政治経済レポート:OKマガジン(Vol.454)2021.1.26

早いもので2021年もまもなく1ヶ月が過ぎます。1月20日、米国バイデン政権がスタート。中国習近平主席は昨日(25日)の世界経済フォーラム(WEF)オンライン会議での講演で「新冷戦、世界を分断」と発言。早速バイデン政権を牽制しています。今年も米中対立の動向から目が離せません。メルマガで適宜、ファクトと情勢分析をお伝えします。


1.中国標準2035

2028年に中国がGDP(国内総生産)で米国を抜いて世界一。昨年12月公表の日本経済研究センターと英国経済ビジネス研究センターの予測が一致しました。

従来、中国が米国を上回るのは2035年頃と予測されていましたが7年前倒し。コロナ禍の経済への影響が中国より米国の方が大きいためです。

先入観、固定観念は恐ろしい。この状況下でも「日本は貿易で挽回できる」と主張する有識者がいることに驚きます。データを客観的に認識することが必要でしょう。

IMFの最新データ(2020年1~5月分)によると、米国の貿易相手のシェア最大はEU18.1%、続いてカナダ13.8%、メキシコ13.6%、中国12.4%。日本はASEAN8.2%にも及ばない5.3%。

「中国との貿易が伸びる」との意見も聞きますが、これも短絡的。中国の最大貿易相手は今やASEAN1014.7%とEU13.9%。対立する米国は11.2%。日本は7.3%にとどまり、韓国6.6%に抜かれる可能性が高い状況です。

ASEANに期待する向きもありますが、地域共通経済圏は域内貿易が中心。ASEANは域内貿易が22.1%を占め、それに匹敵するのは中国18.8%。続いて米国11.1%、EU8.3%、日本は8.0%です。

EUは一層顕著。域内貿易が59.8%、続いて米国6.4%、中国6.0%が並び、日本は何と1.3%に過ぎません。

国際貿易における日本の存在感低下は否めません。根拠なく「たぶん大丈夫」「実はまだ凄い」と思い込むことなく、事実を直視することが重要です。

GIIはWIPO(世界知的所有権機関)が2007年から公表している技術力ランキング。日本は4位からスタートし、2012年に25位まで転落。若干回復して2020年は16位ですが、韓国は10位、中国は14位。既にアジアのトップではありません。

スイスに本拠を置くビジネススクールIMDは1989年から各国の競争力ランキングを発表。日本は1989年から92年まで1位でしたが、2019年は30位、2020年は34位に下がりました。

技術力や競争力は人材に影響されます。英国THEランキングは世界1500校超の大学の教育水準を評価しています。

2021年版では1位から13位まで英米が独占。アジアトップはアジア勢過去最高20位の清華大。100位内の中国勢は6校(前年3校)、日本は東大(36位)、京大(54位)のみです。

教育水準は技術力や競争力のベースとなる科学論文数に顕著に現れます。科学技術・学術政策研究所が公表した科学技術指標2020によると、年平均論文数で中国は30.6万と米国28.1万を抜いて首位。

日本6.5万は前回調査(2010年)から順位を下げ、3位ドイツ6.7万に次ぐ4位。論文数は10年前とほぼ同じですが、他国の論文数が急増しており、相対的存在感は低下。また、注目度の高い(引用率の高い)論文では9位にとどまっています。

技術力、競争力、教育水準、科学論文数は特許数に反映します。特許情報の調査企業(アスタミューゼ)公表のデータが参考になります。

AI、量子コンピュータ、再生医療、自動運転、ブロックチェーン、サイバーセキュリティ、VR(仮想現実)、ドローン、導電性高分子、リチウムイオン電池の先進10分野の特許出願数は、2000年から19年までの累計で約34万。

最新2017年では、10分野のうち中国が9分野で1位。量子コンピュータのみ米国が1位。日本は2005年には自動運転等4分野で1位でしたが、現在は全分野で2位以下。国別では中国が約13万と全体の4割。日米(いずれも約2割)の倍です。

中国は国家戦略「中国製造2025」とともに、知財強国を目指す「中国標準2035」も打ち出しました。研究開発費は2017年で日本の3倍(約51兆円)、米国(約56兆円)に肉薄しています。

こうした状況はユニコーン(企業価値10億ドル以上のスタートアップ企業)数にも反映されます。米調査会社(CBインサイツ)によると、全体数は昨年11月に500社に到達。国別では米国242社、中国119社、日本はわずか3社です。

