政治経済レポート:OKマガジン(Vol.421)2019.5.10

平成最後の4月26日から令和入り後の4日間を含め、日経平均株価は5日連続で下落。約1000円値下がりしました。主因が米中貿易戦争にあることは事実ですが、日本の株価の基調が脆弱であることにも目を向ける必要があります。さらにその背景には、日本の産業や企業の競争力、将来性の問題があります。今回のメルマガは、それを示唆するようなウォーレン・バフェットの投資哲学について考えます。


1.投資の4条件

高名な投資家ウォーレン・バフェット(88歳)とチャーリー・マンガー(95歳)率いる米投資会社バークシャー・ハサウェイは、日本の連休中の5月4日、年次株主総会を開催。日本でも経済紙を中心に大きく報道されました。

なぜ報道されるかと言えば、毎年開催されるこの株主総会には、「投資の神様」である両氏の話を聞くために世界中から数万人の株主が参加するため。言わば、大イベントです。

バフェットは同社の筆頭株主であり、会長兼CEO。1930年、ネブラスカ州オマハ生まれ。1951年から投資家に転身し、成功。今でも27歳(1957年)の時に31,500ドルで購入したオマハの家に住んでいることから、「オマハの賢人」との異名もあります。

5歳の時にコーラを転売、11歳で初めて株式投資、13歳で所得税を申告して自転車を経費控除、18歳でピンボールを理容店に置くビジネスを始め、この商権を退役軍人に売却して成功等々、幼少期から数々の逸話の持ち主です。

29歳の時(1959年)にマンガーに出会い、2人は意気投合。マンガーもオマハ生まれ。海軍除隊後に弁護士として活動。バフェットに出会って投資家に転身しました。

ハサウェイは元々19世紀から続く古い綿紡績会社。1965年にバフェットが経営権を取得。1985年に綿紡績業から撤退し、保険や投資ビジネスに転換。今日に至っています。

バフェットの投資に関する考え方に関して、多くの書籍が出版されています。何冊か読みましたが、以下「スノーボール(ウォーレン・バフェット伝)」(アリス・シュローダー著)に基づいて少し整理してみます。

バフェットの投資哲学はコロンビア大学時代の恩師、経済学者のベンジャミン・グレアム(1894年生、1976年没)の理論がベース。グレアム自身、「バリュー(割安)投資の父」「ウォール・ストリートの最長老」と呼ばれるプロの投資家でもありました。

グレアムは1929年の大恐慌を契機に投資の研究を開始。2冊の名著「証券分析」(1934年)「賢明なる投資家」(1949年)を出版。とくに後者は、バフェット曰く「投資についての最高の書籍」。

グレアムは株価変動に拘泥することを戒め、「市場は短期的には投票機械のように振舞うが、長期的には錘(おもり)を計る機械のように機能する」と表現。つまり、長い目で見ると株価はその企業本来の価値と等しくなることを指摘。

投資家は企業の財務状況を分析することに時間を費やすべきであり、自身の分析に従って投資することを推奨。つまり、市場のムードで売買することに否定的でした。

グレアムの影響を受け、バフェットの基本スタイルは長期投資。保有株の内在価値最大化を目的とし、内在価値と乖離した高い株価を好まず、株価は内在価値を反映した妥当な水準であることが望ましいと述べています。

PER(株価収益率)等の指標が単に割安な企業(株)を買うのではなく、数字に表れないもの(例えば経営者の能力等)を含め、分析の結果としての内在価値が高い企業への投資に腐心。普通の企業を格安で買うより、優れた企業を相応の価格で購入すべきとしています。

その基本的考え方の下で、バフェットの「投資の4条件」は、第1に事業内容を理解できること、第2に長期的に好業績が予想されること、第3に経営者に能力があること、第4に価格が魅力的であること。

事業内容が複雑で自分が理解できない分野には手を出さないため、基本的にはハイテク分野、IT企業投資には消極的。その一方、長期的な好業績要因としてブランド力や価格支配力を重視し、その観点からIBM等には投資していました。

