10日(木)の参議院財政金融委員会で、黒田日銀総裁に「仮に3期目も続投という要請がある場合、どうしますか」と聞いたところ「そんなつもりもないし、その希望もない」という回答。通常であれば「職に恋々としない潔さ」と言いたいところですが、2年間で目標を達成すると豪語して導入した異常な金融緩和を10年も続け、目標未達成のまま後始末は後任に託すという姿勢は無責任と言わざるを得ません。黒田総裁の歴史的評価は後世に委ねられますが、厳しいものになる蓋然性が高いでしょう。
過日、政府の総合経済対策と補正予算が発表されました。事業規模71.6兆円、財政支出39.0兆円ですが、財務省は、財投債減額、借換債前倒し発行分の活用、前年度特例国債の発行減少等の工夫によって、新規国債発行額を極少化しました。
補正予算の表面上の新規国債発行額は22.9兆円に及ぶものの、上記の工夫により、実際の発行額は4.5兆円まで圧縮。
そこからさらに割引短期国債(短国)を4.2兆円発行することで利付国債発行を抑制し、結局、利付国債は2年物を来年1月債から1000億円増加させるにとどめ、当初比では3000億円増額に抑制しました。
苦肉の工夫ですが、それぞれ問題があります。財投債削減は、教育、医療、福祉、ODA等に使われている財政投融資削減につながります。繰り返し同じ手法を使うことは難しいでしょう。
借換債前倒し発行は単純な「前借り」に過ぎず、確実に将来の発行増につながります。
短国発行額は新型コロナ禍以降、急増しています。とくに20年度の短国は前年度の21.6兆円から82.5兆円と約4倍増。22年度は当初予算では60.4兆円に縮小しましたが、今回の補正予算で64.6兆円に膨らみます
短国が大規模に発行できる(市場が消化できる)のは、日銀当座預金残高にマイナス金利が課せられているため、預金者である民間金融機関(日銀取引先)に購入ニーズがあるからです。
ただ、償還までの期間が短い債券の増加は金利上昇時に利払費増加をもたらします。金融市場はその点を注視しており、このような「綱渡り」運営を長く続けることは困難です。
国としては、償還までの期間が長い利付国債を発行した方が財政運営は安定します。しかし、20年や30年など超長期債の市場環境は芳しくなく、大量消化は困難です。
現在の超長期債発行額は月平均2.7兆円。一方、日銀の超長期債買入オペは月約1兆円。カバー率は約37%。10年債の81%や5年債の76%と比べて低い水準です。
日銀は超長期金利をイールドカーブコントロール(YCC)の操作対象にしていません。超長期金利は市場機能を維持(重視)する姿勢を示しつつ、実際には超長期金利が上昇して10年物金利に影響が及ぶ場合には買入操作を行なっています。
こうした状況を市場関係者は熟知しており、最近では超長期市場の消化余力や先物ヘッジ機能が低下。今回の補正予算で、超長期債ではなく、2年債や短国が増発対象に選ばれたのはそうした事情も影響しています。
金利上昇局面でも発行済み国債の利払費は増加しませんが、償還1年以内の短国を借り換える際は利払費が膨らみます。債務の短期化は金利上昇時に利払負担が急増する構造につながっています。
日本は他国に比べ民間資金需要が乏しい状況が続いています。政府は需要創造に注力しつつ、長期国債発行残高は増やしたくないと思っているでしょう。一方、資金余剰の民間金融機関には運用ニーズがあり、こうした事情が短国消化を可能にしています。
以上のような動きを反映し、日本の統合政府(政府と中央銀行)の対民間債務平均残存期間は短期化しています。
景気回復に伴う金利上昇なら、税収も増え、国債発行量を減らすことも可能ですが、リスクプレミアム上昇に伴う金利上昇であれば財政状況はさらに厳しくなります。
「綱渡り」状態がいつまで継続可能か、誰もわかりません。メルマガ前号で取り上げたミンスキーモーメントは突然到来します。
そうならないように、財政当局にもいろいろ提言しますが、「綱渡り」以外に手段がないのが実情でしょう。過去10年、そういう状況に自ら追い込んできたのが日本の現実です。
気分転換に一節。「綱渡り」は奈良時代に中国から伝来した「散楽雑伎(さんがくざつぎ)」の中のひとつ。江戸時代初期には「蜘蛛舞(くもまい)」と言われ、歌舞伎の「けれん(舞台仕掛け)」に影響しました。明治になると、西洋の綱渡りも日本に入ってきました。
西洋の「綱渡り」の歴史は古代ギリシアまで遡ります。「綱渡り」を行う人は「フナンブラ(funambula)」 と呼ばれたそうです。政府・日銀は今や「フナンブラ」です。
