政治経済レポート:OKマガジン(Vol.419)2019.4.20

いよいよ平成最後の月。来月から元号は令和となり、昭和も遠くなりにけり。昭和の時代に環境問題や地球の維持可能性(サステナビリティ)の問題が取り上げられるようになり、平成の時代に人間はそれなりの努力を続けてきましたが、問題解決にはほど遠い状況。だからと言って、歩みを止めることはできません。


1.コモンズの悲劇

昭和と言えば、近代化、戦争、戦後復興、高度成長。西暦的には20世紀の過半(1926年から89年)が昭和。その真っ只中で世界に警鐘を鳴らしたのがローマクラブでした。

1970年、イタリアの企業家アウレリオ・ペッチェイ(1908年生、84年没)と英国人科学者アレクサンダー・キング(1909年生、2007年没)が、資源・人口・軍拡・経済・環境破壊等の地球的課題に対処することを目指して設立しました。

1968年、世界各国の科学者・経済人・各分野の学識経験者等の約100人がローマで準備会合を開催したことからローマクラブという名称になったそうです。

地球と資源の有限性に着目し、ローマクラブが1972年にまとめた報告書の中で言及した概念が「成長の限界」。人口増加や環境汚染等の傾向が改善されなければ、100年以内に成長は限界に達すると警鐘を鳴らしました。

かつて、空気を公共財と考える人はいませんでした。20世紀後半になると、先進国と発展途上国、南北間の利害対立が先鋭化。空気は公共財になりました。

公害や温暖化等、地球環境悪化を懸念する先進国は、温室効果ガス排出量を抑制し、世界各国が生産や成長を制御することの必要性を主張し始めました。

発展途上国は先進国の身勝手な言い分に反発。公害を発生させ、環境を悪化させてきたのは先進国。これから成長を目指す発展途上国を同列に扱うのは不公平との反発です。

利害関係者が歩み寄らず、資源を浪費し、地球環境を破壊し続ければ、典型的な「コモンズ(共有地)の悲劇」に陥ります。

1968年、米国の生物学者ギャレット・ハーディン(1915年生、2003年没)が雑誌「サイエンス」に同名タイトルの論文を発表しました。

共有地である牧草地に近隣の集落や農民が牛を放牧。それぞれの集落や農民は自分の儲けを最大化するため、より多くの牛を放牧します。

自分が所有する牧草地であれば、牧草を食べ尽くさないように放牧数を調整しますが、共有地ではそうなりません。自分が放牧数を増やさなければ、他の集落や農民が増やすかもしれず、そうなれば自分の儲けが減ります。

相互に疑心暗鬼になり、全員が牛を増やし続け、結果的に牧草地は荒廃。そして、最終的には全ての集落と農民が牧草地を利用できなくなります。

ハーディンはこの事例のように、多くの者が利用できる共有資源が乱獲、乱費されることで、資源の枯渇を招く傾向を論証。この現象は「コモンズの悲劇」と呼ばれています。

1972年、環境問題に取り組む国際機関として国連環境計画(UNEP)が設立され、「持続可能な開発」という概念が登場。

1987年、環境と開発に関する世界委員会(WCSD)の報告書「我ら共有の未来(Our Common Future)」において、「持続可能な開発」とは「将来世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなく、現在世代の欲求を満たすような開発」と定義されました。

1992年、リオ・デ・ジャネイロで「地球サミット」(国連環境開発会議)が開催され、「気候変動に関する国際連合枠組条約」が成立し、1994年発効。

締約国の最高意思決定機関である締約国会議(Conference of the Parties、COP)は条約発効翌年から毎年開催されていますが、総論賛成、各論反対は人間社会の常。各国の利害や主張の調整は容易でありません。

1997年、COP3が「京都議定書」に合意。ところが2001年、温室効果ガス排出量世界1位の米国が、発展途上国の不参加を不満として「京都議定書」から離脱。本音は排出量規制が米国経済に悪影響を及ぼすと考えた故です。

2015年、COP21は「パリ協定」に合意。干ばつ、海面水位上昇、感染症拡大、絶滅種増加等、温暖化や異常気象の影響深刻化への危機感から、温室効果ガス排出量削減の必要性が再認識された結果です。

「パリ協定」は2016年、55か国以上及び世界の温室効果ガス排出量の55%を超える国の批准という要件を満たして発効。ところが同年秋、米国大統領にトランプが当選。トランプは温暖化そのものを否定し、2017年、「パリ協定」離脱を宣言。2001年の再現です。

