GW直前4月28日の日銀政策決定会合、GW真っ只中の5月4日の米国FRB(連邦準備制度理事会)FOMC(連邦公開市場委員会)で真逆(金融緩和と金融引締)の決定がなされました。GW明け後、5月9日週は為替、金利、株とも、当面の値頃感を探る神経質な展開になるでしょう。
「タカ派」「ハト派」という用語があります。政治家を形容する場合に使われたのが始まりですが、今では、軍や安全保障の関係者、あるいは中央銀行総裁の基本スタンスを示す場合にも使われます。
「タカ派」という用語のルーツは第3代米国大統領トーマス・ジェファーソンと言われています。ジェファーソンは、フランスとの戦争を主張する好戦的な一派を「War Hawk(戦争のタカ)」と呼びました。
その後「タカ派」の反対語として「ハト派」という用語が誕生します。ハトに穏健派、平和主義のイメージがあるのは、聖書の「ノアの箱舟」の記述に由来します。
人間の悪行を見かねた神々は大洪水を起こします。箱舟を造ってその難を逃れたノアの家族以外の人間は洪水に流されました。
ノアが様子を探るためにハトを飛ばしたところ、そのハトがオリーブの枝を加えて戻って来た時に洪水は止まり、神の怒りが収まったことを知らせます。この話に由来してハトは平和を意味するようになります。
さて、中央銀行総裁に関しては、金融引締派を「タカ派」、金融緩和派を「ハト派」と呼ぶのが慣行です。それが適切な比喩か否かは別にして、慣行はそういうことです。
4月28日の日銀の金融政策決定会合直後に、この「タカ派」「ハト派」の用語が市場関係者やメディアの間で飛び交いました。
同日の金融政策決定会合で、日銀は金融緩和政策の継続を賛成多数で決め、さらに10年物国債を金利0.25%で無制限に買い入れる「指値オペ」を毎日実施することを決定。つまり、長期金利を0.25%以下に抑えて超金融緩和路線を維持することを明確にしたのです。
市場関係者やメディアの解説は概ね次のようなロジックでした。つまり、事前予想では黒田総裁が微妙に「タカ派」化すると考えていた向きが多かったようですが、結果はむしろ逆。予想以上に「ハト派」的な結果だったという解説です。ここでの「タカ派」化とは、次のような意味です。
最近の世界的な物価上昇傾向を反映して、米国を筆頭に主要国は金融を引締め、金利上昇容認傾向が顕著になっています。
その結果、超金融緩和を続ける日本と主要国との内外金利差が広がり、そのことが最近の円安傾向につながっています。
したがって、日銀は「金融緩和の程度を少し後退させる」「金利上昇を多少容認する」「内外金利差に基づく円安進行に配慮する」と思われていた、というのが「タカ派」化の意味です。
ところが、結果は真逆。超金融緩和路線を維持し、「指値オペ」という「腕力」を使ってでも長期金利を0.25%以下に押さえ込み、YCC(イールド・カーブ・コントロール)を継続するとしたのです。
YCCとは金利曲線、すなわち金利水準を日銀の意思どおりに制御することを意味し、そうするための「腕力」のひとつが「指値オペ」です。
この決定を評して、市場関係者やマスコミは予想外に「ハト派」的としています。しかし、「腕力」で捻じ伏せるという金融政策運営スタンスは、語感的には「タカ派」の印象です。
本来、中央銀行または中央銀行総裁に望まれる姿は、「市場との対話」を通じて金融政策を経済環境と整合的に運営し、政策目標を円滑に実現することです。
今から9年前、「2年・2倍・2%」(マネタリーベースを2年間で2倍にして物価上昇率2%を実現する)を謳い文句に総裁に就任し、それが実現しなくても意に介せず、マネタリーベースを2倍どころか5倍まで増やし、世界の情勢が一変しているのに金融政策運営方針を調整することもなく、「腕力」を使ってでも市場を意のままに動かすと宣言している好戦的な姿は「ハト派」というより「タカ派」と評するに相応しいと思います。
とは言え、中央銀行総裁を巡る「ハト派」「タカ派」の称号の慣行は、上述のとおり金融緩和派が「ハト派」です。故に、その手腕の強引さも冠して「タカ派的ハト派」と評するのが黒田総裁の評価としては適切です。
さて、4月28日の日銀政策決定会合で超金融緩和路線の継続が決まった一方、5月4日の米国FRB(連邦準備制度理事会)のFOMC(連邦公開市場委員会)は0.5%の利上げとともに、6月から量的緩和の縮小を始めることも決定。
