2月7日になりました。1月から始まった緊急事態宣言の期限でしたが、10都府県で延長されました。コロナ陽性者数は減少傾向を見せ始めていますが、先行きの展開は予測できません。手洗い、マスク等の地道な取り組みを続けていくしかありません。まもなく接種が始まるワクチンが有効であることを期待しますが、しばらく様子をみないと確定的な効果はわかりません。引き続き、協力し合って頑張りましょう。
先週、気になるニュースに遭遇しました。東京五輪延期のため、五輪後に選手村を改修して分譲されるマンションの引き渡しが遅れることになり、購入者が売り主に遅延費用弁償を求める調停を裁判所に申し立てたそうです。
コロナ禍のため、東京都は選手村の建物借受期間1年延長を売り主(不動産会社等の企業グループ)に申し入れ、昨年11月、追加賃料38億円を支払いました。
購入者は「売り主が都の申し入れに勝手に応じた」として、引き渡し遅延の費用弁償を求めたという構図です。
因みに売買契約では、購入者は「売り主の故意過失ではない事由、または予見できない事由によって引き渡しが遅れる場合は承諾しなければならない」と規定されています。
モヤモヤした気持ちにさせられるニュースです。購入者のコメントとして「家は一生の買い物なので急に契約継続か解除かを求められて困った。住宅ローン審査もやり直しになり、支払いも増えるので不安」との内容が報道されていました。
購入者の気持ちもわからないではないですが、コロナ禍で経済的苦境を余儀なくされている人や事業者はたくさんいます。購入者の主張の当否は難しい判断です。
明らかにしなくてはならない点が2点あります。ひとつは、売り主(企業グループ)がどのぐらい儲けているかということです。コロナ禍のこの状況でも「儲けは儲け」という主張であれば、やはりモヤモヤした気持ちにさせられます。しかも延長貸与分の38億円を東京から受け取っています。これも財源は税金です。
もうひとつは、購入者に投資家が含まれているか否かです。中国人を筆頭に外国人投資家も相当含まれていると聞きます。
そもそも、投資対象としての購入者を是認したこと自体にモヤモヤ感があります。巨額の経費、つまり巨額の国民負担で準備した東京五輪です。
選手村の使用後の分譲マンションはそもそも過度な不動産ビジネスにしてほしくない、あるいはそれは適切ではないと感じます。調停の行方を注視したいと思います。
メルマガ454号でブラックエレファント(見て見ぬ振りをしていると大変なことになること)についてお伝えしたところ、ずいぶん反響をいただきました。日本の抱えるブラックエレファント問題はたくさんあります。
選手村の分譲マンションの周囲にはタワーマンションが林立しています。今回はタワマンのブラックエレファント問題を取り上げます。
タワマンの定義はありません。建築基準法20条で高さ60m以上の建築物を「超高層建築物」と称するため、60m相当の約20階以上の物件が一般的にタワマンと呼ばれています。
米国NYでは、20世紀初の世界恐慌前後に高層アパート建築ラッシュが起きました。セントラルパーク西側のサンレモ(1930年、27階)、エルドラード(1931年、30階)等です。これらアパート群の部屋は現在でも高額で売買されているそうです。
さらに第2次大戦後、マンハッタンのミッドタウンやアッパーイースト地区に多数の高層アパートが林立。米国の高層アパートにはベランダやバルコニーがなく、外観はオフィスビルやホテルと区別がつきません。
2001年、マンハッタン東部、国連本部ビルの正面にトランプ・ワールド・タワー(262m、72階)が完成。現在でも西半球で最も高い住居用高層建築物です。
欧州では1960年代に建築ラッシュが起きましたが、1970年代以降下火。2017年にロンドンで火災になったグレンフェルタワーのように、低所得層住宅、あるいは公営住宅等に活用されるのが一般的。米国との文化の違いのようです。
アジアでは、韓国、中国を筆頭に2000年以降に建築ラッシュ。今も続いています。日本はいつから始まったのでしょうか。
日本では戸建指向が根強く、また高層建築物に対応した消防車(ポンプ車・高層用梯子車等)が未配備であったことから、1960年代まで欧米追随の動きはありませんでした。
しかし1974年、鹿島建設が自社の社宅として建築したRC構造の「椎名町アパート」(東京都豊島区、18階)を機に、マンション高層化の動きが始まりました。
