10月初旬、北京・深セン・香港に出張し、現地IT企業や現地進出日本企業、日本政府(経産省・財務省・日銀・ジェトロ)の関係者と面談。3年振りでしたが、中国は行く度に変貌しています。月末に安倍首相も訪中。日本からのODA終了を伝えたそうですが、当然。中国との「新しい関係」をどのように構築していくのか、深謀遠慮が必要です。
2010年にGDP規模で日本を抜いた中国。経済成長率は鈍化しつつも、規模の拡大、企業や産業の進化が続いています。2020年代中頃には、GDP規模で米国を上回るでしょう。
経済的にはバブル崩壊リスクが内在しているうえ、政治的にも難問山積。新疆ウィグル自治区での民族弾圧、共産党一党独裁の軋轢等、不安定要素は多いですが、それでもなお、中国の影響力は強まり続ける蓋然性が高く、隣国日本は難しい舵取りを迫られます。
現時点における中国経済の地域的特徴として、三大地域と四大都市を理解しておくことが必須です。まずは三大地域。
第1は、北京を中心とする「京津冀」エリア。第2は、上海を河口とする「長江流域」エリア。第3は、香港・深センを中心に広東省を従える「粤港澳大湾区」エリア。
「エリア」と言っても、「京津冀」は日本の本州の半分、「長江流域」は日本全土、「粤港澳大湾区」は九州並みの広さです。
「京津冀」エリアは、北京市、天津市、河北省から構成されます。中国の「市」は日本の「市」とは異なり、「省」並みの権限を有する行政単位です。
河北省の旧称は「冀州」であることから、略称は「冀」。この「冀」を引用して「京津冀」と命名されています。
前回訪中した3年前の4月、中国共産党の中央政治局会議で「京津冀協同発展計画綱要」が採択され、このエリアの新たな開発がスタート。
同会議の資料を読むと、この計画の狙いは、「北京市の非首都機能の分散」、「経済構造と空間構造の調整」、「人口密集地域の開発の最適化」の3つ。何となく理解できます。因みにひとつめは「首都機能の分散」ではなく、「非首都機能の分散」です。
中国財政部(財務省)の推定では、2015年から2020年の間の「京津冀」エリアへの投資額は約42兆元(約677兆円)。桁違いの規模で現在進行中です。
その中で、昨年4月に開発計画が発表された河北省内の「雄安新区」。「長江流域」エリアの「浦東新区」、「粤港澳大湾区」エリアの「深セン経済特区」に次ぐ国家プロジェクトとして位置づけられました。
「長江流域」エリアは、上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、重慶市、四川省、雲南省、貴州省から構成されます。
「長江流域」エリアには、他の地域と比べると早くから工業化や都市化が進んだ地区が多いため、汚染や環境破壊が問題視されていました。そのため、今後は極端な大規模開発は行わず、生態環境の回復・保全を優先する「グリーン発展」を目指すとしています。
例えば、このエリアの内陸主要都市で、自動車産業が栄える重慶市。中心部の「両江新区」では新エネルギー車の生産に力を入れています。
「両江新区」での新エネルギー車生産台数は昨年1万7000台。「両江新区」では新エネルギー社の産業化が進み、長安自動車、力帆(リーファン)、重慶金康等の関連企業による燃料電池等の研究開発の中心となっているそうです。
長安自動車は自動運転の公道実験を開始しており、既に「レベル4」に達していると聞きました。2025年には「レベル4」の車両の大量生産に入る計画のようです。
新エネルギー車のレンタルに関する国際提携も進んでおり、長安自動車は中国検索エンジン最大手の百度(バイドゥ)と組んで米国シリコンバレーに開発とレンタルの両面で進出。シンガポール、インド、タイ、スペインでも、来年、レンタルがスタートする見込み。
「粤港澳大湾区」エリアは、広東省内の9都市(広州市、東莞市、深セン?市、恵州市、仏山市、中山市、珠海市、江門市、肇慶市)と香港・マカオの特別行政区から構成されます。
香港・マカオは初めて中国の地域発展計画の中に組み込まれました。中国は、香港・マカオにおける「一国二制度」を建前上堅持しつつ、香港・マカオ・広東省を一体的に発展させることを企図。
しかし、波紋も呼んでいます。9月23日に深セン・香港間が開通した高速鉄道の香港側に中国入管が設置されたため、香港独立派が反発。
訪香時に利用しましたが、入管の内側は官僚的な雰囲気。入管を出た途端に職員も警官の雰囲気は軟化。
高速鉄道の香港駅(西九龍駅)は金融センター(シティ)のド真ん中。混乱はありませんでしたが、たしかに香港に中国の橋頭堡が進出した印象です。因みに、高速鉄道は新幹線にソックリでした。
