政治経済レポート:OKマガジン(Vol.485)2022.4.15

ロシアの目と鼻の先にNATOが配備されていることを「逆キューバ危機」と指摘する専門家もいます。ゼーリック元世銀総裁は「米英中蘭4ヶ国による日本の経済封鎖が第2次大戦の遠因になった」という趣旨の発言をしました。そして、本日はロシア黒海艦隊旗艦モスクワが沈没。ウクライナは撃沈と発表。露タス通信は「北欧2国がNATOに加盟したらバルト海に核兵器配備」と報道。事態が激化・拡大・長期化することを前提に備えなければなりません。


1.ミール

西側諸国は、ロシア中央銀行が諸外国に保有する外貨凍結、ロシア主要銀行の国際金融取引制限等の対露制裁措置を科しています。4月5日、EUはロシアからの石炭輸入禁止等の追加制裁も発表しました。

さらに、プーチン大統領の娘2人、ラブロフ外相の妻や娘等の米国内資産を凍結。新興財閥オリガルヒ制裁からさらに踏み込んでいます。

こうした制裁の影響で、ロシアの2021年実質経済成長率は4.7%でしたが、2022年はマイナス11.2%に落ち込む見込みです。

2月24日、プーチン大統領による「特別軍事作戦」開始発表直後には、預金引出しのために銀行店舗やATMに行列ができ、食料等を買い溜めに走る市民もいました。しかし今では落ち着いており、混乱は一時的でした。

外国企業やブランド店の事業休止も相次ぎました。しかし、ロシア撤退と報じられた企業の過半は一時休業です。例えばIKEAは国内17店舗を閉じましたが、実は休業は5月31日まで。1万5000人の従業員の雇用も継続。ロシアから撤退はしないとしています。マクドナルド等の他企業も同様です。業務停止を発表して1ヶ月以上経過したナイキ、ニューバランス、ギャップ等は営業を続けているそうです。

制裁で圧力をかければロシア国民が目を覚まし、反プーチン機運が高まり、戦争を止められると期待されましたが、現状、プーチン体制を脅かすほどの深刻な事態には至っていません。

富裕層はアラブ首長国連邦(UAE)等、主に中東諸国に制裁逃れの資産移転を進めています。

3月6日、VISAとマスターカードはロシアでの業務停止を発表しましたが、これは国を跨いでの使用が不可となっただけ。ロシアで発行されたカードは国内では有効期限まで使えます。

ロシア独自のカード決済システム「ミール(МИР)」も浸透しています。ミールは2014年のクリミア侵攻時の経済制裁で影響を受けたロシアが、欧米依存脱却を企図して創設した決済システムです。国内金融決済網や通信ネットワークも整備済みです。

ミールカードは1億1200万枚発行され、国内シェアは30%超。ロシア人がよく訪れるキプロス、トルコ、UAE等の約20ヶ国で使用可能です。

3月のインフレ率は15.7%になりました。もともとロシアのインフレ率は高めで、侵攻前の1月は8.7%、2月は9.2%であったため、国民はあまり気にしていないそうです。因みに2014年クリミア侵攻時は15.6%になりました。

1998年、2008年、2014年とロシアは何度となく経済危機に瀕しては乗り越えてきました。国民は今回のような状況に慣れています。

むしろ最近は反撃に出ています。例えば、国際宇宙ステーションISSへの協力を止める可能性に言及し、西側諸国とりわけ米国を牽制しています。

ISSの高度制御という重要な役割を担っているのはロシアの宇宙機関「ロスコスモス」です。NASAもISSの運営は米国だけでは困難と認めています。

2月下旬、同社社長ドミトリー・ロゴジン氏が「ISSが米国やカナダ、中国やインドに落下するのを誰が防ぐのか」とSNSに投稿。

さらにロゴジン氏は「制裁を無条件で解除しないならば、ISSを含む全共同事業で協力を止める」と明言。宇宙船ソユーズで米欧宇宙飛行士をISSに輸送することもできなくなります。

同社は米民間宇宙企業へのロシア製ロケットエンジンの供給停止も発表。欧州宇宙機関ESAの仏領ギアナにある発射基地からロシア人技術者50人以上を撤退。ESAは衛星測位システム「ガリレオ」や天文観測衛星「ユークリッド」の打上げ延期を余儀なくされました。