日本の財政肥大化は止まりません。そうした中で、世界的な金融緩和、ウクライナ戦争の影響による物価高騰に直面。インフレ圧力と円安で日本の物価も上昇してきました。
日本は20年以上に亘り、毎年の予算編成で財源の40%前後は国債発行で賄うという運営を続けています。
その結果が、1200兆円超の国の借金残高。対GDP比では約270%という世界断トツ1位を占めています。
この構造を可能としているのは、日銀が国債を購入しているからです。とりわけ、黒田総裁時代の過去10年の協力ぶりは凄まじい。ゼロ金利下では国債増発による金利負担増加は心配しなくていいからです。
政府は国債発行時には金融機関に引き受けさせ、それを速やかに市場で日銀が金融機関から購入。事実上の日銀による国債引受です。日銀も自らのバランスシート規模をGDPの1.3倍にまで膨張させています。異常です。
こういう状況で財政規律を論じることはもはや無意味です。この状況で何ができるかを考える必要があります。
そう思案している最中、世界的なインフレと金利上昇が起きました。日本の金利上昇も免れません。金利上昇のダメージは次のような形で顕現化する可能性があります。
第1に、国の利払費増加です。第2は、予算編成の逼迫です。この2つは政府側に生じる影響です。
第3は日銀保有国債の評価損拡大です。日銀自身は「評価方法が償却原価主義なので含み損が財務諸表に表面化することはない」と抗弁しますが、潜在的な評価損として市場は認識します。
第4は、日銀自身の利払費増加です。金融機関から買い入れた国債代金は日銀に当座預金として預けられています。
その当座預金500兆円強に利払い費が発生します。1%の金利上昇でも5兆円強。日銀の最広義の資本金等は約10兆円なので、2%の金利上昇なら1年超で債務超過に陥ります。
第5に、日銀の今後の金融政策運営の自己矛盾です。10日の参議院財政金融委員会で黒田総裁は「出口戦略」の手法について「金利を上げる」「膨張したバランスシートを縮小する」のいずれかとの認識を示しました。
その通りですが、仮に金利引上げを先行させると、国債市場では国債価格下落が連想され、投資家による売却が始まります。それはさらに金利を上昇させます。
そのため、日銀は過度の金利上昇抑止のために国債市場で買い向かう必要が生じます。金利上昇は抑制できるかもしれませんが、バランスシートを拡大することになります。
つまり、金利引上げと金利上昇抑制策と量的緩和を同時に行うという非常に複雑な自己矛盾に陥るのです。
これらを勘案すると、国の予算編成も日銀のオペレーションも上述のとおり「綱渡り」のうえに「袋小路」に入り込んでいます。元日銀の立場としては、溜息が出る気分です。
気分転換に「袋小路の」の語源について一節。「袋小路」は英語で「カルデサック」と言います。フランス語由来の言葉で「袋(sac)の底(cul)」という意味です。
「cul」は「底、後ろ、お尻」を表し、洋服の「culotte(キュロット)」という単語に発展。「お尻にぴったり合った半ズボン」という意味だそうです。
「sac」は英語では「sack(袋)」。袋は人類の発明品であり、語源も古代ギリシア語のsakkosに遡ります。旧約聖書の中で穀物(トウモロコシ)を入れた「袋(sack)」として登場し、世界中に「sack」が伝わりました。
中近世欧州の農家では「sack」の中に藁を詰めてベッドにしていたそうです。その袋を叩いて「ベッドメイキング」することから、「hit the sack(麻袋をたたく)」は「go to bed(寝る)」と同じ意味。
また「この袋(sack)をやるから、早くお前の机の荷物を片付けてその中に入れろ」という意味合いから「get the sack」で「解雇される」「クビになる」という意味になります。
欧米の住宅地には「cul-de-sac」という道路標示があります。この言葉は1700年代に登場し、道路が「行き止まり」「袋小路」ということを示しています。
政府・日銀の異常な財政金融運営の下、繰り返しになりますが、今さら財政規律を語っても現実的ではありません。だから昨年秋から「日銀保有国債の一部永久国債化」を推奨。出口戦略と財政捻出を企図したやむを得ずの「カルデサック政策」です。
日銀の決算内容、財務諸表を検証しておきます。今年3月期決算を見ると、資産は736兆2535億円で名目GDPの135.9%。FRBの36.7%、ECBの60.7%と比べて過大です。
前期末比では資産が21兆6969億円増加、うち15兆4541億円は長期国債保有残高の増加。また、新型コロナ対策で貸出金が25兆6926億円増え、総額151兆5328億円に膨張。負債側は資産拡大に連動して当座預金が40兆6082億円増加しています。
