政治経済レポート:OKマガジン(Vol.431)2019.11.14

1989年11月9日、「ベルリンの壁」崩壊。それから30年経過。当時の日本はバブル経済ピーク。冷戦終結で21世紀は米国中心の覇権構造となり、その中で日本も「ジャパン・アズ・ナンバーワン」になると何となく多くの人が思っていた時代。その見通しは外れ、今や米中G2時代。ロシア、EUも交えた新冷戦構造が定着する中、技術革新も劇的に加速。テクノロジーが世界の覇権を決定する時代ですが、日本は対応に窮し気味です。


1.超高速大容量・超低遅延・超多数同時接続

今月1日から中国で5G商用サービスがスタート。中国移動(チャイナ・モバイル)、中国電信(チャイナ・テレコム)、中国聯通(チャイナ・ユニコム)の国有3社が、年末までに北京、上海等の主要50都市に13万基地局設置と発表。日本全土に匹敵する規模です。

5Gの3つのポイントは超高速大容量、超低遅延(通信が遅れない)、超多数同時接続。4K・8K放送や自動運転等の次世代技術の実用化は、5Gの普及にかかっています。

今さらですが1Gから5Gへの変遷を整理しておきます。Gは「Generation(世代)」のこと。5Gは移動通信(モバイルネットワーク)技術の第5世代技術を指します。

移動通信技術は約10年ごとに世代交代。G1(アナログ方式)は1980年代、G2(GSM)は1990年代、G3(W-CDMA)は2000年代、G4(LTE)は2010年代。そして2020年代はG5(NR)です。

G1では日米欧の地域別に技術開発が進展。アナログ無線技術によるモバイルネットワークが形成されました。

G2ではデジタル通信技術が普及。専門家ではないので技術論は概要にとどめますが、GSM(Global System for Mobile communications)は1992年にドイツで実用化された初期デジタル通信技術。日本を含む極東地域では使用されず、日本の携帯電話を欧米に持って行っても使えなかった時代です。

この時代は携帯電話によるデータ通信が本格化。国内では1999年にNTTドコモがiモードサービスを開始。30歳代以上の世代はかなり利用したと思います。

3Gでは技術の国際標準化が進展。1G、2Gの携帯電話は地域限定仕様(つまり、海外出張時に現地仕様の携帯電話を調達)。G3では携帯電話が世界中で使えるようになりました。

国際電気通信連合(ITU、International Telecommunication Union)が標準化を推進。利用開始2000年、使用周波数2000MHz、最大データ速度2000kbpsであったことから、ITUは3GをIMT2000(International Mobile Telecommunication 2000)と命名しました。

上述括弧内のW-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)は、より広い周波数帯域を活用できるデジタル通信技術を指します。

3Gの最大の特徴は高速大容量通信。その技術はふたつの系譜に分かれます。ひとつは3G技術をベースに高速化する方法で3.5Gと呼ばれました。

もうひとつは新たな高速化技術LTE(Long Term Evolution)を活用したもので、4Gのベースとなりました。3Gの延長線上の技術という意味で別名3.9G。LTEは文字通り長期的な革新につながる技術として、高速、低遅延、多接続を重視しました。

2012年、ITUはIMT2000の後継標準としてLTEをIMT-Advancedと命名。さらに、3.5Gと3.9Gを4Gと総称しました。

上記のように、4Gには技術的にふたつの系譜が存在。利用者的な視点で4Gを表現すれば「スマホのためのモバイルネットワーク技術」です。

そして5G。上述のとおり4Gは「スマホのための技術」ですが、それとの対比で言えば5Gは「脱スマホ技術」。そのポイントが冒頭の超高速大容量、超低遅延、超多数同時接続の3つです。

IoT(Internet of Things、モノのインターネット接続)が語られ始めて久しいですが、様々な機器が5G経由で通信を行い、2020年代は新たなモバイルネットワーク社会に突入。その典型的事例が自動運転車です。スマホのための4Gに対して、5Gは全ての機器、全てのアプリケーションのための技術です。

3つのポイントを実現するために、現在は未使用の高周波数帯域を使います。ここで難問がひとつ。電波は周波数が高いほど減衰しやすく、遠くまで届きません。

そのため、基地局を約100メートルおきに設置。つまり大量の基地局が必要です。その基地局に使用する通信機器に米中貿易摩擦の主因であるファーウェイ製品が関係しています。高性能で安価だからです。

