政治経済レポート:OKマガジン(Vol.531)2024.3.15

3.11から13年が経過しました。改めて犠牲者のご冥福をお祈りし、被災者の皆さんにお見舞い申し上げます。今年1月1日の能登半島地震では、過疎化の進行と道路事情の影響で孤立が深刻化しました。地震は発生地域によって被害の態様が異なります。最近では千葉県東方沖で群発地震が続いています。東京直下・近郊や東海地方で大規模地震が発生した場合、マンション火災やマンション内での孤立が問題となる蓋然性が高いと思います。


1.年収の3倍程度

東京23区内の新築マンションの平均価格が昨年、初めて1億円の大台を超えました。2023年実績は前年比39.4%上昇の1億1483万円。2013年は5853万円だったので、10年で倍になりました。

前回バブル(1980年代後半~1990年代前半)の頃、家やマンションが高くて普通の会社員では買えないことが社会問題となり、「せめて年収の3倍程度に」という世論が盛り上がっていました。「年収の3倍程度」とは、所得もよりますが1500~3000万円という水準です。

したがって「億ション」は高値の花。買えないマンションの代名詞でしたが、現在の東京では「億ション」購入者にかなりの割合で「パワーカップル」が含まれているそうです。

不動産事業者に聞いたところ、パワーカップルの定義は「夫婦ともに年収700万円以上」。2022年のデータでは、関東中心に37万世帯、10年前より9割近く増加しており、「億ション」購買層になっています。

夫婦で借入する「ペアローン」を利用しての購入者がかなりいるそうです。パワーカップがペアローンを活用すれば銀行の審査も通り易く、会社員1人の所得では買えない「億ション」も購入可能という構図です。

しかし、仮に夫婦合計で年収1500万円だとしても、前回のバブル時の「年収の3倍程度」基準であるなら4500万円。「バブル」及び「バブル崩壊」経験世代からすると、現在のマンション価格及び購買動向には一抹の不安を感じます。

「失われた30年」の間、事実上のゼロ金利が続き、現在の現役世代は金利上昇局面や不動産価格の下落局面を知りません。日銀の金融政策が微妙な状況を迎えているほか、投資目的で購入している富裕層や外国人は逃げ足が速いことにも留意が必要です。

投資目的の購入者と違って、実需購入者は簡単に売却できません。仮に金利が上昇に転じ、不動産価格が下落を始めると、銀行への利払い費増や追い担保の請求に苦慮するかもしれません。また、売却しようにも購入価格を下回っていたら実損を被ります。

不動産事業者からは「まだまだ値上がりする。あと2~3年は大丈夫」という話もよく聞きますが、この台詞は1988~89年頃によく聞きました。

その当時との違いはタワーマンションが激増していることです。タワマンに定義はありませんが、建築基準法20条で高さ60m以上の建築物を「超高層建築物」と称するため、60m相当の約20階以上の物件が一般的にタワマンと呼ばれています。メルマガ456号(2021年2月7日号)でも取り上げましたが、タワマンの歴史を少し紐解きます。

米国NYでは、20世紀初の世界恐慌前後に高層アパート建築ラッシュが起きました。セントラルパーク西側のサンレモ(1930年、27階)、エルドラード(1931年、30階)等です。これらアパート群の部屋は現在でも高額で売買されています。

さらに第2次大戦後、マンハッタンのミッドタウンやアッパーイースト地区に多数の高層アパートが林立。米国の高層アパートにはベランダやバルコニーがなく、外観はオフィスビルやホテルと区別がつきません。

2001年、マンハッタン東部、国連本部ビルの正面にトランプ・ワールド・タワー(262m、72階)が完成。現在でも西半球で最も高い住居用高層建築物です。

欧州では1960年代に建築ラッシュが起きましたが、1970年代以降下火。2017年にロンドンで火災になったグレンフェルタワーのように、低所得層住宅、あるいは公営住宅等に活用されるのが一般的です。

アジアでは、韓国、中国を筆頭に2000年以降に建築ラッシュ。しかし、中国では不動産バブルが崩壊。売れないマンションや完成しないマンションが社会問題化しています。

日本は戸建指向が根強く、また高層建築物に対応した消防車(ポンプ車・高層用梯子車等)が未配備であったことから、1960年代まで欧米追随の動きはありませんでした。

しかし1974年、鹿島建設が自社の社宅として建築したRC構造の「椎名町アパート」(東京都豊島区、18階)を機に、マンション高層化の動きが始まりました。

1976年、住友不動産が埼玉県与野市(現在のさいたま市中央区)に21階、高さ66mの分譲マンション「与野ハウス」を竣工。これが日本最初のタワマンです。

当初は、容積率や日照権等の制約から、タワマンには広い土地が必要となり、土地取得が容易な郊外や河川沿いに立地する物件が中心でした。

因みに、名古屋のランドマークのひとつである矢田川沿いのザ・シーン城北アストロタワーは1996年竣工。地上45階、160mで、完成当時は日本一でした。

1997年、容積率上限が600%に規制緩和され、廊下・階段等が容積率計算から除外され、日影規制を適用除外とする高層住居誘導地区が導入されました。

これを機にタワマン建築ラッシュがスタート。東京湾臨海部のみならず、大都市近郊の鉄道沿線や地方都市にもタワマンが建築され、都心・大都市回帰現象にもつながりました。

現在の日本最高層は港区の麻布台ヒルズレジデンスA棟(54階、237m)。今年完成予定のB棟は64階、263m。トランプタワーを上回ります。2030年には六本木に70階、288mの物件が建つようです。