就任直後の黒田総裁の下、2013年4月に量的緩和策が採用されて以降、日銀の資産総額は長期国債残高と連動して拡大してきました。また、新型コロナ禍を背景に日銀は市中金融機関を通じた産業支援を強化し、貸出残高は2020、21年度中に97兆2042億円増加。結果として、当座預金超過準備は2013年度以降で497兆8966億円増えました。
その間、民間金融機関の貸出額は日銀の資産膨張ほどには増加していません。日銀がマネタリーベースを増やしても、超過準備に回ってしまい、貸出すなわちマネーサプライ増加にはつながらなかったということです。
さて、この状況の中で日銀が出口戦略として金利(10年国債の目標利回り)を引き上げれば、市場では国債に売り圧力が生じます。
その際、YCC(金利制御)を維持しながら利上げをしようとすれば、日銀は苦労します。つまり、金利引上げを行う一方で、金利を目標制御水準以下に維持するために、市場の売り圧力に対抗して国債を購入しなければなりません。
前項でも指摘しましたが、それは結果として量的緩和を行うことにほかならず、日銀は右手で金融引締、左手で金利上昇抑制のための金融緩和を行うという自己矛盾したオペレーションを余儀なくされます。「手品」とも言えます。
2013年度から2021年度まで、普通国債の発行残高増加は276兆7794億円でしたが、日銀保有の普通国債残高増加は419兆8820億円に及びます。こういう状況下で、金融引締をしながら、国債残高をさらに積み上げるという「手品」です。
さらに、金利が上がり始めれば、「今のうちに借りておこう」という借手側の気運が高まり、民間金融機関に対する貸出需要は増加することでしょう。
民間金融機関は貸出原資を確保するために超過準備を取り崩し始めます。マネーサプライを増やすという観点からは合理的ですが、物価上昇が起こっている中でその動きを放置することは、物価安定化とは逆行します。
そのため、それを防ぐ(マネタリーベースの市中への流出を避ける)ために、日銀は当座預金に対する付利金利を引上げることになります。もちろん、そもそも利上げするわけですから当然のことです。
結果的に日銀の支払利息が急増し、日銀の収益、さらには自己資本を毀損する可能性があります。
2016年1月から日銀はマイナス金利を導入しています。しかし、その適用分は2021年度の付利対象当座預金の平均残高511兆7297億円のうち5.5%に相当する27兆8856億円に過ぎません。
当座預金のうち276兆5629億円はゼロ金利、207兆2812億円分には0.1%の金利が支払われています。この両者約500兆円の預金に対する支払い利息が増えることになります。
付利金利を0.5%とした場合、日銀の利払い費は年2兆5千億円、1.0%なら5兆円。保有国債の受取利息は短期間には増えないため、日銀の収支バランスは崩れます。
政府と日銀は異常な財政金融運営を10年間続けた結果、「綱渡り」の運営を続けているうえに「袋小路」に入り、今後の展開には「手品」のような手腕が求められます。
気分転換に「手品」について一節。「手品」とは「実現不可能なこと」が起きているかのように見せる芸能です。日本では古くは「手妻(てづま)」「品玉(しなだま)」とも呼ばれ、日本古来の手品を「和妻」、西洋マジックを「洋妻(ようづま)」とも言います。
西洋の「マジック」の語源は古代ペルシャにおいて祭儀や占星術等を司る祭司階級「マゴス」から派生したギリシア語「マゲイア」。イカサマやペテンといった悪い意味でも使われました。
「手妻」は奈良時代に唐より仏教とともに伝来した「散楽」に含まれた奇術が始まり。大道芸として発展し「放下」「呪術」「幻術」とも呼ばれ、安倍晴明等の陰陽師も駆使したそうです。
観客との距離による分類では「クロースアップマジック(テーブルマジック)」「ステージマジック」等に分類されます。とくに大規模な「ステージマジック」は最近では「イリュージョン」と呼ばれます。人間の出現や消失、人体切断、爆発からの脱出など、生で見てもなかなか仕掛けがわかりません。
道具による分類はカード、コイン、ロープ、シルク、シルク等。現象による分類は、移動、消失、出現、変身、変化、復元、貫通、浮揚、透視、念動、予言等。
今後の政府・日銀による「手品」は、道具では「国債」、現象では「継続」という新しいジャンルとなります。
最後に、米国マジシャンに由来する「ハワード・サーストンの3原則」をご紹介します。曰く「披露する前に現象を説明してはいけない」「繰り返してはいけない」「種明かしをしてはいけない」。
(了)