なお、上記の5Gの括弧内に登場するNRはNew Radio(新無線)。新しいデジタル通信技術を指し、LTEの後継標準となる見込み。2015年に開発が始まり、2017年に仕様公開。詳細はまた勉強しますが(苦笑)、とにかく日進月歩です。

このほかにも、基地局の消費電力を抑制する技術も実用化。多数のアンテナ素子を用いて電波を目的の方向に集中させる「ビーム技術」だそうです。こうした技術でファーウェイが先行しています。

来年にはITUが5Gの国際標準規格を策定。日本が主導権を握るという話は聞こえてきません。様々な分野で国際競争が激化。日本のプレゼンスが問われています。

2.タイムラグ

5Gで利用する周波数帯域については、現在(10月28日から11月22日まで)開催されているWRC19(2019年世界無線通信会議<ITU主催>)で審議中。しかし、WRC19の審議を待つことなく、各国で国内割当を実施して既にサービスがスタート。

冒頭で述べたように、中国では今月1日からの5G商用サービス開始。中国政府は、5G普及によって2030年までに16兆9千億元(約260兆円)の経済効果と約2千万人の雇用創出を見込んでいます。

中国メディアの報道では、中国通信3社の5G契約予約数は既に1千万件超。中国は5Gを活用した新サービス、5G関連製品で世界の主導権を握ることを企図。その戦略が、ファーウェイ等を巡る米中貿易戦争につながっています。

もっとも、世界で最初に5G商用サービスを始めたのは米国。ベライゾンワイヤレスが昨年10月に世界初の商用サービスを開始。昨年末にはAT&T、今年はスプリントとTモバイルが参戦。北米主要4通信事業者が世界をリードしています。

極東では韓国が先行。今年4月、SK telecom、LGU+、KT(コリアテレコム)の3社がソウル等の大都市で5G商用サービス開始。来年には全国展開の予定です。

欧州では今年、スイスSwisscom、スウェーデンTelia、フィンランドDNAとelisa、英国BTが商用サービス開始。年末までに英国Vodafone、来年はスペインTelefonica、ドイツテレコムも参入予定です。

オセアニア・アジアでは豪州が先行。今年に入って豪州のTelstraとOPTUSの2社、その後はシンガポールSingTelが商用サービス開始。今後、中近東(サウジアラビアSTC等)、中南米諸国が続きます。

日本でも既に総務省が周波数帯域の割当を発表。NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルネットワークの4社が割当を受けました。

ほかに、局地的な5G商用サービスを先行させるためのローカル割当(4社及びそれ以外の地方事業者による地域限定利用向けの割当)帯域も設けました。

3.7GHz帯と28GHz帯に割当を受けた楽天モバイルネットワークは10月から携帯電話事業に参入。第4のモバイルキャリアとなりました。

日本における5G関連市場に関して、この分野の専門調査会社(IDC Japan)が6月に2023年に向けた予測を発表しています。

基地局や通信機器等のインフラ投資は2021年から加速し、2023年には約4000億円。インフラ整備を受け、2025年頃から5Gの本格的普及を見込んでいます。

5G携帯電話は今年末から出荷の見通し。当初は10万円超の高額であること、5G対応アプリがまだ少ないこと、政府方針(4Gと5Gの分離)等の影響を受け、2023年時点での出荷台数は870万台(全出荷台数の28.2%)にとどまると予測。

4G携帯電話は2011年に登場し、普及に約6年。4Gフル規格のLTE Advanced系が登場したのは2015年以降で、現在も拡販中。こうした経験を踏まえると、5G携帯電話普及にも数年から10年程度かかると予測。2020年代は5G時代です。

その前提で、2023年の携帯電話を含む端末とのモバイルネットワーク接続数を2億4千万超、うち5G接続は13.5%相当の約3300万回線と予測しています。

世界の5G携帯電話市場についても言及。早期普及を見込んでいるのは、北米、オセアニア、アジア、西欧の各地域。

2023年では、5G端末の60%超は米国。日本を含むその他諸国は30%程度。米国の普及が早い要因として、国土に平地が多く、5G基地局設置が容易であることも指摘しています。

ここ数年の中国の変化の加速振りを勘案すると、個人的には、中国の大都市部は米国をはるかに凌ぐ5G社会になると予測します。

一般的には世界で5G端末普及が加速するのは2025年以降の見込み。米中とは2年の時差(タイムラグ)。この時差が両国の技術覇権国家としての優位性を担保します。

世界の技術革新に遅れ気味の日本。ここは米中に先行し、東京五輪直後の2021年に5G社会を実現すべく、予算も政策も集中投下することが必要な局面。それがまさしく国家戦略。