バフェットは分散投資を行わず、自ら設定した基準を満たす優れた企業を買収、あるいは株を大量取得。買収企業は元の経営陣に経営を委ね、資本の安定と適正報酬によって安心して経営できる環境を提供。この方針は、企業売却を希望するオーナー経営者を魅了したと言われています。

もちろん、企業経営に失敗はつきもの。事業拡大や多角化が失敗するリスクは常にあり、賢明で有能な経営者こそ企業の内在価値の要としています。しかし、有能な経営者も悪化したビジネスを立て直すことは困難であり、ビジネスを悪化させないことが肝要としています。

バフェットには多くの名言があります。個人的に最も感銘したのは「リスクとは自分が何をやっているかよくわからない時に起こるもの」という名言。これは、企業経営のみならず、国の経営にも共通する示唆と言えます。

2.ITと中国

そのバフェットが、今回の株主総会で特に注目を浴びたことが2つあります。ひとつは、アップル株やアマゾン株を購入したことに端を発し、投資方針を変えたのではないかという憶測を呼んでいる点。

上述のとおり、バフェットは「投資の4条件」に照らし、IT分野のように変化のスピードが速く、事業内容の理解が難しいものには投資しないと公言していました。

バフェットはこの投資哲学を堅持し、1965年にハサウェイの経営権を握ってから2015年までの50年間に複利計算で年率21%の収益率を実現。

この間の米国株価上昇率は140倍であったのに対し、ハサウェイ株価は2万倍。今や売上高25百億ドル(25兆円)、純利益5百億ドル(5兆円)、総資産7千億ドル(70兆円)、従業員40万人の大コングロマリットです。

ところが、近年ハサウェイの収益率が市場平均並みにとどまり、バフェットも限界を迎え、方針転換したのではないかという憶測です。

しかしバフェットは株主総会で「投資哲学は変わっていない」と断言。「アップルやアマゾンは強力な技術力、ブランド力を持つ」と評価し、割高・割安の判断は足元の株価ではなく、将来予想される価値との比較で判断すべきと説明したそうです。

技術力やブランド力によって将来の発展が見込まれる企業は、まさしくバフェットが好む安定成長銘柄。「投資の4条件」の第2、第3を重視した判断とも言えます。

もうひとつは中国。バフェットは中国への投資拡大を表明。株主総会で「ハサウェイは既に中国に多額の投資を行っているが、まだ不十分。今後15年間により大規模な投資を行う」と発言したそうです。

さらに「過去数10年間に中国で起きた変化は信じがたいものであり、こうした変化は今後も続き、中国経済は引き続き成長する」と言及。

バフェットの判断を裏付けるかのようなニュースが、株主総会直後に流れました。次世代通信規格5Gの特許数で中国が最大となり、世界の3分の1を占めるというニュースです。

現在の4Gはもちろん欧米諸国が特許を支配。4Gスマホ価格の約2%が特許使用料。中国企業は欧米競合企業に多額の特許利用料を支払っている状況です。

そこで中国は、5G関係の研究開発を国家プロジェクト「中国製造2025」の重点項目に位置付け、補助金等で国を挙げて支援。ファーウェイ(華為技術)の研究開発費は年間100億ドル(約1兆円)以上です。

こうした対応の結果、5Gでは中国の存在感が向上。その基盤の上で展開する各種サービスでも、米国を凌ぐ存在になる可能性が現実味を増しています。5Gのヘゲモニー(覇権)は自動運転等の新しい産業や国力にも重大な影響を与えます。

特許数が最も多いのはファーウェイで、全体の約15%。中国勢は5位にZTE(中興通訊)、9位にCATT(中国電信科学技術研究院)が入っています。

ファーウェイやZTEは基地局に関する特許が多く、スウェーデンのエリクソンやフィンランドのノキアと鎬(しのぎ)を削っています。

一方、米国企業の特許シェアは4Gに比べて2%ポイント低下。4G特許の主力である米クアルコムも5Gではシェアを下げて6位にとどまっています。

米国は安全保障上の理由で5Gに関してファーウェイ等中国企業5社からの政府調達を禁じる方針を打ち出した背景も理解できます。

しかし、ファーウェイ等は5G製品に欠かせない多くの特許を押さえており、ファーウェイ自身が米国で製品販売できなくても、特許使用料で収益をあげることでしょう。

米中貿易戦争に米国が血眼になるのも宜(むべ)なるかな。技術開発や産業革新に対する中国の国家政策を標的にしていることも理解できます。

バフェットの中国重視姿勢は、米国政府の抵抗が最早手遅れであることを示唆しているとも言えます。バフェットまでもが、中国の今後の中長期的安定成長を認めざるを得ないという証です。

