政治経済レポート:OKマガジン(Vol.422)2019.5.28

トランプ大統領が帰国しました。大歓待の訪日で、何が話し合われ、何が決まったのか。国民に対して十分な説明、情報公開が必要です。来日直前には、米中貿易戦争もエスカレート。日本にも大きな影響が出ることから、そうした点に関する協議も行われたのか否か。国民には当然、知る権利があります。予算委員会が開催されれば、質していきたいと思います。


1.皮肉な展開

米中貿易戦争がエスカレートしています。メルマガでも累次に亘ってお伝えしていますが、この局面で経過を再整理しておきます。

2001年、中国がWTO(世界貿易機構)に加盟。以後、中国は日米欧諸国と経済関係を深化させてきました。

中国市場への進出を企図した日米欧の政府と企業。中国の経済成長と企業発展に寄与し、実力をつけた中国が日米欧に攻勢をかける「皮肉な展開」となっています。

2015年、中国は国策「中国製造2025」を発表。建国100年(2049年)に世界の覇権を奪還する戦略の一環として、製造業大国を目指すという国策です。

中国に対して安全保障上の脅威を感じ始めた米国。中国が、中国国籍を有する外国在住者や外国企業勤務者に対し、政府への情報提供義務を課した国家情報法(2017年)を制定したこと等も影響しています。

そうした中、2016年の大統領選挙で「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプが勝利。2017年、大統領に就任したトランプは1974年通商法301条に基づき、不公正貿易、知的財産権侵害等の調査を命じ、2018年1月、USTR(米通商代表部)が報告書を提出。

同報告書に基づき、議会及び大統領は、同年8月、外国投資リスク審査近代化法、輸出管理改革法、国防授権法の3法を成立させました。

第1の外国投資リスク審査近代化法は、中国資本による米ハイテク企業の買収阻止を企図。法執行を担うのはCFIUS(対米外国投資委員会)。企業買収や事業売却はCFIUSへの事前届出を義務づけ。安全保障の観点から、航空機、コンピューター、半導体、バイオ等、事前審査対象の27産業が列挙されました。

第2の輸出管理改革法に基き、上記27産業に関して、最先端技術や基盤技術を用いた製品輸出には認可が必要となりました。日本企業の製品でも、米国の製品や技術が一定以上含まれるものは、同法の輸出管理対象。内政干渉、治外法権とも言える強権法です。

第3は、上記2法も包含する国防授権法。FCC(米連邦通信委員会)が米国企業に対して安全保障上の懸念がある外国企業からの通信機器調達を禁止できるようにしました。ファーウェイ(華為)やZTE(中興通機)を念頭に置いていたようです。

3法成立に先立つ7月6日、中国からの輸入品818品目340億ドルに対する制裁関税第1弾を発動。産業用ロボット等に関税率25%を適用しました。

8月23日、第2弾を発動。集積回路、メモリー、半導体製造装置、化学素材等、279品目160億ドルに関税率25%を賦課。

中国もその都度、同日(7月6日、8月23日)、同規模(340億ドル、160億ドル)の報復措置を発動。

9月24日、中国の「報復に対する報復」という位置づけで中国製品5745品目、2000億ドルに対して制裁関税第3弾を発動。

第3弾の対象品には関税率10%を賦課し、今年1月1日から25%に引き上げるとしていました。第3弾は日用品や食料品等の消費財が全体の24%に及びます。

中国は第1弾、第2弾と同様に報復措置を実施。対象は600億ドル。トランプは、「報復に対する報復」に中国が「報復」したことから、中国からの輸入の残り半分も対象とし、全輸入品に制裁関税を課すことを表明。エスカレートの一途です。

