政治経済レポート:OKマガジン(Vol.545)2024.10.16

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1.1.20日本と1割れ韓台

一昨年5月、イーロン・マスクが「出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなる」とX(当時Twitter)で呟いて物議を醸しました。

「存在しなくなる」ことはないにしても、外国人在住者が急増し、日本という国の風景は変わりつつあります。タレントやスポーツ選手の中にハーフ・クォーターや日本国籍を取得した外国人が増えていることからも将来の姿が想像できます。

「それでいいじゃないか」という意見もあると思いますが、日本人の出生率が上がり、日本人の人口も増える中で、ダイバーシティ(多様性)のある国になるというのが望ましい姿でしょう。

6月5日、厚労省が2023年人口動態統計を発表しました。合計特殊出生率は1.20で過去最低を更新(これまでの最低は2022年と2005年の1.26)。出生数や婚姻数も戦後最少。1.20は国立社会保障・人口問題研究所が昨年4月に公表した将来人口推計仮定値(中位推計1.23)を下回っています。

出生率は2016年から8年連続低下。年齢別にみると25〜29歳の落ち込みが大きく、第1子出産時の母の平均年齢は31.0歳となり、初めて31歳台になりました。

地域別では、最低は東京都の0.99。1を割り込んだのは東京だけでしたが、埼玉、千葉、神奈川の首都圏3県はいずれも1.1台で1割れ目前。最高は沖縄県の1.60。全都道府県で前年を下回りました。

日本人出生数は前年比5.6%減の72万7277人。死亡数は前年比0.4%増の157万5936人と過去最多。出生数は17年連続で死亡数を下回り、自然減は84万8659人。前年より5万人多く、人口減少ペースが加速しています。

婚姻数は前年比6.0%減の47万4717組で、戦後初めて50万組割れ。婚外子が少ない日本では婚姻数減少は出生数減少に直結します。

子育て支援先進国でも少子化が進んでいます。2023年出生率はフィンランドが1.26、フランスも1.68といずれも過去最低。2010年にはフィンランドが1.87、フランスも2.03と持ち直していましたが、ここにきて低下傾向が顕著です。

両国とも子育て支援策は手厚く、家族関係社会支出のGDP(国内総生産)比はフランスが3%とOECD(経済協力開発機構)加盟国中最も高く、フィンランドも加盟国平均を上回っていますが、それでもこの状況です。

未婚化、晩婚化や子育て支援策、所得環境等と相俟って、価値観の多様化等が若者世代に影響している気がします。子を持つことの優先度が下がっているということでしょう。

東アジアの少子化傾向は日本以上に深刻です。韓国の2023年出生率は0.72と世界最低。歴代政権は出産・子育て支援策を手厚く講じ続け、2006年から22年までに投入した関係予算は332兆ウォン(約37兆円)に達していますが、出生率は低下し続けています。

受験競争が激しく、学習塾等に必要な教育費や住宅価格の増嵩、子育てとの両立が難しい労働環境等が影響しています。日本も同じですが、日本より酷いようです。

シンガポールの出生率も2023年に0.97と初めて1割れ。台湾の2023年出生率は0.87。東アジア諸国は総じて同じような傾向を示しています。

一方、ドイツは給付中心の政策を転換し、改善傾向に転じています。2022年出生率は1.46ですが、最近は上昇傾向。働き方改革を進め、30年間で子どもと両親が一緒に過ごす時間は倍増。移民受入れも進め、人口減少に歯止めがかかっています。移民国家米国では、移民受入れが経済成長にも寄与しています。

出生率発表と奇しくも同日、改正子ども・子育て支援法が参院本会議で可決成立。岸田首相が昨年1月に打ち出した「異次元の少子化対策」実現に向けた法改正であり、年間3.6兆円を諸施策に投入。子育て世帯の経済的支援が柱です。

目玉は児童手当拡充。第3子以降は現状の倍となる月3万円を支給(10月1日施行)。支給対象上限年齢は15歳から18歳に引き上げ、12月支給分から所得制限撤廃。支給回数は年3回から6回に増やします。

子ども1人当たり0~18歳の間に平均約146万円の給付増となり、従来の児童手当と合わせて平均352万円程度の給付になります。

妊娠・出産時の10万円給付金制度化や、親が働いていなくても利用できる「こども誰でも通園制度」を創設。14日以上の育児休業を取得した夫婦には、最長28日間は実質的な手取り収入が減らないように育児休業給付を引き上げます。

