政治経済レポート:OKマガジン(Vol.397)2018.1.2

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。多忙のために、11月、12月はメルマガが月1本になってしまいました。今年は何とか月2本に戻したいと思います。前号での予告どおり、AI(人工知能)に関する続編です。「チューリングテスト」等についてお伝えします。メルマガ377号(2017年2月10日)、396号(同12月5日)もバックナンバーからご参照ください。


1. 人工知能の父

「チューリングテスト」のことを理解する前提として、それを提唱したアラン・チューリングについての人物情報が必須です。

1912年、ロンドン生まれの英国人。数学者、暗号解読者、コンピュータ科学者であり、1954年に41歳で早逝。「人工知能の父」とも言われています。

幼少時代から教師がチューリングの才能に気づきます。1927年(15歳)、学校で微積分を習っていないのに研究者並みの数式解析力を発揮し、1928年にはアインシュタインの理論や文章を理解していたそうです。

1930年代、プリンストン大学やケンブリッジ大学等で研究活動に従事後、才能を見込まれ、ロンドン郊外のブレッチリ―・パーク(英国政府の暗号解読機関)に勤務。ドイツ軍の暗号機エニグマの解読に圧倒的な貢献をしたものの、軍事機密であったため、チューリングの功績は1970年代まで一般に知られることはありませんでした。

戦後は国立物理学研究所やマンチェスター大学に勤務。英国初のコンピュータの設計やプログラム開発に従事。徐々に「機械の知能」という概念の研究に傾倒します。

1950年、有名な論文「計算機械と知性(Computing Machinery and Intelligence)」を発表。今日「チューリングテスト」として知られている実験を提案しました。

この間、チューリングは同性愛者として処罰を受け、虐げられます。1954年に41歳で死去。薬物自殺と言われています。

死後まもなく、ロンドン王立協会(最高権威の科学学会)が伝記を出版したほか、大英帝国勲章も授与。関係者はチューリングの功績の偉大さを理解していました。

1956年、米国ニューハンプシャー州のダートマス大学に人工知能関係分野の研究者が集合し、「ダートマス会議」を開催。この会議で初めて人工知能(AI)という言葉が使用されましたことは、メルマガ前号でお伝えしました。

1966年、コンピュータ科学における最高権威の賞としてチューリング賞創設。1970年代に戦時中のブレッチリ―・パークの活動が公開されるようになり、チューリングの存在と功績が一般に知られるようになりました。

1980年代から1990年代にかけて小説やドラマでチューリングが取り上げられるようになり、1999年、雑誌タイムが「20世紀で最も影響力のある100人」に選出。2002年、BBCが行った「偉大な英国人」投票で第21位にランクインしました。

2009年、科学者がチューリングの名誉回復の請願活動を始め、同年9月、ブラウン首相がチューリングに対する戦後の英国政府の対応を公式に謝罪。

2013年12月24日、エリザベス女王がチューリングを恩赦、キャメロン首相もチューリングの業績をたたえる声明を発表しました。完全復権です。

「チューリングテスト」についてはメルマガ377号で紹介しましたが、再述します。「チューリングテスト」とは、機械と人間が通常の言語で対話した時に、多くの人がその機械を「人間かもしれない」と錯覚させることができれば、その機械は知的であると判定するというチューリングが考え出した基準です。

一方、「チューリングテスト」に対する反論として、米国の哲学者ジョン・サール(1932年生)が1980年の論文「心・脳・プログラム(Minds, Brains, and Programs)」の中で提案した思考実験が「中国語の部屋」。

中国語を理解していない英国人を部屋に閉じ込め、紙に書いた中国語のメッセージを部屋の中に投入。英国人は部屋の中にあるマニュアルに従って回答を書いて紙を投げ出すと、対話が成立しているように思えます。

しかし、現実には英国人は中国語を理解していないので、中国語を学習したとは言えません。マニュアルに書いてある指示に従って、意味もわからずに対応しただけです。

つまり、この英国人は「チューリングテスト」的な知的機械にすぎません。サールは、本当の知的存在、人間を代替する機械とは、紙のやり取りから中国語を学習し、マニュアルがなくても自らの判断で対話ができるようになる存在であると考えました。

1980年代、90年代は「チューリングテスト」「中国語の部屋」を巡る論争が活発に行われ、今日の「人工知能とは何か」という議論につながっています。

2.フレーム問題

コンピュータやAIの議論をする際に必要な専門用語(テクニカルターム)として「チューリングマシン」「万能チューリングマシン」「チューリング完全」「停止性問題」も取り上げておきます。あくまで私の素人なりの理解と表現です。

「チューリングマシン」は「コンピュータ(または計算機)とは何か」を概念的に議論するための「仮想機械」のこと。1936年にチューリングが発案しました。

何らかの「チューリングマシン(つまりコンピュータや計算機)」で計算可能な関数を「計算可能関数」と定義しました。

いかなる「チューリングマシン」による計算も完全復元できる「万能チューリングマシン」が存在することが、当該「チューリングマシン」や計算プログラム、それを制作しているプログラミング言語が「チューリング完全」であることを意味します。