意外に知られていませんが、第1弾、第2弾の際に、中国からの輸入規模第1位と第2位の携帯電話とPCを除外。第3弾でも、中国から逆輸入されるアップルウォッチを除外。

米国と中国の産業は、既に人材、資金、技術等の面で複雑に利害が絡み合っており、表面的な報道からだけでは、米中間の深層は窺い知れません。

報復合戦の一方で除外項目の設定。米中の水面下の交渉実態は当事者にしかわかりません。

2.両刃の剣

昨年12月、トランプと習近平は第3弾の関税率が25%に引き上げられる前に、打開策を探ることで一致。

年初から5ヶ月に及んだ協議では、補助金削減、知的財産権保護、為替政策透明化等の7分野で協定文案を作成。150ページの文案を両国語で詰める段階まで進み、トランプも「歴史的取引が間近」と早期解決を示唆。

ところが、5月入り後に事態は急変。中国が文案見直しを主張。交渉責任者の劉鶴副首相が、「米国に譲歩し過ぎ」と考える共産党保守派から反対されたようです。

特に補助金削減で既得権を脅かされる国有企業幹部が猛反発。地方政府が補助金で企業を誘致し、経済成長を競う仕組みは中国「国家資本主義」の根幹。知的財産権侵害や技術移転強要の防止に関しても、法制化に難色を示したそうです。

農産品の輸入拡大等では譲歩しても、共産党支配を揺るがしかねない問題では絶対に譲らないという「中国の本質」が表面化しました。

トランプは「中国が約束を破った」と激怒。協議が平行線に終わった10日、米国は第3弾の制裁対象2000億ドルの関税率を10%から25%に引き上げ。

中国は報復措置に出る構え。現在、600億ドルの米国輸入品に10%の報復税率を課していますが、これを最大25%に引き上げる予定。報復合戦が再燃しました。

続く13日、米国は中国からの残りの輸入品3250億ドルに第4弾となる制裁関税を課すことを表明。最大25%です。

規模が大きいのは携帯電話(432億ドル)、ノートパソコン(375億ドル)等。いずれも世界中から部品を調達し、中国で組み立てています。象徴的なのは米アップルの主力スマホiPhone。サプライチェーンは約200社、日本企業も含まれています。

携帯電話は中国依存度が高く、代替調達も困難として制裁対象から除外されていた品目。現実に関税が上がると、米国の企業や消費者、日本、韓国、台湾等のアジアのサプライチェーンへの影響は不可避です。

iPhoneの組み立てを担う鴻海(ホンハイ)精密工業では、インド等へ生産拠点を分散させる動きも顕現化。中国からベトナム、メキシコ、カナダ等に生産拠点が移り、世界のサプライチェーンの再編につながるかもしれません。

iPhoneを付加価値でみると、組み立てを担う中国より、企画・設計・アフターサービス等を担う米国の割合の方が大きく、関税率引き上げに伴う売上減少の影響は中国よりも米国の方が大きいと言われています。

第4弾の品目は消費財が多いのも特徴的。第1弾と第2弾は1%、家電・家具等を含む第3弾でも24%であったのに対し、第4弾は40%が消費財。中国依存度が高い消費財は値上がりし、米国の家計を直撃する「両刃の剣」です。

因みに、中国依存度はノートパソコンやゲーム機が9割超、スマホも約8割。制裁関税は輸入コスト上昇に直結し、物価が上昇、消費者が影響を受けます。

当然中国は第4弾への報復を示唆。しかし、双方の輸入規模が異なるので、中国は打つ手が狭まっています。米国の中国からの輸入額は5400億ドル。一方、中国の米国からの輸入額は1200億ドル。同規模でも報復合戦には限界があります。

第4弾実施までには2ヶ月以上かかり、発動は6月末以降になる見通し。6月17日に公聴会が開催され、6月下旬のG20(大阪)で米中首脳会談が行われる可能性もあります。

米国の貿易総額の16%が中国、中国の同14%が米国。相互に最大の貿易相手国であり、米中貿易戦争は経済合理性の観点からは理解不能の規模と内容に達しており、覇権争いという「対立の本質」を露呈しています。