財源確保のための支援金制度も創設。公的医療保険料と合わせて個人や企業から徴収します。2026年度に約6000億円、27年度に約8000億円、28年度に1兆円程度の見込み。毎年総額3.6兆円のうち、1兆円の財源を支援金制度で確保します。

個人の負担額は加入する公的医療保険や収入で変わります。こども家庭庁の試算では、会社員等の被用者保険の場合、年収600万円で2026年度に月額600円、27年度に同800円、28年度に同1000円としています。

この支援金制度が論争の的になりました。政府は社会保障の歳出改革と賃上げを同時に実現することで「実質的負担を生じさせない」と説明していますが、「賃上げ」を負担感軽減の論理の中に組み込むのは妙なことです。

関連した話題ですが、不妊治療で生まれた子どもが出生数全体の1割に迫っています。2022年度から保険適用となり、これまで高額だった不妊治療の多くが3割負担で済むようになったことから利用が拡大。具体的治療費用は以下の通りです。

一般不妊治療のタイミング法は1回750円、人工授精同5,460、生殖補助医療の体外受精は約6万円から、顕微授精は約8万円からです。自治体の助成制度等も拡大しており、自己負担額はさらに軽減できます。

「異次元の少子化対策」に先立ち、東京都が「少子化対策2024」をスタートさせています。具体的施策は、出会いから結婚、妊娠・出産、子育て支援、教育・住宅、就労・職場環境、社会意識改革等、各般に亘りますが、とりわけ都内在住の0~18歳の子どもに対する1人当たり月額5,000円、年間6万円の給付金が隣接県知事の不評を買っています。

2.伊藤忠ショックと奇跡の町

日本の出産・育児支援政策及び女性政策の経緯を振り返ります。

日本でも1980年代にワーク・ライフ・バランスという概念が認識され始め、1986年には男女雇用機会均等法が施行されました。

しかし、女性の家事負担軽減等の観点は意識されず、時は折しもバブル全盛期。「24時間働けますか」という栄養ドリンクCFのキャッチフレーズが持て囃され、女性の結婚・出産・育児と就労の両立という目標が語られることはあまりありませんでした。

しかし、1989年出生率の「1.57ショック」に端を発し、1991年には育児休業法施行、1996年には育児休業給付金が支給されるようになり、徐々に出産・育児支援政策及び女性政策が意識されるようになりました。

ところが、時を同じくして日本経済はバブル崩壊後のコストダウン偏重経営傾向が強まり、パート・非正規雇用が拡大しました。

そのうえ、子ども政策分野への財政支出対GDP比は低く、2003年ではスウェーデンの3.54%に対して約5分の1、わずか0.75%しかありませんでした。

2007年「ワーク・ライフ・バランス憲章」が発表され、非正規雇用の待遇改善、正規化、正規雇用の働き方見直し等々が叫ばれ始めましたが、掛け声倒れで実質的改善が実現しないまま2010年代に突入。

事態改善に取り組んだものの、それでも2014年時点の子ども政策支出対GDP比はスウェーデン3.63%に対して日本は1.34%にとどまっていました。

未婚化・非婚化・晩婚化・晩産化の傾向が強まる一方、スウェーデンのサンボ法、フランスのパックスのような制度(後述)が創設されることもなく、婚外子による少子化抑止という展開にはなりませんでした。

婚姻率低下には社会全体の固定的な婚姻制度に対する拘り、自由なライフスタイルに対する寛容度の低さ等々も影響しています。

また、非正規雇用・低所得層にとっては、子どもの教育費負担が出産を抑制する大きな要因として構造化していきました。

以上のような経過を経て、かつ深刻な少子化に直面し、ここにきてようやく政府も子ども・子育て政策や女性政策等に関心を高め、今回の動きに繋がりました。

少子化改善のためには、第1に所得環境、第2に労働・子育て環境、第3に婚姻や子育てに関する社会通念、この3つがそれぞれ改善されることが必須です。

第1の所得環境については、岸田政権になってようやく日本の賃金水準が約30年間低迷していることを認め、賃上げの大合唱になっていることは歓迎すべきですが、実際に上がるか否かがポイントです。