FRBの政策金利変更は通常0.25%刻みであり、0.5%の利上げは2000年5月以来、実に22年振りです。3月のFOMCでは今年中に7回(0.25%)の利上げを行う見通しを示していましたので、そのうち2回分を実行したことになります。
約9兆ドル(約1170兆円)に達しているFRB保有資産をどのぐらいのペースで減少させていくかは、まだわかりません。
いずれにしても、金利と量の「ダブル引締め」。日米の金融政策の真逆の決定は、内外金利差を拡大させ、円安がさらに進む可能性が高いでしょう。
日銀の「指値オペ」は今年2月に導入されました。2月10日(木)に長期金利(10年物国債金利)が0.231%まで上昇し、2016年1月29日のマイナス金利導入決定頃の水準になりました。これを受けて日銀は10日夕刻、3連休明けの14日(月)に「指値オペ」を実施することを市場に通告しました。
日銀は2016年9月から翌日物金利をマイナス0.1%、10年物金利を「0%程度」に据え置くYCC政策を導入。「0%程度」の「程度」は±0.25%としているため、上限は0.25%。したがって、市場金利が上限を超えそうな場合には日銀の「腕力」を示す必要がありました。
しかし、2月10日の米国時間(米国市場)では、米長期金利が2%超えを伺う展開になった一方、日本の長期金利上限が0.25%と再確認されたため、円安が進行しました。
つまり、2月10日は「日米金利差拡大による円安」という現在の市場トレンドの始まりになったと言っていいでしょう。
日銀は「指値オペ」導入に先んじて、3ヶ月に1度公表する「展望レポート」の中で円安についての考え方を公表していました。
具体的には、今年1月公表の「展望レポート」の「BOX1(40頁から43頁)」の中で、「10%の円安はGDPを年間プラス0.8%押し上げる効果がある」と説明しています。
このレポートに先立ち、黒田総裁は1月18日の金融政策決定会合後の記者会見で「円安は全体として経済にプラスに作用」「悪い円安とは考えていない」と発言。以後、そのスタンスを継続していました。
2月10日の「指値オペ」告知以降、市場の金利上昇傾向と円安傾向、さらにはロシアのウクライナ侵攻長期化に伴う原油等の資源価格高騰から、市場と日銀の神経戦が続いていました。
3月28日午前、日銀は再び「指値オペ」実施を発表。ところが、長期金利は0.25%程度で推移し続け、2月に実施した「指値オペ」に比べると金利引下げ効果は乏しく、「指値オペ」の神通力は明らかに低下していました。
為替市場では1ドル125円台まで円安が進行。1日に3円以上下がったのは2014年10月以来。日銀「指値オペ」が円安を誘発しました。黒田総裁が相変わらず「円安は日本経済にプラス」という発言を繰り返していたことも影響しています。
4月入り後、筆者は参議院財政金融委員会で財務大臣に「日銀総裁の円安に対する発言は不用意であり、客観的な根拠(日本経済にプラスである根拠)について説明不足」であることを指摘。合わせて、その後開催予定のG7、G20で「為替は市場に任せる」という合意をすれば、内外金利差が拡大傾向にある環境下では「円安容認」と同義であることも指摘。財務大臣もそのことを踏まえてG7、G20に臨んだことと思います。
G7、G20後も円安傾向は継続。そうした中で、4月28日の日本の金融決定会合、5月4日の米国FOMCに至り、上述のような真逆の決定内容となりました。
円安傾向が持続した場合、ガソリン、日用品、食品等の値上げも続き、消費者物価は上昇し、個人消費に悪影響を与える可能性が高いと考えます。
物価上昇は黒田総裁が本来目指していた政策目標ですから、歓迎すべき展開のはずですが、それでも日銀の目標には達しません。
上述の「展望レポート」における物価見通しでは、2022年度は従来の1.1%から1.9%に引き上げられたものの、2023年度は1.1%に据え置き、新たに公表された2024年度は1.1%。エネルギーを除くベースでは、2022年度0.9%、2023年度1.2%、2024年度1.5%にとどまっています。
円安を気にして物価目標達成前に金融政策を方針転換するか、物価目標達成に固執して円安を放置するか。黒田総裁は10年も日銀総裁を務め、何をレガシーとして残すのでしょうか。