NASAはロシアの反発を受け「制裁下でも、米露の非軍事分野の宇宙協力は許容される」との声明を発表。主導権はロシア側にあります。

中国は今年中に独自の宇宙ステーション「天宮」を完成させます。ロゴジン氏は「天宮」と協力する可能性を示唆。中露は米主導の有人月面探査「アルテミス計画」に対抗し、2030年を目標に月面研究基地建設でも協力します。

米国は将来的に宇宙開発の主導権を中露に握られかねない状況にあります。

2.第2次制裁

ロシアは中国からの半導体・通信機器輸入、中国人民元とルーブルの決済網統合、中国によるエネルギー資源・食料購入増等によって、西側諸国による制裁回避に腐心しています。

現状、ロシアは制裁を受けているにもかかわらず、エネルギー資源輸出によって多額の収入を得ており、予想以上に持ち堪えています。ロシアの石油輸出はウクライナ侵攻前より増加したとの見方もあります。しかも資源価格高騰で収入増になっているようです。

3月24日付ワシントンポスト紙は、米政府が第2次制裁の検討を始めていると報じました。すなわち、ロシアと協力関係を維持する第三国にも制裁を科すということです。

米国ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は3月14日、ローマで中国共産党楊潔?政治局員(外交担当)と7時間近く会談を行いました。

ジェン・サキ大統領報道官は会談の内容について「大統領補佐官は、中国が対露制裁を骨抜きにするような行動に出た場合の様々な結果に関して率直な見解を述べた」と説明。会談では第2次制裁発動の可能性について議論されたと推測されています。

1974年、ニクソン大統領はキューバと貿易をしているという理由でバングラデシュに対する食料援助を打ち切りました。2011年、オバマ大統領はイランから石油を購入していた日欧諸国に経済制裁措置を打ち出した結果、イランの財政は行き詰まり、核開発凍結に向けた交渉に応じざるを得なくなりました。

米国には第2次制裁に関するこうした成功体験がありますが、今回は事情が異なります。第2次制裁の相手国は中国やインドです。

また、欧州諸国がロシアから石油や天然ガスを買い続ける一方で、中国やインドに自制を求めることは説得力を欠きます。

ロシアのラブロフ外相は今月1日、突然訪印。ジャイシャンカル外相と会談し、第2次制裁を念頭に対露制裁に同調しないように釘を刺したと推測されます。

4月1日公表のアジア経済研究所のシミュレーションに興味深い結果が示されています。

中国を含めた世界各国とロシアの貿易が1年間遮断された場合、ロシアGDPへの影響はマイナス15.8%。中国が加わらない制裁の場合、ロシアへの影響はマイナス4.6%にとどまり、経済へのダメージが3分の1程度になります。

中露間の貿易に加えて、中国経由で各国とロシアとの貿易が可能であることがロシアへの影響を小さくしています。

産業別にみると、ロシア国内で電子・電機、繊維・衣料についてプラスの影響が出ています。これは制裁に伴う輸入代替が起きることを示唆しています。かえってロシアの産業が発展するという皮肉な結果です。

日本の場合、エネルギー資源だけでなく、水産資源についても留意が必要です。2021年の日本のロシアからの水産物輸入額は1381億円であり、中国からの2904億円、チリからの1428億円に次ぐ第3位です。

日露間では、北方領土沖合や、相互の200カイリ水域における魚種別漁獲量等の操業条件が協議されています。歯舞群島貝殻島でのコンブ漁に関する交渉等も行われており、ロシアが関係する海域での安全操業や漁業継続を担保しています。

例年の交渉では、日露双方のEEZ内での操業条件を決め、日本は自国海域の漁獲に対し、資源管理コストとして漁業協力費を支払います。昨年は3月29日から4月2日まで交渉が行われ、日本海域での漁獲量は2050トン、漁業協力費は約3億円でした。

今年の交渉はウクライナ危機の影響でサケ・マス漁の出漁開始日の4月10日には間に合わず、11日からようやくオンライン形式で始まりました。

ロシアは制裁を科している中ですから、交渉は難航する可能性があります。長期にわたって漁獲条件や境界線が定まらず、漁業者はロシアからの取締り等に警戒しながら操業することを強いられます。

日本政府は国内経済への影響に配慮しロシア産水産物の輸入禁止措置には踏み込まないとしていますが、米国はロシア産水産物の輸入禁止を決めています。

北方領土はロシア政府の開発支援で漁業基地となっています。水産物はロシアの重要な外貨獲得手段として輸出されています。日本のロシアからの水産物輸入が第2次制裁の対象となる可能性もあります。