先週23日、香港・珠海・マカオを結ぶ世界最長の海上大橋「港珠澳大橋」(海底トンネルも含め約55km)が開通。鉄道と道路が中国本土につながり、香港・マカオは本格的に北京政府の開発計画や産業政策に組み込まれていくことでしょう。
筆者は名古屋市の出身。子供の頃から「人口200万人都市」。自虐的に「偉大なる田舎」と言う市民もいますが、内心は「人口200万人都市」の自負があってのことです。
翻って中国。「人口200万人都市」が200市を超えると聞いて驚愕。必ずしも都市機能が整備されている街ばかりではありませんが、最近はそうした内陸都市でも超高層ビルや前衛的デザインの空港が次々と建設されています。
その都市群の中で、IT企業や新興企業の中心になっているのが、北京、上海、杭州、深センの四大都市。杭州は上海の南に位置し、上海と同じ「長江流域」エリアに属します。
さらに、この四大都市の企業群には特徴があります。北京はIT系、上海は金融系、杭州はアリババ系、深センはメーカー系です。
北京の中心地区は中関村。かつては「中国の秋葉原」とも呼ばれた電子製品街でしたが、最近は中国最大のIT企業である連想集団をはじめ、IT系の企業や研究所が集積。北京大学、清華大学、中国人民大学、北京理工大学等の名門大学にも近く、「中国のシリコンバレー」に変容しました。
一帯はかつて「中湾」と呼ばれる河床であったほか、宦官所有の荘園や墓地があったことから宦官の別称「中官」が地名となり、これらに端を発し、中国建国時に現在の地名「中関村」が当時の行政区の名称として誕生したそうです。
「中関村の父」と呼ばれるのは中国科学院物理研究所の陳春先。1980年代に米国東海岸ボストン近郊の国道128号線沿いのハイテク産業地帯に感銘を受け、整備を先導。
中国人は「鶏口牛後」の喩え宜しく、「大企業の勤め人より小企業でも『老板』(オーナー)」という気風があり、独立心旺盛。起業・創業がブームになっています。
政府主導で中関村内に整備した「創業大街」。長さ200mほどの街に起業・創業を目指す大学生・大学院生や若い企業家が集まり、ネットカフェやシェアオフィスが立ち並び、行政や投資会社の窓口機能も揃っています。
3年前は創業大街を視察するために訪中。今回も行きましたが、残念ながら国慶節期間中。閑散としていましたが、普段は賑わいを増していると聞きました。
中関村のIT企業「地平線(ホライゾン)」を訪問。AI(人工知能)を使った画像認識用のプロセッサーを開発しており、自動運転技術にも応用されています。
対応してくれた2人の幹部(と言っても、いずれも30歳前後)に「アーム・プロセッサーを使っているのか」と聞くと、すかさず「我が社はアーム社と同じレイヤー(層)を狙っているのでファブレス企業だ。アーム社はコンペティター(競争相手)であり、アーム・プロセッサーは使っていない」と即答。
的確な回答に満足すると同時に、中国の若い企業家・技術者のレベルに感嘆。アーム・プロセッサーのことを思い出したい方は、メルマガ364号(2016年7月25日)、同365号(同8月9日)をHPバックナンバーからご覧ください。
上海は20世紀初頭からアジア有数の金融街として発展し、古くから中国経済の中心。その基盤の上に、現在はフィンテックや新たなオンライン金融サービスを活用した企業群が勃興。
その中で、最も注目を集めているのが陸金所(Lufax)。中国保険最大手の平安保険傘下の企業で、個人間の資金貸借を仲介する「ピア・ツー・ピア(P2P)金融」の業務を始めて急成長しています。
上海から杭州の高速鉄道(新幹線)は2010年開業。最高時速350kmで所要45分。高速バスだと、上海・杭州間は所要3時間です。
杭州は浙江省の省都。中国八大古都のひとつであり、13世紀頃は世界最大都市。一般的には「こうしゅう」と読みされますが、広州と区別するために「くいしゅう」と湯桶(ゆとう)読みされることもあります。
脱線しますが、湯桶読みは漢字2字熟語の上の字を「訓」、下の字を「音」で読む「湯桶」(ゆトウ)のような読み方。反対は重箱(ジュウばこ)読み。上が「音」、下が「訓」。
古くから風光明媚な観光地であった杭州が激変したのは、1999年に地元出身の馬雲(ジャック・マー)がアリババを創業してからです。馬雲についても、メルマガ281号(2013年2月12日)、同323号(2014年11月6日)をご覧ください。
電子商取引(EC)関連の有力新興企業が集積し、市内には約8万人のアリババ社員を中心に関連企業で働く人のマンション群が林立。杭州はアリババの城下町になっています。
最後に深セン。今や「世界の工場」と呼ばれるようになった広東省の東に位置し、香港に隣接しています。
