政治経済レポート:OKマガジン(Vol.376)2017.1.22

第45代トランプ米国大統領が誕生。大統領就任式を迎えたワシントンで、米国の警察官が米国民に催涙ガスを発射し、多くの拘束者を出している風景に、先行きの深刻さを感じざるを得ません。日本は、思慮深く、用心深い外交安保政策を追求しなければなりません。


1.独立した米国

ここ数年、「ユーラシア・グループ」というコンサルティング会社が公表する政治リスクに関する分析が関心を呼んでいます。

「ユーラシア・グループ」創設者は米国政治学者イアン・ブレマー。スタンフォード大学で政治学博士号取得後、1998年に同グループ創設。現在はコロンビア大学教授を兼務。

同社は国や地域の安定度を示す政治リスク指標「グローバル・ポリティカル・リスク・インデックス(GPRI)」を公表。各国の外交・市場・企業関係者等が注目しています。

毎年1月、同社は世界の10大リスクを発表。2011年には最大リスクとして「Gゼロ世界」という概念を提示。

主要国の利害調整の場がG7からG20へ移行。しかし、G20は実質的な問題解決能力がなく、国際社会のリーダーシップ不在の状況を「Gゼロ世界」と表現しました。

昨年(2016年)の10大リスク、第1位は「同盟空洞化」、第2位は「閉ざされた欧州」、第3位が「中国の占有スペース」。

中国の海洋進出等のリスクよりも、西側及び欧米諸国の同盟脆弱化のリスクの方が高いという見方でした。

欧州諸国のAIIB(アジアインフラ投資銀行)への出資、中国原発の採用、中国元建て債券発行や元建て金融市場創設の動き等、最近の欧州の中国への傾倒振りは「欧米」より「欧中」を選好している感があります。

米国もAIIBに出資こそしていないものの、IMFや世界銀行の元幹部である米国人のAIIBへの協力を黙認。国際金融機関の運営ノウハウを提供するのと同義であり、中国にとっては出資よりも有益な話です。

トランプ大統領はEUの難民受入政策を批判。メルケル独首相やオランド仏大統領が内政干渉であるとして激しく反発。まさしく「欧米」という表現で一括りにできない状況です。

もっとも、その欧州も英国のEU離脱決定で迷走。NATO(北大西洋条約機構)の一員である英国のEU離脱は「同盟空洞化」そのものです。

南シナ海では、米中緊張の一方で、一昨年の習近平・オバマ会談で大型商談成立。米国も「日米」よりも「米中」に傾倒し、同盟よりも実利優先の雰囲気を感じます。さて、トランプ大統領はどのように動くでしょうか。

こうした「同盟空洞化」に楔を打ち込む動きが中国の「一帯一路」構想。太平洋を挟んだ日米主軸のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、大西洋を挟んだ欧米主軸のTTIP(包括的投資貿易協定)に対抗し、アジアと欧州を巻き込んだ中国主軸の経済連携構想です。

「自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る国」はありません。「欧中」「米中」構造が静かに進行し、「気がついたら日本が取り残されていた」という展開が最も滑稽で悲劇的。

米国は同盟国、英独仏等の欧州主要国は西側友好国。しかし、米国や欧州諸国が中国とどのような対話を行っているのか、どのような関係にあるのか、日本は全て知らされているわけではありません。

思慮深く、用心深い外交安保政策。日本に求められる基本姿勢は明々白々ですが、どうもそうなっていないような気がします。短絡的で情緒的な指導者は国に悲劇をもたらします。