1976年、住友不動産が埼玉県与野市(現在のさいたま市中央区)に21階、高さ66mの分譲マンション「与野ハウス」を竣工。これが日本最初のタワマンです。
当初は、容積率や日照権等の制約から、タワマンには広い土地が必要となり、土地取得が容易な郊外や河川沿いに立地する物件が中心でした。
1997年、容積率上限が600%に規制緩和され、廊下・階段等が容積率計算から除外され、日影規制を適用除外とする高層住居誘導地区が導入されました。
これを機にタワマン建築ラッシュがスタート。東京湾臨海部のみならず、大都市近郊の鉄道沿線や地方都市にもタワマンが建築され、都心・大都市回帰現象にもつながりました。
日本最高層は大阪市中央区「ザ・キタハマ」(54階、209m)。建築中の最高層は来年竣工の東京都港区「虎ノ門・麻布台プロジェクト西棟」(64階、263m)です。
名古屋のランドマークのひとつである矢田川沿いのザ・シーン城北アストロタワーは1996年竣工。地上45階、160mで、完成当時は日本一でした。
居住者にとってタワマンのメリットは、眺望が良い、駅周辺等の便利な場所が多い、ラウンジ等の共用設備の充実等があげられます。
税制面のメリットもあります。固定資産税が戸数割となるため、相対的に負担が小さくなります。また2017年度税制改正によって、売買価格が高い高層階ほど相対的に高い税率となり、階による不公平感も是正されました。
デメリットもあります。駅に近い便利な場所でも、自分の部屋までの移動が大変です。特に朝の時間帯はエレベーターが混み合います。景観の観点から、洗濯物や布団を干せない場合もあります。
高層階で携帯電話が使いづらいこともあります。携帯基地局の高さは約40m。電波は下向きのため、概ね14階以上は電波が入りにくくなる可能性があります。
災害時の留意も必要です。耐震構造やエレベーター性能は配意されているものの、地震時には階段移動を余儀なくされることがあります。
長周期地震動等への対応は行われていますが、実際に被災してみないと耐震構造やエレベーター性能は検証できません。移動手段を失う高層難民の発生が懸念されます。因みに、高さ100m以上の場合は屋上ヘリポート設置が義務付けられています。
維持管理費、大規模修繕費の負担もあります。分譲マンションの入居者は管理組合に入り、組合が建物の維持管理・修繕計画を立てて将来の老朽化に備えます。タワマンは一般マンションに比べ、その費用が相対的に大きくなります。
タワマンは入居者が多く、管理組合での合意形成が難しい点もあります。低層階と高層階では価格差が大きく、修繕等の原因に対する認識も異なり、区分所有者間の所得・資産格差も影響して、管理費負担等の公平性を巡って難しい問題を抱えます。
上述のとおり、タワマンの建築ラッシュは2000年前後にスタート。約20年経過したことから、最近、第1回の大規模修繕に直面しているタワマンが増えています。
外壁や水漏れ等、修繕項目はいろいろありますが、ゼネコンやデベロッパー関係者から聞いた感じでは、管理費や修繕費は一般マンションより相当高くなっているようです。
今からまた15年、20年経過すると、2回目の大規模修繕の局面となり、2050年を過ぎる頃には3回目に遭遇します。
2000年以降、デベロッパーは子育てファミリー層を対象に拡販したことから、2回目、3回目の大規模修繕の頃には住民が高齢化しており、資金負担力の格差が生じている可能性もあります。
十分な資産を有する区分所有者もいるでしょうが、年金収入等に依存する世帯では大規模修繕費の負担に耐えられないかもしれません。
高度成長期のニュータウンが、2000年頃以降に住民の高齢化問題に直面して現在に至っていますが、それと同様か、あるいはそれ以上に深刻な問題につながるかもしれません。
他にもあります。医療関係者の中には、高層階に住むことの健康面への影響、例えば女性の流産、子供の低体温症、アレルギー疾患等の傾向が指摘されています。
子供の教育面でも、高層階の子どもの方が低層階の子どもより成績が良い傾向があるとの指摘も聞きます。所得水準との関係かもしれません。
一方、高層階の子どもは外に出る機会が少なく、刺激による身体感覚、様々な事象の実体験が乏しい結果として、身体反応に相対的に時間を要する傾向も指摘されています。