2.ブラック・エレファント

コロナ禍で「ブラック・スワン」という言葉が注目を浴びました。「ありえないこと」を意味する英語の慣用句でしたが、1697年に豪州で実際に黒鳥が発見され、以来「常識が覆ること」を意味する言葉に転じ、コロナ禍が世界の「ブラック・スワン」となりました。

「エレファント・イン・ザ・ルーム」という慣用句も聞くようになりました。部屋の中に象がいる光景を想像してください。誰の目にも危険です。

部屋が破壊されることは予測できるにもかかわらず、それを放置していることから「見て見ぬふりをする」という意味で使われています。

ここにきて、両者を合成した「ブラック・エレファント」という言葉が登場。つまり、「見て見ぬふりをしていた結果、これまでの常識が覆ること」を意味します。

日本の技術力、競争力は相対的に低下しています。日本の企業や技術がガラパゴス化していると言われて久しく、「まだ大丈夫」と根拠のない楽観をしていると、ブラック・エレファントに遭遇して踏み潰されます。

技術力も競争力も、それを生み出す源泉は人材。そして、人材を育てるのは企業であり、国です。人材育成力が劣化すれば、技術力も競争力も低下します。

日本企業は20世紀後半に一時は成功を収めましたが、1990年代以降は変革への適応力を欠いています。

世界の産業やビジネスの変革の過半がシステムに関連していることから、日本企業のシステム観の変遷を知る必要があります。4つの局面に整理できますが、その中に日本再生のヒントがあります。

第1は1980年代までのシステム黎明期。銀行システムが勘定系と情報系に分かれ始めた時代であり、この頃は競合する欧米企業と根本的な違いはありませんでした。

第2は1990年代のBPR(Business Process Re-engineering)時代。欧米では生産性向上のために業務を抜本的に見直すことを意味し、急速に普及しつつあったPCやLANを有効活用することと表裏一体でした。

日本では業務に合わせてシステム構築する対応が主流であり、システムが有効活用できるように業務や事業を改革する動きは広がりませんでした。

第3は2000年代に本格化したIT化時代。インターネットが劇的に普及し、中韓企業が台頭した時期と重なります。

この間、日本企業は人材とシステムをコストと考えてきました。両者は代替的であったため、人件費節減のためにシステムを使うという発想に終始しました。

第4は2010年代半ば以降、現在に至るDX(デジタル・トランスフォーメーショ)時代。DXは「デジタル技術による大変革」を意味します。

「Transformation」が「X」と記される理由は、英語圏で「Trans」すなわち「横切る」「突き抜ける」という語意を「X」と表記するためです。

同時期、マクロ経済政策による景気浮揚に執心していた日本。世界の変化や人手不足にDXで対応することもなく、低賃金の派遣労働力や外国人労働者に依存。これは経営戦略とは言えません。

2018年、経産省がDXレポートを公表し、企業ITシステムの複雑化、ブラックボックス化を改善しないと「2025年の崖」に遭遇すると強調したため、DXを表層的なシステム再構築と受け止めている経営者や企業も少なくありません。

ブラックボックス化は、システムを単なるコストと考え、ベンダーに丸投げし、戦略ツールとして理解及び活用してこなかった結果です。

さらにコロナ禍に見舞われ、人々の仕事や生活の変化に対応した国際的なコロナテック企業が続々登場。オンライン会議ツールに象徴されるようにITやインターネットの利活用が重みを増し、投資資金もコロナテック企業に集中しています。

欧米、中韓でDXが進展する中、日本のデジタル化の遅れ、生産性低迷がクローズアップされました。後追いでは追い付けない時代です。客観的事実を認識し、次の変化を先取りするリープフロッグ(蛙飛び)を目指さなくてはなりません。

情報処理推進機構の調査(2019年)によれば、日本のIT人材の77%はSI(システムインテグレーター)等ベンダー側で働いており、ユーザー側の在籍者は2割にとどまります。

7割がユーザー側に在籍し、新しいビジネスモデル創造や業務改革に取り組む欧米企業との構造的な違いです。

上述の第2期以降、世界で技術革新が加速する中、日本ではIT部署をコスト部門として切り離す動きが広がり、企業のベンダー依存が進みました。

ビジネスモデル創造、業務改革がIT利活用の目的ですが、ベンダーがそれをできるわけではありません。

むしろ、従来のビジネスや業務をそのまま複雑かつ代替不能のシステムとして提供することで顧客を囲い込み、ユーザーも従来のビジネスや業務を温存し、双方もたれ合いの関係が構築されたと言えます。

