政治経済レポート:OKマガジン(Vol.394)2017.10.29

総選挙が終了。結果はご承知のとおりです。翌日から次の総選挙へのカウントダウンは始まっています。次の総選挙で、主権者である国民の皆様に政策の選択肢と政権選択ができる構図をお届けできるように、頑張ります。


1.定年制と後継候補

第19回中国共産党大会(5年に1度)が10月24日に閉幕。特筆すべきことが2点あります。第1点は、習近平(64歳、総書記、国家主席)体制長期化に関連するものです。

メルマガ349号(2015年12月4日)で予測したとおり、今大会では習近平体制長期化に向けた駆け引きが行われ、3期目(現在のルールでは2期10年で退任)の可能性を探る動きがありました。

それを理解するためには、習近平登場の背景力学が必須情報です。すなわち、2007年、第17回大会において、江沢民(前総書記<当時>)と胡錦濤総書記(当時)の権力闘争の副産物として誕生したのが習近平常務委員(その時点での次期総書記候補)。

自分の系列に属する陳良宇を次期総書記に推す江沢民。一方、本命の李克強を推す胡錦濤。江沢民は胡錦濤との全面対決回避を模索し、傀儡政権化も可能と考えた大穴(無名)の習近平登用を主張。胡錦濤も李克強を次期首相とすることで妥協しました。

ところが5年後。2012年の第18回大会で習近平の総書記就任を阻止し、自らが総書記を狙った薄熙来。それに同調した周永康、徐才厚、令計画。阻止工作は失敗し、習近平は総書記に就任。

就任と同時に習近平は反撃開始。「4人は巨大利権に関与し、権力を私物化していた」との嫌疑をもとに「新4人組」を次々と逮捕、失脚させました。

総計25万人にも及ぶ「貪官汚吏(汚職官僚)」摘発を断行。その役割を担ったのが習近平と旧知の仲の王岐山常務委員(規律検査委員会書記)。腐敗撲滅は国民の人気を高め、習近平は「毛沢東再来」とまで言われるようになりました。

王岐山(69歳)は国民の求心力を高める腐敗僕別の象徴です。一方、中国共産党は定年制(党大会時に68歳以上は引退)を採用しています。

王岐山はルールに基づけば今大会で引退ですが、国民の人気の高さを背景に王岐山留任を画策。定年制例外の実例をつくり、第20回大会(2022年)時に69歳になっている習近平自身の3期目を展望した動きです。

しかし、結果は更迭(引退)。オープンな選挙制度のない中国にとって、穏便に権力を継承し、「老害」を排するために導入したのが定年制。その例外を認めることへの反発が党内外で強かったようです。

王岐山の後任は予想を覆して趙楽際党組織部長。当初の報道では習近平の最側近、栗戦書党中央弁公庁主任とされていましたが、発表直前に変更。習近平は、王岐山の後任人事でも譲歩を迫られた可能性があります。

趙楽際は、前政権で青海省や陝西省の書記として実績を挙げ、5年前に党内人事を統括する組織部長に就任。党要職に習近平側近を充てる人事をまとめて信頼を得たとされます。派閥色が希薄で、習近平も受け入れ易い人選に落ち着きました。

いずれにしても、王岐山留任を阻止された習近平。自らの3期目を展望する布石は、後継世代を起用しないことで対応しました。後継候補不在であれば、習近平体制3期目も視野に入るという目論見です。

具体的には、7月に失脚した次世代有力者、孫政才前重慶市党委書記の後任に最側近の陳敏爾を登用。陳は最高指導部入りするには実績が足りず、もうひとりの次世代有力者、胡春華広東省党委書記とともに政治局員にとどめました。次期トップ候補を最高指導部に加え、安定した政権移行を図る慣習が崩れたとも言えます。

さらに、習近平の政治思想である「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が党行動指針として明記されました。過去、指導者名を冠した政治思想が党規約に盛り込まれたのは毛沢東と鄧小平のみ。習近平は歴史的指導者に並ぶ権威を得たと言えます。

盤石に見える習近平体制ですが、懸念もあります。そのひとつが米国在住(潜伏中)の中国人実業家、令完成問題。この問題を理解するには、令完成の兄、令計画のことを知る必要があります。

2.落馬

最近ではよく知られるようになりましたが、中国共産党幹部の出自には3つのルートがあります。

第1は、「団派」と呼ばれる若手エリートが集まる共青団(中国共産主義青年団)出身者。第2は、日中戦争や国共内戦期の共産党幹部の子弟(二世、三世)が集う「太子党」。習近平も「太子党」です。第3は、江沢民元国家主席に連なる「上海閥」。

1980年代、共青団トップ(中央第一書記)を務めた胡錦濤は「団派」が権力基盤。共青団時代の胡錦濤を支えたのが令計画。つまり、令計画は胡錦濤の古参側近です。

胡錦濤指導部時代の2007年、令計画は党中央弁公庁主任(日本の官房長官に擬せられる)に登用され、胡錦濤を支えました。

しかしその後、令計画の運命は暗転。胡錦濤から習近平に総書記が交代する第18回大会直前の2012年9月、突然左遷。習近平指導部でも「団派」の中心として政治局委員(トップ25)昇格が有力視されていた令計画にとっては青天の霹靂でした。