2.修繕費と地震対策

居住者にとって、タワマンはメリットもデメリットもあります。メリットは、眺望が良い、駅周辺等の便利な場所が多い、ラウンジ等の共用設備の充実等があげられます。税制面では、固定資産税が戸数割となるため、相対的に負担が小さくなります。2017年度税制改正によって、売買価格が高い高層階ほど相対的に高い税率となり、階による不公平感も是正されました。

デメリットは自分の部屋までの移動が大変なこと。特に朝の時間帯はエレベーターが混み合います。景観の観点から、洗濯物や布団を干せない場合もあります。高層階では携帯電話の問題もあります。携帯基地局の高さは約40m。電波は下向きのため、概ね14階以上は電波が入りにくいようです。

マンションには、維持管理費、大規模修繕費の負担もあります。分譲マンションの入居者は管理組合に入り、組合が建物の維持管理・修繕計画を立てて将来の老朽化に備えます。タワマンは一般マンションに比べ、その費用が相対的に大きくなります。

タワマンは入居者が多く、管理組合での合意形成が難しいこともデメリットです。低層階と高層階では価格差が大きく、修繕等の原因に対する認識も異なり、区分所有者間の所得・資産格差も影響して、管理費負担等の公平性を巡って難しい問題を抱えます。

上述のとおり、タワマンの建築ラッシュは2000年前後にスタート。約20年経過したことから、現在は第1回の大規模修繕に直面するタワマンが増えています。

外壁や水漏れ等、修繕項目はいろいろありますが、デベロッパー関係者から聞いた感じでは、管理費や修繕費は一般マンションより相当高くなっているようです。

今からまた15年、20年経過すると、2回目の大規模修繕の局面となり、2050年を過ぎる頃には3回目に遭遇します。

2000年以降、デベロッパーは子育てファミリー層を対象に拡販したことから、2回目、3回目の大規模修繕の頃には住民が高齢化しており、資金負担力の格差が生じている可能性もあります。

十分な資産を有する区分所有者もいるでしょうが、年金収入等に依存する世帯では大規模修繕費の負担に耐えられないかもしれません。

高度成長期のニュータウンが、2000年頃以降に住民の高齢化問題に直面して現在に至っていますが、それと同様に構造的な問題につながるかもしれません。

第1回の大規模修繕時期に直面している現在、修繕積立金が不足に陥るケースが急増しています。建築資材価格や作業人件費の上昇により、積み立ててきた金額では足りないということです。

そのため、修繕積立金を購入時には低くして段階的に増額していく段階増額積立方式を採用する先が増えています。国交省では、昨年10月から段階増額積立方式の適切な引上げ幅棟について、専門家による検討を進めています。

積立金引上げにはマンション管理組合の合意が必要ですが、合意が得られないため、修繕工事に着手できない事例もあるそうです。

積立金不足という事態を回避するため、購入時から将来の長期修繕費用を計算して均等積立方式に変更する管理組合も登場しています。この方式では当初の積立金が段階増額方式に比べて高くなるため、購入希望者からは不評です。

修繕工事を行う業者が過大な工事費用を請求する事例も問題化しています。マンション管理組合は住民(つまり素人)の集まりであり、業者の過大請求を見抜けず、言いなりの契約してしまいがちです。その結果、想定以上の工事費を請求され、積立金では賄えないという事態が生じます。

こうした背景に加え、入居者の高齢化や共働き等の影響から管理組合役員のなり手がなく、代わってマンション管理会社が維持管理を担う「第三者管理方式」という仕組みも急速に広がっています。

この方式でも管理会社が過大な工事を行う問題が生じています。国交省が第三者管理方式に関するガイドライン案を公開したところ、700件近いパブコメが寄せられたそうです。それだけ問題が起きていること、関心が高いことを示しています。

ガイドライン案の柱は、第1に管理組合に監事を置き、監事が管理会社から業務内容の情報提供を求めうること、第2に管理会社がグループ企業に修繕工事を発注する場合及び費用が一定額以上の場合は総会の決議を必要とすることです。

1月1日に能登半島地震が起き、また大地震に見舞われた日本。タワマンの地震対策も重要課題です。避難所のスペースには限りがあるため、大都市ではマンションに留まる方が安全とされています。東京の一部タワマンでは各フロアに食料や水を備蓄しています。

耐震構造やエレベーター性能は配意されているものの、地震時には階段移動を余儀なくされます。エレベーターが10基以上あるタワマンも珍しくなく、発災時には一部を非常電源で稼働させるタワマンもあるようです。