2018年のCOP24では「パリ協定」の実施指針を採択。さて、人間は「コモンズの悲劇」を乗り越えられるでしょうか。

2.SDGs

2000年に制定された「ミレニアム開発目標MDGs(Millennium Development Goals)」。国連ミレニアム宣言とCOPを含む主要国際会議で採択された国際開発目標を統合し、ひとつの枠組みとしてまとめたものです。

193の加盟国と23の国際機関が8つのゴール(目標)と21のターゲット(達成基準)を共有。2015年までにこれらを達成することに合意しました。

それから15年後の2015年、MDGsの後継として制定された「持続可能な開発目標SDGs(Sustainable Development Goals)」。SDGsは通称「グローバル・ゴールズ」。2030年までに達成すべき17のゴールと169のターゲットで構成されています

MDGsが発展途上国の貧困・飢餓撲滅や教育確保に主眼を置いていたのに対し、SDGsは全ての国・地域を対象とし、MDGsの目標に加え、経済危機、気候変動、伝染病、難民や紛争等の問題に力点を置いています。

17のゴールは、貧困撲滅、飢餓撲滅、健康と福祉、質の高い教育、ジェンダー平等、安全な水とトイレ、エネルギーの確保とクリーン化、働きがいと経済成長、産業と技術革新の基盤、不平等撲滅、住み続けられるまちづくり、つくる責任とつかう責任、気候変動対策、海の豊かさ、陸の豊かさ、平和と公正、パートナーシップの17です。

誰もが自らできることに取り組むことを推奨。余分な食材を買わない、環境に配慮した食材を選ぶ、エネルギー節約のためにコンセントをこまめに抜く、エコバッグやマイボトルを使う等々、平易で日常的な行動を推奨しています。

ドイツのベルテルスマン財団が公表しているSDGs達成ランキング(2018年7月)によれば、達成度の高い国はスウェーデン、デンマーク、フィンランド等、北欧諸国ばかり。

日本は156カ国中15位。発展途上国等との相対比較のため、高い評価となっているものの、ジェンダー平等や貧困対策、クリーンエネルギー、自然環境等の分野で課題があると指摘されています。

例えば、女性政治家の人数や男女の賃金格差、大量の電気電子機器廃棄物(E-waste)、漁業活動の持続可能性、種の絶滅リスク等が厳しい評価を受けています。

2008年、ブータン首相のジグミ・ティンレイ(1952年~)が国連総会で「GNH(国民総幸福、Gross National Happiness)」という概念を紹介して注目を浴びました。

GNP(国民総生産)やGDP(国内総生産)は生産活動や経済活動が対象。物質的な豊かさを数値化したものであり、格差や不公正等の非経済的要素は反映されていません。一方、GNHは幸せや豊かさを感じる心理を数値化しています。

1972年、ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王(1955年~)の提唱で算定が始まり、以後、政府が政策に活用。心理的幸福、健康、教育、文化、環境、コミュニティ、良い統治、生活水準、自分の時間の使い方の9つの項目を調査し、GNHを算定しているそうです。

2013年、ブータンを参考に国連の関連団体が「世界幸福度ランキング」の発表を開始。毎年、国際幸福デーの3月20日に発表しています。

各国国民に「どれくらい幸せと感じているか」を質問し、さらにGDP、平均余命、寛容さ、社会的支援、自由度、腐敗度、健康寿命等を基準に幸福度を順位付け。7回目となる2019年は世界の156カ国が対象です。

最も幸せな国は2年連続でフィンランド。上位4位までを北欧諸国が独占。手厚い社会保障、質の高い教育、ジェンダーフリー等の政策が寄与しています。因みにフィンランドは、世界で唯一父親が母親より学齢期の子供と過ごす時間が長い国です。

最も不幸せな国となった内戦下の南スーダン、及び中央アフリカ、アフガニスタンがワースト3。米国は19位、中国は93位でした。

日本は156カ国中58位。前年から順位を下げ、過去最低。因みに、2015年46位、2016年53位、2017年51位、2018年54位、2019年58位です。

SDGsでは評価が高いものの、幸福度は低い日本。つまり、一定の物質的目標は達成しているものの、社会的支援、社会的公正等を反映した人間としての心理的幸福感が低い日本。頷ける評価です。何とかしなくてはなりません。

3.プラネタリー・バウンダリー

世界の主要国が産業革命と近代化の真っ只中にあった1879年、米国の政治経済学者ヘンリー・ジョージが著書「進歩と貧困」の中で地球を「宇宙を航海する船」と表現。

地球という船の資源は無限、食料も増産可能。人間の万能感に満ちた楽観的で傲慢な認識が前提です。それから約100年後、その認識は180度転換しました。

「宇宙船地球号(Spaceship Earth)」は資源の有限性を踏まえ、地球を閉じた宇宙船に喩えた造語。20世紀米国の建築家であり、思想家でもあるバックミンスター・フラー(1895年生、1983年没)が提唱した概念・世界観です。