2年後の2014年、上述の王岐山常務委員が仕切る党中央規律検査委員会の調査対象となり、失脚。中国では「落馬」と言います。一連の動きの背景には、引退後の胡錦濤の影響力を削ぐ狙いがあったと言われています。

令計画は山西省出身の5人兄弟。それぞれ、方針、政策、路線(女性)、計画、完成という中国共産党が好む政治用語が名前になっています。

令計画「落馬」を受け、国営新華社通信記者から実業界に転身していた弟の令完成が国外脱出し、米国に潜伏。事実上の亡命です。

令完成は、兄(令計画)から渡された党や国家の機密資料約2700点を所持していると言われており、これが米国に流出すると中国は深刻なダメージを受けます。

2015年9月の習近平訪米。表向きは南シナ海問題等が議論されていましたが、その裏では令完成の身柄を巡る暗闘が行われていたと聞きます。

それを裏付ける情報が習近平特使として孟建柱政治局委員が事前に訪米したという事実。孟建柱は「キツネ狩り(反政府分子・汚職官僚等の取り締まり)」を所管する公安部門最高責任でした。

任期末期のオバマは中国との対話路線を見切り、習近平との首脳会談で令完成の引き渡しを拒否したと関係筋から聞いています。

中国から国外逃亡した官僚、企業家のうち約2万5千人が米国に滞在。習近平政権の秘密を知る者も含まれ、重要指名手配約100人のうち約40人が米国に潜伏しているそうです。

その中の最重要人物が令完成。さらに、北京五輪に絡む汚職情報を握っていると言われる郭文貴。郭文貴は王岐山のスキャンダルをネット上に流布していたとも言われています。

習近平は、令計画を「落馬」させ、胡錦濤の影響力を低下させ、党内権力闘争は優位に展開しているものの、海外亡命者の動きには引き続き神経を尖らせています。

そうした中、今年1月、「キツネ狩り」を担う劉建超国際協力局局長(党中央規律検査委員会幹部)が米国に令完成引き渡しを求めていることを中国高官として初めて公式に認めました。水面下の交渉が手詰まりのため、ゲームの打ち手を変えてきたと見るべきでしょう。

すると翌2月、フィナンシャルタイムズ等の複数の欧米メディアが、令完成が米国側に情報提供を開始していると報道。ニュースソースは関係筋となっていますが、上記1月の中国の打ち手(戦術)変更に対抗した米国の応戦情報操作と推察できます。

長くなりましたが、以上は今大会の特筆すべき第1点、習近平体制長期化を巡る情報を整理しておきました。

今大会の特筆すべき第2点は、世界宇宙強国。大会開幕当日、習近平は2045年までに世界宇宙強国を建設するという国家目標を打ち出しました。

担当幹部が説明した詳細によれば、2020年までに軌道上の宇宙船・衛星を200機以上、年間打上げ回数を30回前後とし、総合力で欧州を凌駕。現在、宇宙関連技術の30%が世界一流水準。2030年にはこれを60%まで引上げ、総合力でロシアを凌駕。2045年には米国と対等の世界宇宙強国となることがロードマップとして提示されました。

この国家目標を聞いて、メルマガ349号(2015年12月4日)で紹介したマイケル・ピルズベリー著「100年のマラソン」(邦題「チャイナ2049」)の内容を思い出しました。

著者のピルズベリーは元米政府(国防省、CIA等)職員。ニクソン政権からオバマ政権に至る間、対中政策、対中諜報活動に関する重要人物のひとりでした。同書の中で述べられている中国の密かな国家目標は以下のとおりです。

中国共産党結党100年目(2049年)を目標に、世界の覇権を米国から奪取。それは、清朝末期以降、諸外国が中国に及ぼした過去の屈辱に対する「復讐」「清算」という意味です。

因みに、中国外務省から流出したと言われる「2050年の国家戦略地図」がネット上に流れています。台湾、朝鮮半島、日本、東南アジア、インド、豪州も中国と同じ色で塗られ、朝鮮半島は「朝鮮省」、西日本は「東海省」、東日本は「日本自治区」となっています。

海洋図は、第1列島線(日本列島、台湾、フィリピンを結ぶライン)内側が国防聖域、第2列島線(小笠原諸島、グアム・サイパン、ニューギニアを結ぶライン)までの制海権確保が前提になっています。これは、メルマガ299号(2013年11月13日)でお伝えしたA2AD(Anti Access Area Denial、第2列島線内には接近させず、第1列島線内への侵入は拒否する)そのものです。

1980年代、当時の劉華清海軍総司令官が海軍長期計画を公表。その計画によれば、2010年までに第1列島線内の制海権を握り、東シナ海、南シナ海を内海化。20年までに第2列島線内の西大西洋の制海権を確保。40年までには太平洋、インド洋において米海軍と制海権を競い合い、50年には世界規模の海上権力を掌握するという構想でした。