「チューリング完全」でないコンピュータやプログラムは「無限ループ」のような結論の出ない状況に陥るために停止できないという「停止性問題」に遭遇します。

難解であり、適切な表現か否かは全く自信ありませんが(笑)、この4つのテクニカルタームはとりあえず知っておいた方がよいでしょう。

「チューリングテスト」を巡る歴史には4つの大きな節目があったと言われています。第1はチューリングによる上述の1950年論文の発表。

第2は1966年、米国科学者ジョセフ・ワイゼンバウム(1923年生、2008年没)によるコンピュータELIZA(イライザ)の開発。ELIZAは初期の自然言語処理プログラムです。

第3は1972年、米国科学者ケネス・コルビー(1920年生、2001年没)によるコンピュータPARRY(パリー)の開発。PARRYは「感情のあるELIZA」と呼ばれ、統合失調症の症状を再現するようにプログラミング。「チューリングテスト」の結果、PARRYが人間であると誤診した精神科医は52%、コンピュータと判断した精神科医は48%でした。

第4は1990年の「チューリング会議」。論文「計算機械と知性」発表から40周年を記念して英国サセックス大学で開催され、研究者がAIの定義を深耕。なお同年、「チューリングテスト」を実際に行ってAIの機能を競い合う「ローブナー賞大会」が設立されました。

実業家ヒュー・ローブナーの篤志による大会であり、「最も人間らしい」会話を行ったコンピュータシステムに毎年銅賞が贈られている。なお、銀賞(聴覚賞)と金賞(聴覚・視覚賞)の受賞はまだないそうです。

AIの議論において「フレーム問題」の理解は不可欠です。有限の情報処理能力を前提とするAIロボットが現実事象に対処できない事態に関する問題です。

1969年、米国科学者ジョン・マッカーシー(1927年生、2011年没)とパトリック・ヘイズが問題提起しました。

例えば、AIロボットに「スーパーで洗剤を買う」ことを指示します。現実世界では無数の事象が起きます。AIロボットはスーパーの行くまでの間、及びスーパーに入ってからの無数の事象への対応を考えながら、最終的に洗剤を買わなくてはなりません。

無数の事象への対応を考えていると無限の時間がかかり、結局行動に移れません。そこで、考慮する事象と無視する事象に分け、考慮すると決めた「枠(フレーム)」の中だけで判断し、行動するので「フレーム問題」と言われます。

米国の哲学者ダニエル・デネット(1942年生)が1984年の論文で示した例が有名です。洞窟の中にバッテリーがありますが、その上に時限爆弾が仕掛けられています。AIロボット1号にバッテリーを持ってくるように指示したところ、無事に運んできたものの、もちろん爆弾も一緒。指示は完遂しましたが、結局、爆弾が爆発して失敗。

そこで、指示遂行の際に副次的事象も考慮するAIロボット2号を開発。しかし、2号は洞窟に入ってバッテリーの前で停止。「バッテリーを動かすと爆弾は爆発しないか」「バッテリーを動かす前に爆弾を移動させるべきか」「何か他のトラップ(わな)があるのではないか」と考えているうちに、結局爆弾が爆発。副次的事象が無限にあり、全てを考慮するには無限の計算時間が必要になるためです。

次に、指示遂行と無関係な事象は考慮しないように改良したAIロボット3号を開発。しかし、3号は洞窟に入る前に停止。洞窟に入る前に指示と無関係な事象を洗い出そうとして、無限に思考し続けてしまいました。これは、指示と無関係な事象も無限にあり、全てを考慮するにはやはり無限の計算時間を必要になるためです。

人間がどのようにこの「フレーム問題」を解決しているのかはまだ解明されていません。人間は実際には「フレーム問題」を解決できておらず、単に「見切り決断」しているだけという考え方もあります。

人間にも起こり得る「フレーム問題」は、AIの「フレーム問題」と区別して「一般化フレーム問題」と呼ばれています。

3.巡回セールスマン問題

AIは人間の脳の構造をコンピュータとして物理的に「接近」または「再現」しています。AIの実用化が飛躍的に加速する鍵は2つ。コンピュータの構造と性能です。

人間の脳は膨大な数の「ニューロン(神経細胞)」で構成されており、ニューロンで発生するシグナル(信号または情報)を「ニューロン」間で伝えるのが「シナプス(神経細胞間の情報伝達機能または経路)」です。

人間の平均的な「ニューロン」数は約1000億、「シナプス」数(接続数)は約150兆と言われています。この数や接続の仕組みが人間の脳の能力差の源泉かもしれません。

脳の構造を部分(新皮質、基底核、海馬等)毎に構築して結合(接続)するAIが「全能アーキテクチャ」型。一方、脳の構造を丸ごとコピーするAIは「全能エミュレーション」型。前者が「結合」型、後者は「再現」型です。

