められています。以下、現在利用されている代替材料や将来有望な代替技術の例です。
例えばフェライト磁石(酸化鉄系磁石)は上述のネオジム磁石等の高性能希土類磁石の代替材料として、家電製品や自動車の小型モーターに広く使用されています。
アルニコ(Al-Ni-Co)磁石は、磁力が低いものの、高温下でも安定し、発電機、計測器、高温機器に使用されています。
ほかにも、マンガン系(Mn-Al)磁石やリチウムイオン電池におけるレアアース非使用電極材料などもあります。
将来的に有望な代替技術や材料としては、磁石の構造設計による希土類削減、ハーフホイスラー合金(Half-Heusler alloys)、スピントロニクス技術(電子のスピンを利用した新しい電子デバイス。レアアースの代替とは異なる原理で性能を実現)、アモルファス磁性材料(メタルガラス)、人工ナノ構造による特性制御、等々です。
世界の民間企業では、GE、ボーイング等も航空機や風力発電向けに代替材料の研究を行っています。日本でもトヨタは重希土類を使用しないモーターを開発したほか、産総研やJOGMEC等がレアアース非依存材料の研究を推進しています。
米国やEUでは国家プロジェクトとして代替材料やリサイクル技術の研究を支援しています。米国エネルギー省(DOE)は「Critical Materials Institute(CMI)」を設立し、運営しています。
以上を総括すると、レアアースの代替材料は以下の3つの方向で進んでいます。第1は既存材料の工夫(フェライト、アルニコ、マンガン系など)、第2は新素材の研究開発(ハーフホイスラー、スピントロニクス、メタルガラスなど)、第3はレアアース使用量の最小化(構造設計、局所添加など)です。
なお、レアアースの採掘や精製には有害な化学薬品が使われるため、環境への影響が深刻です。特に中国では環境汚染や土壌破壊が問題視され、規制が強化されています。また、希土類鉱石には放射性元素が混在することが多く、処理が難しいという課題もあります。
(了)