こうした実態だからこそ、日本企業はIT投資に消極的。OECDによると、2017年の2000年対比IT投資額は、日本は2割減、米国が6割増、フランスが2倍です。

システム観もガラパゴス化している日本の風景は、世界銀行によるビジネス環境ランキング29位、その構成要素である「事業の始めやすさ」106位という評価につながっています。

3.激戦地中の主戦場

デジタル化の帰趨、国家の優勝劣敗を左右するいくつかの重要分野があります。

第1はもちろんAI。計算速度と論理回路の勝負です。計算速度ではスパコン富岳で世界一を奪還し、昨年は存在感を示しました。

しかし、早晩抜き返されるとともに、AIの本質は論理回路。IBMがPC部門を中国レノボに売却し、その資金をAIワトソンの開発に投入したことが本質を象徴しています。

第2は通信。日本は4Gまではアジアで最初に商用化してきましたが、5Gでは中韓に先を越されました。中国の5G基地局は昨年末で既に60万局。5G対応はASEAN諸国でも進み始めており、日本は後塵を拝するかもしれません。

ポスト5G競争も激化。6Gは電波の届く範囲がさらに狭くなり、基地局は人口の10倍必要と言われます。

6G基地局のサイズは携帯電話程度。市街地構造物(電柱、街灯等)、移動体(自動車等)も設置場所として利用可能。発想の転換ができれば、日本にリープフロッグのチャンスはあります。

第3は測位衛星。米国GPSは1959年に軍事技術として開発が始まりましたが、1983年に民間開放されました。

中国北斗は1994年に開発着手。驚異的スピードで構築が進み、2020年6月に完成。今や北斗(50基)の衛星数はGPS(30基)を上回ります。日本の準天頂は4基です。

AI、通信、測位衛星が相乗効果を生み、ライフスタイルやビジネスモデルを大変革させる際のプラットフォームが第4のスマートシティ。中国では新たな経済特区(雄安新区)に実験都市を建設する計画が進んでいます。

これら重要分野全てに関連し、生活に不可欠で身近なツールが完全自動運転電気自動車(AIEV)。21世紀前半はAIEVを制する者が世界を制するでしょう。

しかも、脱炭素の動きがそれを加速させています。米欧中各国は立て続けに2030年代に新車販売をEV等の環境車に限定する国策を決定。

EV生産コストの半分を占める車載用電池も激戦。現在は日中韓の主要メーカーが競っていますが、EUも欧州企業による生産を2025年に現在の15倍にすることを目指すバッテリーアライアンスを発足させました。

日本の生命線は全固体電池の開発。固体で燃えにくく、エネルギー効率も高く、航続距離をガソリン車以上とすることが期待されています。

上記の全てに関わるのがH/Wとしての半導体IC、S/Wとしてのプログラム。激戦地中の主戦場です。

半導体は、設計、素材、製造装置、生産の4分野で技術競争となっています。生産では韓国サムスン、台湾TSMC、中国SMICが激しく競争。日本のシェアは1988年の50%をピークに激減。現在は9%に過ぎず、技術者も減っています。

素材、製造装置では日本が優位ですが、安閑とはできません。台湾グローバルウェーハズが独シルトロニックを買収し、ウェハー世界首位の信越化学に肉薄。同社は設計、生産に加えて、素材も手中に収めます。

中国も静観していません。シリコンに代わる半導体素材である窒化ガリウム等の開発を進めています。

設計は米インテル、英アームが主導権を握っていますが、中国ファーウェイ傘下のハイシリコンも追撃。だからこそ、米中対立が生じています。

昨年12月20日に亡くなった「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(1979年)の著者エズラ・ヴォ―ゲル博士は2004年の同書復刻版で、日本人のハングリー精神喪失、中国の産業的台頭で日本の優位は維持できなくなることに警鐘を鳴らしていました。

世界は劇的に変化し、日本は取り残されつつあります。大変であることを深層心理で認識していますが「見て見ぬ振り」をしているのではないでしょうか。

人材とシステムをコストと考えている限り、ブラック・エレファントに踏み潰される末路は避けられません。

(了)

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