日本の金融政策は非常に難しい局面を迎えています。黒田総裁の超金融緩和路線、YCCは持続可能性に問題があります。「指値オペ」を毎日続けると国債の玉(ぎょく)が少なくなり、極論的には買い上げる国債がなくなることも想定できます。
黒田総裁は2023年4月の任期満了に向けて、超金融緩和路線を貫徹するのか、軌道修正するのか。
個人的には、主要国の金融引締の潮流に逆らえず、日本の金融政策も修正せざるを得なくなると予想します。あるいは世界的な潮流を好機と捉えて「便乗」する可能性が高いと思います。
そのプロセスは、第1に長期金利操作の対象年限の短縮(現状の10年を7年、5年と徐々に短縮)、第2に長期金利操作の終了、第3に短期金利の引上げ(マイナス金利の終了)という順番でしょう。
修正の背景では、世界的な潮流に逆行できないだけでなく、エネルギー価格上昇を中心とする物価上昇が「悪い円安論」が影響します。
この背景を再確認するうえで、「アベノミクス」あるいは「アベクロノミクス」とは一体何だったのかが重要なポイントになります。
安倍首相、黒田総裁をはじめとする「リフレ派」は、日本経済低迷の原因はデフレであると主張しました。よって、インフレにして、デフレから脱却すれば、日本経済は回復すると考えたのです。
そこで上述の「2年・2倍・2%」を断行。日本円の総量である「マネタリーベース」は、「アベクロノミクス」開始前の2012年12月の132兆円から2022年3月の662兆円と5倍になりました。
「マネタリーベース」が増えても、それが市中に出回り、企業や家計に活用されなければ効果は出ません。
「マネーストック」がそれに該当します。2012年12月に1135.8兆円だったマネーストック(M3)は2022年2月には1532.4兆円と1.35倍です。「マネタリーベース」が約5倍になっていることを考えると、ほとんど増加していないといっても過言ではありません。
「マネタリーベース」が増えても経済成長は実現しませんでしたが、日本円の総量の増加は円安をもたらしました。アベクロノミクスは要するに円安政策だった総括してもよいでしょう。
目下起こっている「悪い円安」は、米国の金融引締、日本の金融緩和という真逆の金融政策、日米金利差拡大の結果です。
この項の最初の話に戻ります。黒田総裁は任期満了まで超金融緩和路線を続けるのでしょうか、それとも軌道修正するのでしょうか。
円安による輸入物価上昇と景気後退が同時発生して「スタグフレーション」的な状況になるリスクを鑑みると、黒田総裁としては後者を選択するしかないように思います。
円の購買力は50年前の水準まで低下しています。約10年前、1ドル80円割れの局面もあったことを考えると、円の価値は半減しています。
かつて、円安は輸出国家日本にとってプラスというのが定説でした。しかし、コロナ禍は日本が輸入依国家であることを明らかにしました。
製造業を中心とする輸出企業は既に現地生産に切り替えています。米国に輸出する製品は米国で生産しています。取引はドルで行われます。円相場が変動しても、影響はかつてほどではありません。
つまり、現在の日本の経済構造は「円安」に弱くなっています。そんな中、「アベクロノミクス」を続ける黒田総裁は4月28日に「異次元緩和継続」を宣言し、「指値オペ」を毎日実施すると決定したのです。
アベクロノミクスの下でも日本経済は成長しませんでした。GDP成長率、実質賃金、どれも横這い程度です。
「結果」と「原因」を取り違えています。この点は国会やメディアで繰り返し指摘してきましたが、「リフレ派」が受け入れることはありませんでした、しかし、もはや明々白々です。
日本経済低迷は、経営者が人件費削減で収益増を図ることを「経営手腕」と錯覚したこと、成長しないのは社員や技術者の働き方や技術力に問題があると錯覚したこと、政府も教育・科学技術開発・新しいビジネスモデル創造のできる「人づくり」こそ要諦であることを理解しなかったこと、国民の実質賃金が増える経済構造には程遠くGDPの最大シェアを占める消費が低迷し続けたこと、等々が本当の「原因」です。
デフレは「結果」に過ぎません。「今からでも遅くない」などと根拠のない楽観論を言うつもりはありません。「間違った政策を続けていても状況は変わりません」ので、軌道修正が必要です。
(了)