今年上がっても、継続的上昇が担保されなければ少子化改善効果は期待できません。実質賃金が25ヶ月連続マイナスでは、到底所得環境が改善されているとは言えません。

第2の労働・子育て環境改善には、男女とも長時間労働や就業慣行が変わらなければ、具体的な効果は得られません。今後の展開次第です。

第3の婚姻や子育てに関する社会通念については、婚外子の考え方、家庭内における父親の家事分担に対する受け止め方等が変わらなくては、これまた具体的効果は得られません。

今や結婚した夫婦の3分の1が離婚し、うち8割で母親側が親権を有し、その母子家庭の平均年収が230万円弱。しかも、そのうち8割で父親側が養育費未払いという悲惨な状況が改善しなければ、「異次元の少子化対策」も掛け声倒れになるでしょう。

国の支援策を横目に、企業や自治体の中には独自の工夫で成果を出す事例も散見されます。

一昨年4月には「伊藤忠ショック」という言葉が飛び交いました。伊藤忠が社内保育所等の子育て支援に注力し、「朝型勤務」という早朝出勤・早期退社という独自の工夫をしたところ、同社女性社員の出生率が1.97になったことを公表。10年前には出生率1未満であったことを鑑みると、参考にすべきインプリケーションがあります。

2000年代前半から子育て支援策に注力した岡山県奈義町では2019年の出生率が2.95まで上昇。日本全体の2倍以上になりました。生まれる前から高校生まで、子どもに対する切れ目ない支援体制を確立。不妊治療費・出産費・保育料・給食費・教材費等々、とにかく手厚い支援体制です。

町内に高校がないため、高校生へのバス代支援、若者の定住を促す居住環境整備等々、参考にすべき実績を上げています。

高齢者等から「子どもや若者にお金をかけすぎ」との批判も出たそうですが、「子どもや若者がいるからこそ町が成り立つ」というロジックで論破し、今では「奇跡の町」と呼ばれています。

何を参考にし、国全体でどのような取り組みをすべきか。「異次元の少子化対策」が奏効するか否かは五里霧中(先がよく見えない状況)です。成果が顕現化してくるまで、不断の工夫と努力が必要です。

3.サムボ法とパックス

出生率低下は国家や社会が成熟すると共通して直面する課題です。上述のとおり、各国が参考にしているスウェーデンやフランスでも出生率は低下していますが、それでもこれまでの取り組みは参考になります。

スウェーデンの少子化対策は1980年代から本格化。雇用のみならず、男女機会均等に主眼を置き、婚姻制度や出産・育児に関して女性が感じていた障壁を改革することに取り組みました。

象徴的な政策として1988年に施行された「サムボ法」が挙げられます。これは、婚姻関係を結んでいない同棲者(スウェーデン語で「サムボア」)に婚姻者と同様の権利や保護を与える法律です。

この制度では、同棲者が最終的に結婚に至らずに別れた場合には、住居・家財を平等に分けます。

婚外子も差別を受けることはなく、父親は子の養育費を支払う義務が生じるなど、法律婚と同様の権利・義務が保障されます。

父親に対する養育責任は厳格です。DNA鑑定によって親子関係を確定し、父親が養育費を払わない場合には国が代わりに母親に支給し、社会保険庁が事後的に父親の給与から天引きする方法で確実に徴収する仕組みになっています。

「サムボ法」施行後、結婚前に同棲する男女が急増。現在では法律婚夫婦の約9割が「サムボ法」に基づく同棲婚経験者です。

育児休業制度も手厚く、子どもが1歳6ヶ月になるまでは全日休業、8歳までは部分休業が取得できます。また、両親合わせて480日の休業給付があります。

スウェーデンは1974年に世界で初めて両親双方に対する育児休業中の収入補填制度を導入。育児休業制度そのものは当然のように相当以前からあったため、いつから始まったという認識がないほどです。

しかし、スウェーデンでも2000年代前半頃の父親の育児休業取得率は母親の10分の1程度。そこで2008年、両親が育児休業を平等に取得することを促進する税制優遇制度を講じたところ、今では父親、母親とも、育児休業取得率は約80%になりました。

さらに、子どもを出産する間隔を短くすると優遇される「スピードプレミアム制度」を導入したことが少子化対策に効果を発揮したと言われています。社会の言葉狩り・批判偏重傾向の強い日本では、制度の名前に異論が出そうなネーミングです。