フラーは1963年に「宇宙船地球号操縦マニュアル(Operating manual for Spaceship Earth)」を著し、地球の危機を訴えました。

化石燃料、原子力エネルギー、鉱物資源等を、天文学的な時間をかけて「宇宙船地球号」に蓄えられた「燃料貯金」と表現。人間がそれらを一瞬のうちに消費し尽くそうとしていることに警鐘を鳴らしています。

「燃料貯金」を、自動車で言えばバッテリー、あるいは危機時の備えと捉え、平時は風力、水力、太陽光等のエネルギーを有効活用することの重要性を指摘。平時は再生エネルギー、危機時は「燃料貯金」に頼るという考えです。

3年後の1966年、米国経済学者ケネス・ボールディング(1910年生、93年没)が「来たるべき宇宙船地球号の経済学(The Economics of the Coming Spaceship Earth)」を発表。

ボールディングは、ジョージのように資源の無限性を前提とした考えを「開かれた経済」あるいは「カウボーイ経済」と表現。

一方、資源の有限性を認識した考えを「閉じた経済」あるいは「宇宙飛行士経済」と表現。宇宙船(地球)に無限の蓄えはなく、人間はひとつの生態系(エコシステム)である宇宙船の中にいると考えました。

宇宙船では、環境問題に連動する人口増加と食料危機にも対応が必要です。人口増加は食料に関して「コモンズの悲劇」的危機を誘発します。

宇宙誕生は137億年前、地球誕生は46億年前。700万年前に登場した猿人は100万年前に石器を使い始め、10万年前に新人類が登場。人間の歴史が始まりました。

農耕や牧畜が始まったBC8000年頃の人口は100万人。それから5500年かけて1億人に達し、さらに2500年経過しAD初めに2億人に到達。つまり、1億人増えるのに2500年要しましたが、以後、人口増加ペースが加速。

AD1000年に3億人、1650年頃に5億人、1800年に10億人。ここから産業革命等の影響もあってさらに加速。1900年に20億人となり、100年で10億人増加。

化石燃料の大量消費が始まり、1960年には30億人。60年で10億人増加。そこから40億人(1974年)までは14年、50億人(1987年)までは13年、60億人(1999年)、70億人(2011年)までは各12年。今は約75億人、2050年は97億人と予測されています。

世界の人口は1分に140人、1日で20万人、1年で7千万人増加。毎年6千万人が死亡し、1億3千万人が誕生しています。人口増加は、資源枯渇、格差拡大、温暖化、自然破壊、水不足、食料不足等の問題を惹起します。

ワシントンに本部を置く「アース・ポリシー・インスティチュート」の設立者であり、思想家・環境活動家のレスター・ブラウン(1934年生)。「プランB」シリーズ(2004年初版)の著作としてよく知られています。

人間は資源を過剰消費することによって経済を拡大してきましたが、それは持続不可能なバブル。過剰消費を続けるとバブルが崩壊して世界は破綻。そうなる前に持続可能な経済・社会システムに移行することが急務。これがブラウンの主張です。

破滅を回避するために、従来通りの「プランA」から持続可能な「プランB」に移行すべきであり、人口を安定させ、貧困を改善し、温暖化を抑止する諸施策を講ずること、それがブラウンの主張する「プランB」という概念です。

プラネタリー・バウンダリーは、人間の活動がある閾値または転換点を通過した後には「不可逆的かつ急激な環境変化」の危険性があることを示す概念。「地球の限界」また「惑星限界」とも呼ばれています。

スウェーデン人科学者ヨハン・ロックストローム(1965年生)とオーストラリア人科学者ウィル・ステファンが主宰する研究グループが考案し、2009年にネイチャー誌に発表。地球にとってプラネタリー・バウンダリーが存在する9領域を定義しました。

このうち、気候変動、生物多様性欠損、生物化学変化(窒素、リン)で既に限界値越え。海洋酸性化、土地利用(人工利用)、淡水利用、オゾンホールは限界値が接近。大気エアロゾル粒子、化学物質汚染はまだ定量化できていません。

例えば、海洋酸性度は産業革命以来30%増加。人間活動で排出された二酸化炭素の25%が海洋に溶解し、サンゴ、甲殻類およびプランクトンが殻、骨格を構築する能力を阻害する炭酸を生成。

生態系の主要な種の一次的絶滅によって引き起こされる二次的絶滅(カスケード効果)により、海洋資源に深刻な影響を与えることが懸念されています。

これも海における「コモンズの悲劇」。人間は乗り越えられるでしょうか。

(了)

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