3.エコシステムの支配的要素

バフェットがITや中国への積極投資を公言し始めた事実から、個人的には、世界の構造変化の歯車がまたひとつ回ったと感じます。そのことに関連し、メルマガ376号(2017年1月22号)で取り上げた「グローバリゼーション・パラドックス」を振り返ります。

現在の状況を理解し、今後の展開を考えるうえで、「グローバリゼーション」と「インターナショナリゼーション」の違いを認識しておく必要があります。

後者は「国際化」と訳して正解。一方、前者を「国際化」と訳すことは不正確です。あえて訳せば「世界化」「世界一体化」。

その違いを認識するには、1648年のウェストファリア条約の歴史的意味を知る必要があります。すなわち、同条約以前には近代的な意味での「国家」概念は確立しておらず、同条約以降、貿易や戦争が「国家」単位で行われるようになりました。

「国家」間で様々な交渉が行われるので、インターネイション(国家間)、インターナショナル(国際的)、インターナショナリゼーション(国際化)という概念が誕生。

「国際化」の流れは同条約以降、今日まで継続。しかし、その流れに構造的変化をもたらしつつあるのが「グローバリゼーション」です。

グローバリゼーションの主役は国家ではなく、国境に囚われない多国籍企業や投資家、国境に囚われない経済や文化等の動向です。

この点に関し、かつて興味深い本を読みました。プリンストン大学、ダニ・ロドリック教授の「グローバリゼーション・パラドックス」。

ロドリック教授は、グローバリゼーション、国家(自己決定権)、民主主義の3つは同時に満たすことのできない「トリレンマ」と結論づけています。

グローバリゼーションと国家という組み合わせの下では、各国は熾烈な競争を余儀なくされ、時に各国の自己決定権が侵害されます。太平洋のTPPや大西洋のTTIP、米州のNAFTA等が典型例です。

グローバリゼーションと民主主義の組み合わせの下では、超国家的な国際組織が物事を決定。究極的には世界政府のような存在が必要になります。EUはそのプロトタイプです。

国家と民主主義の組み合わせは現代国家そのもの。その下での「インターナショナリゼーション」は「国際化」すなわち国家間交渉。それを超える超国家的な動きが「グローバリゼーション」です。

それを推進してきたのは米国でしたが、その米国自身が「グローバリゼーション」にストレスを感じ「アメリカ・ファースト」に転向。「グローバリゼーション」が不可逆的な流れだとすると、今後の推進者は誰か(何か)ということが気になります。

その主役にITという非国家的要因、ならびに中国という国家が躍り出たという構図です。

IT企業等の躍進による「グローバリゼーション」で世界を席捲していた米国が、主客転倒してITに翻弄され、「グローバリゼーション」の中で台頭した中国に煽られています。

今や「経済」は「グローバリゼーション」抜きでは語れません。そこで「グローバリゼーション」を「経済」に置き換えて、「経済・パラドックス」という概念を考えてみました。

20世紀後半、自由で民主主義的な国家の経済は発展するというのが西側の常識。しかし、民主主義を否定し、国家主義的に改革を推し進める中国が発展している事実。今や、経済、国家、民主主義は同時には最適解を見出せないトリレンマかもしれません。

その中国も、もちろん米国も、IT等の技術革新によって国家の根幹を揺るがされ、ITが「グローバリゼーション」というエコシステム(生態系)の支配的要素になりつつあります。バフェットの投資行動はそれが一過性の出来事でないことを示唆している気がします。

長期的成長や技術力、ブランド力を重視するバフェット。日本株にはほとんど投資せず、日本企業にも関心を示していません。

その事実が何を物語っているのか。日本の各界の指導者や企業経営者は、深刻に受け止める必要があります。

(了)

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