「スピードプレミアム制度」は、2年半以内に次子出産があった場合、前の出産時休業直前の所得の8割が次子育児休業中に保障されます。

また、その場合には児童手当は16歳まで支給され、多子になるほど割増しとなり、所得制限や税加算もありません。

保育サービスも充実しています。自治体の保育サービス実施責任者は、申請状況に応じて4ヶ月以内に保育の場を保障することが義務づけられています。

フランスも1950年以前から、出産・育児と就労の両立に関して幅広い選択ができる制度を整備してきました。

少子化が懸念され始めた1980年代以降、当初は家族手当等の経済的支援を中心に制度拡充を進め、1990年代以降は保育支援を充実させたことが出生率回復に寄与したと言われています。

婚姻制度そのものについてもスウェーデンと同様に改革に取り組み、成人男女が持続的共同生活を営むための「パックス(PACS)」と呼ばれる民事連帯契約を導入しました。

PACSは解消が容易で、住居・家財等が相続できるため、スウェーデンの「サムボ法」と同様に婚外子増加に繋がりました。事実婚やシングルマザー等、多様な家族のあり方に対して社会全体が寛容であったことが出生率回復に影響しています。

フランスの経済的支援としては家族手当給付制度が代表的です。家族手当の支給要件は1970年代後半に「婚姻」から「居住」に変更され、ひとり親手当も同時期から導入されました。

妊娠出産にかかる全費用が保険適用であり、羊水検査、無痛分娩、出産時の入院にかかる費用も対象です。出産費そのものは無料であり、出産2ヶ月前から所得に応じた出産準備金が支給されます。

妊娠中の有給休暇制度が整備されており、妊娠前後4ヶ月(合計8ヶ月)は有給が保障され、育児休暇中には別途500ユーロから600ユーロ(日本円で10万円前後)の手当が支給されます。

経済的支援とともに、働く母親への支援サービス提供に早くから注力。「ペリネケア」は、出産後に助産師や理学療法士等による骨盤底筋肉リハビリ等を無料で受けられます。

児童手当は20歳未満の子どもが2人以上いる家庭に給付され、子どもが多いほど、子どもの年齢が上がるほど、1人当たり・1月当たりの支給額が増し、かつ税負担は逆に軽減される仕組みになっています。

保育に関しては、3歳児未満の半数が託児所を利用しています。市町村の財政難対策として、ファミリー保育や認定保育ママといった制度を導入しました。

認定保育ママは自宅に4人までの子どもを預かることができ、病児保育や深夜保育も含め、幅広いメニューが用意されています。

フランスは徹底して「子どもを産めば産むほど有利なシステム」を追求しており、就労と育児の両立支援が国民のコンセンサスになっています。

育児休業明けの職場復帰の際には、休業前と同等の給与とポジションが保障され、父親も産休・育休を取得しやすい配慮が行き届いています。

スウェーデン、フランスと対比する観点から、英国についても少し触れておきます。英国の家族政策は「不介入原則」がベースにあります。しかし、労働環境改善、教育制度充実、外国人無料出産等の政策を重点的に行った結果、出生率が回復しました。

もちろん、出産・育児の支援制度そのものも整備しています。出産費用は全額補助のほか、児童手当は第1子も含め16歳になるまで支給され、所得制限はなく、年間所得が低い世帯ほど支給額が大きくなります。

母親は休業給付9ヶ月分がついた出産休暇が最大12ヶ月間認められています。父親は子どもの誕生から26週間以内に7週間の休業給付付き休暇が取得できます。

公的な保育所は少なく、企業内施設や民間施設が中心ですが、保育費用の80%が税額控除されます。

6歳未満の子どもを持つ両親には、柔軟な働き方を事業主に申し出る権利が与えられており、事業主は6歳を超えても自発的に要請に応じているようです。その結果、約1割の家庭が学校の学期中のみ働くことを選択しているそうです。

2004年には「チャイルドケア10ヶ年戦略」が打ち出され、育児休暇と無償教育権を拡大。16歳までの公立学校学費、医療費、薬代等は全て無料です。

なお、英国の出生率統計には外国籍や移民由来の英国人が含まれているため、出生率の維持・上昇には移民第2世代の貢献が大きいと推察されており、スウェーデンやフランスとは異なる傾向が指摘されています。

(了)

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