3.ドルへの挑戦

制裁を続ければ、ロシアが困窮して撤退や停戦を決断するという見方は楽観的過ぎます。制裁には抜け道があり、ロシアは長期間耐える可能性が高いと思います。

第1に資源輸出による収入を断たない限り、制裁がロシアを屈服させることはありません。

ロシアは世界第2位の天然ガス産出国、第3位の原油産出国であり、2020年の資源輸出総額は約3300億ドルです。2021年時点で約6000億ドルの外貨準備を有しています。

制裁で凍結されたドル資金は約1000億ドルと推定されますが、資源輸出が継続されれば毎年3000億ドル以上の外貨を入手できるため、制裁による資金凍結の効果は減殺されます。

G7のうち現時点でロシア産原油の禁輸措置を打ち出したのは、ロシアからの輸入量が少ない米国、英国、カナダのみです。EUは原油と天然ガスのロシア依存を見直す方針を打ち出しましたが、EUフォン・デア・ライエン委員長は早くても2024年と言及しています。当面の制裁には効果がありません。

石炭についてはEUが段階的輸入禁止を打ち出しましたが、輸入額は年間約50億ドルに過ぎません。

別の抜け道もあります。世界の全LNG市場約5300億立方メートルの約31%を占めるスポット市場取引にロシアが供給しているとも聞きます。

第2は資金です。SWIFT排除についても、現時点において最大手銀行ズベルバンクと、国策企業ガスプロム関連銀行であるガスプロムバンクは制裁対象に入っていません。ロシアは両銀行を通じて引続き資源輸出の決済ができます。

国債デフォルトも起きていません。各国中央銀行はロシア政府の外貨準備を凍結したため、ロシアは米ドルを引き出せないはずですが、現実にはドルによる利払いが行われています。各国が自国の銀行や投資家への被害回避のために例外を認めているのか、ロシア側が政府口座とは別ルートで調達、支払いを行っているのか、定かではありません。

また制裁対象は政府の外貨準備だけであり、民間金融機関が保有する外貨は凍結されていません。これがロシア政府に回っている可能性もあります。

第3は食料です。ロシアとウクライナは小麦の世界輸出量の3割を占めています。両国の小麦に依存している人口は約8億人と推定されます。中国、トルコ、エジプト等の国々であり、今後の食糧不足が懸念されます。しかし、価格高騰でロシアの収入は増えています。

第4はドルの危機です。ルーブルはドルに対してウクライナ侵攻前の水準を回復しています。制裁は所期の効果を実現していないと言えます。

ロシアは制裁への対抗措置として、資源輸入国に対して代金をルーブルで支払うよう求め始めています。基軸通貨ドルへの挑戦とも言えます。

米国債は、日本が約1.3兆ドル、中国は約1.1兆ドル保有します。それぞれ1位、2位の保有量ですが、海外投資家全体では約7兆1000億ドル(約880兆円)です。これはドルの強さである一方、売却されれば弱点にもなります。

露中はルーブルや人民元のシェアを増やし、制裁がドルの基軸通貨としての価値を低下させる戦略をとっているようにも見えます。

第5は武器です。ウクライナ危機に伴って各国の国防費増大傾向が顕現化しました。ドイツはGDP2%超を国防費に充てると宣言し、米国も2023会計年度で過去最大5兆7900億ドルの国防費を予算計上すると表明しました。

世界中で国防費が増強され、産業にとっても武器は重要性が高まる蓋然性は高いでしょう。因みに2020年現在の武器輸出国ランキング(世界銀行)は、1位米国94億ドル、2位ロシア32億ドルです。武器輸出もロシアの収入源になっています。

ウクライナ危機は日米欧と中ロの対立構図を浮き彫りにしました。これまでのようなグローバル化は前提になりません。自国や同盟国との間で、どれだけ自給自足ができるかが焦点です。

日本は制裁の反射効果(副作用)に備えが必要です。「非友好国」日本はルーブル決済強要、LNG輸出停止等に直面するかもしれません。

食糧とエネルギー資源の確保と自給率向上、防衛装備の技術革新と国産化。ウクライナ危機を契機に、日本は眠りから覚めなくてはなりません。

(了)

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