様々な分野で世界の実状と潮流を把握し、そうした国家戦略を立案・実行できない今の日本の体質。これを改善しないと、日本の低迷は継続かつ深刻化します。

3.EUV(超短紫外線)露光技術

5G関連製品と不可分の半導体業界。一昨年来、筆者主催のBIPセミナー(http://bip-s.biz/)等で米国インテルと中国ハイシリコンの動向をお伝えしてきましたが、ここに来て、オランダASMLという半導体企業にも注目です。

ASML本社はオランダ南部フェルトホーフェン。半導体露光装置の世界最大手。16ヶ国に拠点を擁し、世界の主要半導体メーカーの8割以上がASMLの顧客です。

IC(集積回路)製造工程ではシリコンウェハーへの露光(回路焼付)が繰り返し行われるため、露光技術がICの性能を左右します。回路配線が微細であるほど演算性能が上昇。ASMLは微細化の研究開発の世界の先頭を走っています。

5G製品にとって重要なのはEUV(極短紫外線、Extreme Ultra Violet)という露光技術。光源波長が13.5ナノ(ナノは10億分の1)メートルというEUVを利用します。光源波長が短いほど微細な回路を形成でき、半導体の性能が向上。因みにEUVはX線の一種です。

EUVの技術的ハードルは高く、装置を完成させたのはASMLのみ。日本のキャノンやニコンは開発を断念。そのため、EUVによる半導体製造装置はASMLが独占。装置価格は1台150億円以上と言われています。

ASMLは今年末までに中国政府系の半導体大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)にEUV装置を納入する予定でしたが、現在、それを留保しているそうです。米中貿易戦争を踏まえた米国への配慮でしょうが、中国には逆風です。

またASMLは、EUV装置が軍事転用可能製品・技術の輸出管理に関するワッセナー・アレンジメント(WA)にも抵触すると説明しています。

兵器輸出管理に関する国際協定であるWAには42ヶ国が参加。ワッセナーはオランダのハーグ近郊の街。ここで協定交渉が行われたことに由来します。

WAは冷戦期のCOCOM(対共産圏輸出統制委員会、Coordinating Committee for Multilateral Export Controls)を継承しているため、別名「新COCOM」。

EUV装置導入の遅れはSMICの5G向け半導体生産に影響するだけでなく、中国の半導体強化計画全体の障害。中国は2018年に15%だった半導体自給率を、2020年40%、2025年70%に向上させる計画。中国政府はASMLの対応を注視しています。

ASMLにとっても中国は有力顧客。同社の売上シェア最大は韓国(35%)、それに次ぐ中国は約2割。今後のASMLの動きは要注目です。

EUV装置は、半導体の世界大手、台湾積体電路製造(TSMC)と韓国サムスン電子が今年導入済み。両者とも半導体ファウンダリー(受託生産企業)です。

サムスンは今後2年間で2兆円を設備投資し、EUV装置を利用した5G半導体の量産を計画。現在では半導体世界首位の座にあるTSMCを追走します。

もちろんTSMCもEUV装置を利用した5G用半導体の量産体制に入っています。2020年後半の発売見込みである米アップル5G新型スマホ用の半導体や、米クアルコム用の半導体を大量受注しているそうです。

TSMCは量産技術に優れているほか、約1万人の技術者が顧客の回路設計も受託し、メルマガ364号で取り上げたアーム社(英国)的方向性も模索。サムスンもTSMLをライバル視し、米シリコンバレーで技術者の採用・養成に腐心しています。

ただ、サムスンには日韓関係が不安要因。8月に話題になった日本のキャッチオール規制(メルマガ427号参照)対象3品目に含まれているEUV用レジスト。

レジストは回路配線を露光技術で焼き付ける際に半導体基板の上に塗布する材料。EUVレジストがないと、EUV装置も使えません。サムソンにとって、EUVレジストの安定調達は日韓関係の今後の動向次第。

ASML(オランダ)、TSMC(台湾)、サムソン(韓国)、SMIC(中国)という企業、そしてEUVという技術。政策や政治を考えるうえで、知らなければならない情報は多様化しており、政治も従来の感覚から脱して革新しないと、国家戦略に寄与できない時代です。

(了)

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