ところが、第4弾の対象品目からレアアースや希少金属(レアメタル)が除外されました。

中国はこれらの世界最大の産出国。

レアアースやレアメタルはハイテク産業や防衛産業に不可欠。代替調達先もなく、これらが制裁対象になると米国がより大きな困難に直面します。しかし、中国もこれらを輸出禁止にする等の対抗策はとりません。

米中の水面下の関係は、深く、不透明。当事者以外には計り知れず、闇の中です。

3.水面下の米中関係

さらに15日、米商務省はファーウェイと関連会社68社を、米企業との取引を規制する「エンティティーリスト」(EL、輸出規制リスト)に追加することを発表。事実上、米企業にファーウェイとの取引を禁じました。

インテルやクアルコム等、米企業から半導体やソフトウエアの供給を受けるファーウェイ。今回の措置でスマホや通信機器の生産ができなくなる可能性があります。

米国外で生産された製品でも、米国製の部品や技術が一定割合以上使用されていると禁輸措置対象。日本企業も影響を受けます。2018年11月末時点のファーウェイの主要サプライヤーは92社。うち米国34社、中国22社、日本11社です。

2019年第1四半期のスマホ出荷台数をみると、世界全体では6四半期連続で前年割れの中、ファーウェイだけが増加。2四半期ぶりにアップルを抜いて世界2位に浮上。

業績好調なファーウェイは、米国の制裁にも耐え得ると主張しています。同社の自信の背景は、1991年に設立した半導体部門の成長。2004年に海思半導体(ハイシリコン)として独立し、現在ではインテルより技術力が高い部分もあります。

メルマガ410号(昨年11月24日号)でお伝えしたとおり、中国製スマホに使用されている半導体の7割は既に自国製。重要な半導体の大半はハイシリコン製になっています。

また、ファーウェイは米中対立激化を予想し、半導体等の部品を前倒し発注し、既に約1年分の在庫を確保。当面はこの在庫を使ってスマホ生産を続けると予想されています。

もちろん、悲観的な見方もあります。ファーウェイは米グーグルのスマホ向けOS「アンドロイド」を採用していますが、今後はグーグルの検索アプリや地図アプリを使用できなくなる恐れがあります。

海外企業の取引自粛も痛手。日本の通信大手3社、NTTドコモ、ソフトバンク、KDDIは、いずれもファーウェイのスマホの発売または受付を停止、延期すると発表。

ファーウェイは2018年に日本企業から約7000億円の部品を調達。既にパナソニック、村田製作所、太陽誘電、ソニー、東芝メモリ等、筆者が認識できるだけでも、複数の有力企業がファーウェイとの取引を中止、または縮小することを表明しています。

さらに、22日。英半導体設計大手アームがファーウェイとの取引停止を発表。アームは世界標準企業であり、ファーウェイの受ける打撃は大きいと思います。因みに、アームは2016年にソフトバンクの傘下企業になっています。詳しくはメルマガ364号(2016年7月25日)をご覧ください。

米国ではファーウェイへの依存度が高い企業で輸出規制の影響が顕現化。ファーウェイが生産するアップルiPhoneの通信用半導体を手掛ける米クォルボは、2019年の売上見通しを大幅引き下げ。

もちろん、中国でも影響が出ています。「中国製造2025」の目玉国策企業、半導体メーカーのJHICC(福建省晋華集成電路)。昨年秋に訪中時には量産間近と聞きましたが、今年に入って約1000人の従業員の大半を解雇。米国から輸入予定であった半導体製造装置が入手できず、量産計画が頓挫したためです。

9日の米連邦通信委員会は、中国国有通信最大手「チャイナモバイル」の米参入を全会一致で拒否。また、既に約20年米国で事業を行なっている「チャイナテレコム」の免許取消も検討されているようです。

来年の大統領選に向けて、トランプの対中強硬姿勢は一段と強まることが予想される一方、上述のようなレアアース、レアメタルの除外扱い。水面下の米中関係を慎重に見極める必要があります。

(了)

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