東京ではハード、ソフト両面の地震対策を評価し、発災時に自宅滞留を勧める「東京とどまるマンション」を認定しています。認定マンションに対しては簡易トイレ等防災備蓄資器材の購入補助を行っています。1月末現在、214のマンションが認定されています。

なお、タワマンは長周期地震動への対応も行っていますが、実際に被災してみないと耐震構造やエレベーター性能は検証できません。発災時には移動手段を失う高層難民の発生が予想されます。高さ100m以上のタワマンには屋上ヘリポート設置が義務付けられていますが、発災時に役立つかどうかは、発災してみないとわかりません。

3.区分所有権

修繕が困難なほど老朽化が進むと、建て替え問題に直面します。都心や大都市中心部の高層ビルは次々と建て替えられています。

オフィスビルと賃貸マンションは建て替えが容易です。それはオーナーが1人または少数だからです。建て替えたいと思えば、入居者が契約どおりに退去するのを待つだけです。ところが分譲マンションの建て替えはかなり難しい。タワマンはとくに困難です。

築40年以上経過したマンションの今後増加するため、建て替えは深刻な問題になるでしょう。中でもタワマンは2022年末に首都圏を中心に全国で957棟建っています。

建て替える際のマンションの容積率に余裕があり、高さを上げるなどして部屋数を増やせれば、住民の負担増を減らせます。

容積率を増やせる物件は建て替えが進みました。実績は2023年3月末迄で累計282件(全国ベース)。全国の旧耐震基準(1981年以前基準)のマンション総数約104万棟のごく一部に過ぎません。

なぜ分譲マンションは建て替えが難しいのか。ご存じの方も多いと思いますが、あまり詳しくない方向けに簡単に説明します。

マンションの区分所有権は私有財産です。老朽化すれば、区分所有者の多くは建て替えを希望するでしょう。その際、建て替える資金を誰が出すかが問題です。

東京中心部等の好立地の分譲マンションであればこの問題をクリアできます。旧基準で建築され、規制緩和後の容積率が余っている場合がほとんどだからです。

例えば面積1000平方メートルの土地で容積率上限が600%の場合、床面積6000平方メートルまでの分譲マンションが建築できます。

都心の容積率600%の地域にある面積1000平方メートル、床面積2000平方メートル、築50年の分譲マンションを建て替える場合、床面積6000平方メートルまで拡大できます。つまり、4000平方メートル分を建て増すということです。

その4000平方メートル分を新たな購入者に売却する代金で建築費用を捻出します。従来からの入居者は建て替え費用を一切負担せず、従来と同面積の新築の部屋を得られます。

入居者(購入者)が増える分だけ区分所有権は減りますが、新築の部屋が負担なしで入手できるわけですから、建て替えに反対する従来の入居者はいないでしょう。

しかし、場所が都心ではなく、東京郊外で最寄りの駅まで徒歩15分の分譲マンション、しかも容積率上限が建築時と変わっていない場合はどうでしょうか。

この場合、建て替え費用はすべて現在の入居者の負担です。取り壊し費用も含めて、1戸当たり数千万円と想定されます。建て替え期間中の仮住まい費用も発生します。

郊外型の分譲マンションは区分所有者の入れ替わりが少なく、新築時から入居して高齢化しているケースが多いと想定されます。建て替え費用を負担できる人もいれば、そうでない人もいるでしょう。建て替えについての賛否が分かれる可能性が高いと考えます。

現在の区分所有法等の関連法は、区分所有者の80%が賛成すれば建て替え決定が可能であり、規定上は反対者の住戸の強制買い上げもできます。しかし、その調整役を受けて立つ人は現実にはいないでしょう。こうした実例は聞いたことがありません。

建て替え後に負担した数千万円よりも高い資産価額の住戸を得られるケースなら上記の実例が起こり得るかもしれませんが、郊外型分譲マンションでは難しいでしょう。

では、どうしたらいいのか。私有財産である区分所有権を制限する新法を作るか、現行法の運用規定を変更するしかありません。しかし、仮に新法制を作れても、建て替え費用の問題は残ります。

建て替え時に容積率を大幅に緩和すればよいとの発想も出てきますが、売れなければ意味がありません。場所が郊外では販売の保証はありません。

タワマンの老朽化、建て替え問題も同じです。タワマンの場合は建物の取り壊し費用が一般マンションよりも大きいうえ、さらに容積率を緩和することも容易ではありません。

高齢化、老朽化によるタワマン廃墟化。ひょっとすると、タワマンという住居形態は壮大な社会実験、リスク資産かもしれません。

今から対策を考える必要がありますが、なかなか妙案が浮かびません。外国資本等が採算度外視で全入居者から高値で買い取って建て替えることは想定可能ですが、東京都心部を外国資本に押さえられることは別の問題を惹起します。

開発を許可した政府、拡販したデベロッパー等の企業グループは、地震や液状化のリスクも理解していたはずです。解決策に無関係というわけにはいきません。今後、議論をしていきます。

(了)

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