後者が実現すると、人間の直感的判断等を「再現」できるのではないか、AIが意思や人格を持つのではないかと期待(懸念)されています。上述の「フレーム問題」を解決するために直感的判断や「見切り決断」が可能になるということです。

もうひとつは性能。つまり、計算速度。その鍵となるのが量子コンピュータです。

従来のコンピュータは電子が「0」か「1」のいずれかの値をとる性質を利用していますが、量子は「0」でもあり「1」でもあるという曖昧な状況の中で機能する性質を有しています。量子力学ではこれを「重ね合わせ」と言うそうです。

素人なりに表現すれば、従来の電子は1度に1つのことしかできないのに対し、量子は1度に2つのことができるということ。複数の計算を同時にできる優れもの。この表現が専門的に適切か否かは全く保証できません(笑)。

「重ね合わせ」の性質のおかげで、量子コンピュータは従来のコンピュータと比べて膨大な計算を極めて短時間で行えます。量子数をnとすると最大で「2のn乗」通りの同時計算が可能。量子をn個使うとn量子ビット(Qbit)と表現します。

量子コンピュータは「量子ゲート方式」と呼ばれるデジタル型と「量子アニーリング方式」と呼ばれるアナログ型に分かれるそうです。詳細にはこれ以上深入りしません。興味がある方は、一度調べてみてください。

1980年代から研究開発が本格化。1994年、米国の数学者ピーター・ショア(1959年生)が実用的な量子アルゴリズム「ショアのアルゴリズム」を開発。

「ショアのアルゴリズム」は、従来のコンピュータでは現実的時間内で解くことができない素因数分解を短時間で解くことが可能。素因数分解の困難性を利用した現在の暗号技術は、量子コンピュータが実現されると簡単に解読されることを意味します。

1998年、量子コンピュータ用プログラミング言語QCL(Quantum Computation Language)が公開されたほか、日本の物理学者、西森秀稔(1954年生)が「量子焼きなまし法」という技術を開発(これも詳細は自習してください)。

2011年、カナダD-Wave Systems社が「量子焼きなまし法」を活用した128量子ビットの量子コンピュータ「D-Wave」の構築に成功したと発表。世界が驚きました。

2012年、ロシア亡命中の元米国CIAエドワード・スノーデンが、NSA(国家安全保障局)において暗号解読のための量子コンピュータ実用化が進んでいることを暴露。

2014年、米国グーグル社が量子コンピュータの開発開始を発表。2016年、IBMは5量子ビットの量子コンピュータをオンライン公開。2017年、IBMは16量子ビットの量子コンピュータ開発に成功したと発表。同年、中国が「光」量子コンピュータの開発に成功したと発表。同機の計算速度は他の量子コンピュータの2万4000倍以上と喧伝。年末年始に調べてみましたが、真偽のほどは未確認です。

2017年9月、東大研究グループが大規模「光」量子コンピュータ実現法を発明と発表。同年12月(つまり先月)、理化研等の研究グループが量子コンピュータの素子(量子)を高精度化したと発表。計算速度は従来比約100倍だそうです。

このように、量子コンピュータを巡る開発競争は重要な局面を迎えていますが、日本は出遅れ気味。リソース(予算、人材、政策等)の集中投下に失敗し、お家芸の「縦割り」「官主導」「人材流出」等々の過去の轍を踏みつつあります。

文科省は来年度予算に光・量子技術推進費を32億円計上しましたが、欧米に比べ桁違いの少なさ。米国は毎年2億ドル(約220億円)を投下しているほか、EU(欧州連合)も2019年から10年間に10億ユーロ(約1300億円)を投下する予定です。

最後に、膨大な計算や組み合わせの中から最適解を探す「最適化問題」の例として「巡回セールスマン問題(Traveling Salesperson Problem<TSP>)」も紹介しておきます。これも、専門用語としては知っておいた方がよいでしょう。

セールスマンが各都市を訪問する場合の最適経路を探すという問題設定です。単純そうに思えますが、実は超困難。都市数が5の場合の経路は12通りですが、10になると18万1440通り、20になると6京822兆通り、60では何と10の80乗通り。つまり、n 都市の場合は「『nマイナス1』の階乗分の 2」通りの経路を調べる必要があります。

現実の世界にはスーパーコンピュータを使っても解析に長期間要する難問があります。「TSP」はその一例としての比喩です。

量子コンピュータと「焼きなまし法」等の技術や手法は、組み合わせや選択の「最適化問題」を現実的に、かつ短時間で解決するAIを開発することにつながります。

「最適化問題」の解析力は、交通網や送電網の最適化、周波チャネルの効率的割当、投資ポートフォリオの最適化等々、現実の事象への応用が期待されています。

(了)

戻る