3.GPT

中国が世界宇宙強国を実現し、「100年マラソン」を完走するためには、GPT(汎用目的技術、General Purpose Technology)において主導権を握れるか否かにかかっています。

GPTとは、補完的な発明を連鎖的に生じさせる基本的な発明や技術のことを指します。新たなGPTが登場すると、あらゆる産業や製品に影響を与えます。

過去、世界の覇権国家は産業革命の流れと密接に関係しています。いずれの覇権国家も、GPTの主導権を握ったことが、その後の覇権につながりました。

第1次産業革命では、蒸気機関がGPT。蒸気ポンプや蒸気機関車が生産現場や交通インフラに登場し、近代化が加速。蒸気機関導入を主導した英国が世界を席巻しました。

第2次産業革命では、電気モーターと内燃機関がGPT。工場に電気モーターが普及し、内燃機関の副産物としての自動車が登場。米国が主導しつつも、ドイツも先導的立場にあって米国と拮抗。このことも第2次世界大戦の遠因と言えます。

第3次産業革命のGPTは言うまでもなくコンピュータ。これも米国が主導権を握り、様々なIT製品やインターネット等の通信網を発展させ、IoT(モノのインターネット接続)、3Dプリンター等の革新的技術や製品につながっています。

そうした中、ドイツは2011年に「インダストリー4.0」という第4次産業革命を展望する国家目標を決定。その中核には、機械が自ら学習し、機械同士がコミュニケーションをとる「スマートファクトリ」(考える工場)を実現するという内容が含まれています。

第4次産業革命が起きようとしているとの認識は世界的に共有されつつありますが、その際のGPTは何か。それがポイントです。歴史に照らせば、中国がその主導権を握れば、世界宇宙強国が実現し、「100年マラソン」も完走するでしょう。

米国やインド等が中国に対抗しようと思えば、それらの国もGPT主導に取り組まなくてはなりません。日本も同じです。

次のGPT。現時点ではAI(人工知能、Artificial General Intelligence)が衆目の一致するところ。AIと言ってもその概念は広く、GPTになり得るAIは何かがポイントです。

メルマガ387号(2017年7月4日)の復習ですが、AIには特定の作業や分野だけに対応する「特化型AI(Narrow AI)」と、総合判断のできる「汎用人工知能(Artificial General Intelligence、AGI)」に分かれます。

「特化型AI」は、例えば質問応答、ゲームプレイ、株価予測、自動運転、医療診断、商品推薦等々、特定の用途、応用に供する AI であり、既に相当数が実用化されています。

一方、「AGI」は人間のように広範な適応能力、多角的な問題解決能力を有し、設計時の想定を超えた能力を発揮するAIです。

さらに「弱いAI」と「強いAI」というカテゴリー分けもあります。メルマガ377号(2017年2月10日)でもお伝えしたとおり、「強いAI」とは米国の哲学者ジョン・サールによって提唱された概念です。

意識や自我を持つのが「強いAI」。しかし、AGIはそこまでは想定していません。したがって、AIは3段階、すなわち「特化型AI(NAIまたは弱いAI)」「汎用AI(AGI)」「強いAI」の3つに類型化できます。

AIは黎明期から漠然と人間と同等レベルに達することを目標としています。「特化型AI」は特定分野で人間の能力を超えつつあります。そうした中で「汎用」という性質は、引き続き総合的にはAIは人間に劣っているという前提で定義された目標水準と言えます。

GPTが「AGI」なのか「強いAI」なのか、あるいは「さらに異なる定義のAI」なのか。現時点では断定できませんが、第4次産業革命のGPTがAIであることは現時点での共通認識と言ってよいでしょう。

「マインド・アップローディング」という用語もあります。人間の意識をコンピュータ上にコピーするということです。

人間の脳内には約1000億個のニューロン(神経細胞)があり、ニューロン同士は約100兆個のシナプスによって接続され、シグナルを伝達し合っています。このような人間の脳神経系全てを再現することを「全脳エミュレーション(emulation)」と言います。

一方、新皮質、基底核、海馬などの脳の各部位毎の機能をプログラムとして再現し、それを結合する手法は「全脳アーキテクチャ(architecture)」。

「全脳アーキテクチャ」のうちは「AGI」にとどまりますが、「全脳エミュレーション」が実現すると「強いAI」が誕生するかもしれません。

「強いAI」は言わば「AIが人間を超える」こと。しかし、AIとは何か、人間とは何かという難問が突き当たります。「人間を超える」とは知的能力、知性のことなのか、それとも全人格のことなのか。興味が尽きないとともに、やや背筋が寒くなる話です。

いずれにしても、「AGI」または「強いAI」が第4次産業革命のGPTである可能性が現時点では高いと思います。AIを巡る世界各国の攻防から目が離せません。

米国、中国等、世界の主要国がどのような取組を行っているのか等々、この分野に関する情報収集が、国家にとっても、企業にとっても、非常に重要です。

日本がこの分野の人材育成、投資、情報収集等にリソース(予算、人材等)を惜しみ、他の無駄な政策に拘泥するようでは、日本の未来を悲観的に考えざるを得ません。

(了)

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