当然ですが、ビル等の建築物は老朽化し、いつかは建て替えが必要です。都心や大都市中心部のオフィスビルは次々と建て替えられています。
オフィスビルと賃貸マンションは建て替えが容易です。それはオーナーが1人または少数だからです。建て替えたいと思えば、入居者が契約どおりに退去するのを待つだけです。
ところが分譲マンションの建て替えはかなり難しい。タワマンはとくに困難です。
全国の旧耐震基準(1981年以前基準)のマンション総数は約104万棟。このうち、これまでに建て替えられた物件は約300棟だそうです。
なぜ分譲マンションは建て替えが難しいのか。ご存じの方も多いと思いますが、あまり詳しくない方向けに簡単に説明します。
マンションの区分所有権は私有財産です。老朽化すれば、区分所有者の多くは建て替えを希望するでしょう。その際、建て替える資金を誰が出すかが問題です。
東京中心部等の好立地の分譲マンションであればこの問題をクリアできます。旧基準で建築され、規制緩和後の容積率が余っている場合がほとんどだからです。
例えば面積1000平方メートルの土地で容積率上限が600%の場合、床面積6000平方メートルまでの分譲マンションが建築できます。
都心の容積率600%の地域にある面積1000平方メートル、床面積2000平方メートル、築50年の分譲マンションを建て替える場合、床面積6000平方メートルまで拡大できます。つまり、4000平方メートル分を建て増すということです。
その4000平方メートル分を新たな購入者に売却する代金で建築費用を捻出します。従来からの入居者は建て替え費用を一切負担せず、従来と同面積の新築の部屋を得られます。
入居者(購入者)が増える分だけ区分所有権は減りますが、新築の部屋が負担なしで入手できるわけですから、建て替えに反対する従来の入居者はいないでしょう。
しかし、場所が都心ではなく、東京郊外で最寄りの駅まで徒歩15分の分譲マンション、しかも容積率上限が建築時と変わっていない場合はどうでしょうか。
この場合、建て替え費用はすべて現在の入居者の負担です。取り壊し費用も含めて、1戸当たり数千万円と想定されます。建て替え期間中の仮住まい費用も発生します。
郊外型の分譲マンションは区分所有者の入れ替わりが少なく、新築時から入居して高齢化しているケースが多いと想定されます。建て替え費用を負担できる人もいれば、そうでない人もいるでしょう。建て替えについての賛否が分かれる可能性が高いと考えます。
現在の区分所有法等の関連法は、区分所有者の80%が賛成すれば建て替え決定が可能であり、規定上は反対者の住戸の強制買い上げもできます。しかし、その調整役を受けて立つ人は現実にはいないでしょう。こうした実例は聞いたことがありません。
建て替え後に負担した数千万円よりも高い資産価額の住戸を得られるケースなら上記の実例が起こり得るかもしれませんが、郊外型分譲マンションでは難しいでしょう。
では、どうしたらいいのか。私有財産である区分所有権を制限する新法を作るか、現行法の運用規定を変更するしかありません。しかし、仮に新法制を作れても、建て替え費用の問題は残ります。
建て替え時に容積率を大幅に緩和すればよいとの発想も出てきますが、売れなければ意味がありません。場所が郊外では販売の保証はありません。
タワマンの老朽化、建て替え問題も同じです。タワマンの場合は建物の取り壊し費用が一般マンションよりも大きいうえ、さらに容積率を緩和することも容易ではありません。
これは東京五輪選手村周辺、東京ベイエリアのタワマン固有の問題ではなく、日本全体を悩ますブラックエレファント問題です。
高齢化、老朽化によるタワマン廃墟化。ひょっとすると、タワマンという住居形態は壮大な社会実験、リスク資産かもしれません。
今から対策を考える必要がありますが、なかなか妙案が浮かびません。外国資本等が採算度外視で全入居者から高値で買い取って建て替えることは想定可能ですが、東京都心部を外国資本に押さえられることは別の問題を惹起します。
今国会で外資土地取得規制法案がようやく提出されますが、対象土地は防衛施設周辺等に限られています。実はそれ以外も安全保障上の大きな問題です。安全保障は軍事だけではありません。
開発を許可した政府、拡販したデベロッパー等の企業グループは、地震や液状化のリスクも理解していたはずです。解決策に無関係というわけにはいきません。今後、議論をしていきます。
(了)