台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業が巨大工場を構え、部品メーカーが進出したこと等が契機となり、1990年代から家電やIT関連製品の生産拠点として発展。ドローン(小型無人機)世界最大手の大疆創新科技(DJI)、今や世界最大の通信機器メーカーとなった華為(ファーウェイ)等、有力企業が集積。
1997年、日銀時代に深セン特区を訪問した際には、数棟完成していた超高層ビルの入口ドア(しかも木枠)が傾いていたり、広場で蛇、鶏、怪魚等の様々な食用爬虫類や動植物が売られていたり、特区と農漁村地域の境界も曖昧だったような記憶があります。
20年振りの深センの変貌振りは、頭では理解していたつもりですが、実際に見ると驚愕。因みに、ファーウェイの本社も短時間ですが訪問。シリコンバレーのグーグルやフェイスブックを意識した広大な緑地帯の中にありました。日本企業では真似できません
最近、時価評価額10億ドル以上の非上場ベンチャー(スタートアップ)企業が「ユニコーン」と呼ばれています。
「ユニコーン」という言葉は、米国ベンチャーキャピタルであるカウボーイ・ベンチャーズの創業者アイリーン・リーが使い始めたと言われています。
「ユニコーン」は額に一本の角がある伝説の動物。「ユニコーンのように稀な存在」という意味で、将来有望なベンチャー企業を指しています。
「ユニコーン」を多く輩出しているのはもちろん米国。フェイスブックやツイッターもかつては「ユニコーン」。2015年1月に米フォーチュン誌が公開したリストによると「ユニコーン」は80社強。2位は中国、3位はインドですが、1位米国が圧倒的多数。
ところが近年、中国で激増中。豊富な投資マネー、13億人の巨大市場等の好条件を背景に「ユニコーン」が続々誕生。8月時点の調査では、中国の「ユニコーン」は最近3年間で3倍強の約70社に急増し、約120社の米国を猛追。大企業からのスピンオフ企業を含めると、既に約200社と米国を凌駕。中国は1日の起業数が約1万6千社と言われており、産業の新陳代謝は他国の追随を許しません。
四大都市の中で「ユニコーン」が最も多いのは34社の北京。やはりIT系が多く、配車アプリの滴滴(2012年創業)は中国市場をほぼ独占し、利用者は5億5千万人。字節跳動科技(2012年創業)はニュースアプリや動画投稿アプリで業績急伸。
「ユニコーン」の中心地はもちろん中関村。上述のとおり、周辺には名門大学や研究所も多いほか、PC世界大手のレノボ、中国インターネット検索最大手の百度(バイドゥ)等の大企業も集積し、IT関連の技術開発基盤が厚いことが奏効。
「ユニコーン」卒業組の美団(2010年創業、料理配送サービス)は9月20日上場。時価総額約5兆7千億円と日本の既存大企業並み。小米(シャオミ)も7月に上場しました。
北京に次いで「ユニコーン」が多いのは16社の上海。現在最も注目を集める「ユニコーン」は上述の陸金所。
杭州は14社。「ユニコーン」もアリババ関連が主力。代表格はアント・フィナンシャル。アリババが約33%出資し、アリババのネット通販決済に欠かせないアプリ「支付宝(アリペイ)」を展開。AI(人工知能)の阿里雲(アリクラウド)も急成長しています。
深センは6社。ドローン(小型無人機)世界シェア7割の大疆創新科技(DJI)等、製造業が中心。2006年、香港科技大学の学生だった汪滔(現CEO)が創業しました。
四大都市の当局が有力なスタートアップ企業を手厚い優遇策で全面支援して成功しているのを眺め、四川省成都や湖北省武漢といった内陸有力都市も追随。今後は四大都市以外からも「ユニコーン」が誕生するでしょう。
米国は、国策として他国の技術を吸収し、当局が全面支援して有力企業を育成する中国産業政策への警戒感を強めており、産業スパイ容疑で中国高官を摘発する等の対抗策にも染手しています。もちろん、米中貿易戦争の一因です。
一方、当局との密接な関係は制約にもなります。8月、動画配信サービスbilibili(ビリビリ)は当局から動画の一部が「社会秩序を乱す」として指導を受け、同社は即座に恭順。中国特有のリスクと言えます。
翻って日本。フリーマーケットアプリを運営するメルカリが日本最大の「ユニコーン」でしたが、6月に上場。そのため、現在の「ユニコーン」はAI開発のプリファードネットワークス1社だけ。2006年、学生6人で創業した同社は今やトヨタ等の大企業と提携。今後が期待されます。
「ネクストユニコーン」という「ユニコーン」予備軍企業もありますが、さて、プリファードネットワークスに続く「ユニコーン」は日本に現れるでしょうか。
政策的にどのように支援できるか、そもそも支援すべきか。関心は尽きませんが、起業家が現れることが前提。まずは若者の「Stay hungry, stay foolish」です。
(了)