「ユーラシア・グループ」選定の2017年10大リスク、第1位は「独立した米国」。

トランプ大統領の同盟国、友好国に対する容赦ない「口撃」を聞くと、従来的な感覚で「日米欧」を括って語ることはもはやできません。まさしく「独立した米国」。

ティラソン国務長官、ムニュチン財務長官を筆頭に、ロシアや中国とビジネスを行っていた経営者や金融証券界関係者が政権中枢を占めました。

「独立した米国」の新政権の実態に関する情報を収集・分析し、思慮深く、用心深く対応を検討することが必要な局面です。

2.主客転倒

「独立した米国」が誕生した背景をどのように理解すべきか。かつてのソ連に準えて考えると意外に腑に落ちます。

東西冷戦末期、ソ連は軍事的・経済的負担に疲弊し、従属させていた国々への統制が脆弱化。従属国の離反に対して強制力を及ぼすことが困難になりました。

その顛末が「ベルリンの壁」崩壊と東欧諸国での政変。ソ連自身も崩壊し、独立国家共同体(CIS)となりました。

主従関係にあった「従」国家が離反し、「主」国家が崩壊したパターンです。

翻って米国。もちろん、ソ連と単純比較はできませんが、西側諸国を、米国を「主」とする「従」国家の連合体に準えて整理してみます。

つまり、「主」国家が様々な負担を我慢して「従」国家の面倒を見てきたものの、もはや限界。「主」国家が逆切れし、それを率直に主張したトランプが大統領に当選。「従」国家の面倒を見ることを放棄し、自らの利益を追求し始めたという構図です。

まさしく「独立した米国」。しかし、「従」国家側から見ると身勝手な主張に聞こえます。その理由は前段で示した「自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る国」はないという現実です。

米国が日本や欧州諸国の経済的・軍事的支援を行い、負担を甘受してきたのは、それが「米国の利益」に適うからです。

しかし米国自身(またはトランプ及びトランプ支持者)は、その負担は自己犠牲的なものと捉えています。

民主主義を守り、自由貿易を守るため、「世界の警察官」「自由経済の守護神」としての米国の自己犠牲に基づく負担という認識です。

ダボス会議で中国の習近平主席が自由貿易とグローバリゼーションの擁護を訴え、トランプ大統領が就任演説で保護主義とナショナリズムを訴えるという構図。主客転倒です。

この間、米国と中国の関係も大きく変質。中国は2000年にWTO(世界貿易機構)に参加。形式上は自由経済の一員となりました。

それを受け、2001年から米中首脳間の戦略対話を開始。陸海空及び海兵隊の4軍首脳会談も毎年開催しています。

2007年の海軍首脳会談で、中国がハワイを境界線として太平洋を東西分割統治することを提案したという情報が流れました。

当初は噂の域を出ませんでしたが、翌2008年、首脳会談に出席した海軍のキーティング司令官が事実であると議会証言。

もちろん、米国は相手にしなかったということですが、真実とその後の展開は当事者である米中両国関係者しかわかりません。

「欧中」「米中」構造が静かに進行し、「気がついたら日本が取り残されていた」という展開が最も滑稽で悲劇的。

政治や経済の動きの背景で何が起きているのか。固定観念やイメージ論に囚われず、徹底した情報収集と分析に努めるべきです。

2017年の政治リスク第1位の「独立した米国」。南シナ海での米中空母艦隊の神経戦も、その前提として米中間でどのような話し合いが行われているのか。

短絡的、情緒的に考えることなく、思慮深く、用心深く、情報収集と分析を進めなければなりません。

3.グローバリゼーション・パラドックス

トランプ大統領の就任演説の中盤、次のような一節がありました。

We will follow two simple rules. Buy American and hire American. これからは、2つの簡潔な原則に従っていく。米国製品を買い、米国人を雇う。

世界各国は貿易や投資を通して相互利益を追求してきました。「比較優位」という経済原理を介し、お互いに得意な製品やサービスを提供し合ってきました。

しかし、国家間には国境と通貨(為替)という壁があり、時によって貿易に不平等感、不公平感、不公正感が伴います。

トランプ大統領は、米国の工場が国外に移転し、国境が存在しないかの如く、生産現場や雇用が海外に流出していると指摘。

つまり、米国は貿易によって割り負けており、世界の貿易構造は米国にとって不平等、不公平、不公正と断じ、工場を米国内に戻し、米国製品を買い、米国人を雇う、ということを宣言しました。

しかし、貿易や投資を極力自由化し、相互利益を追求するという「グローバリゼーション」を世界に広めてきたのは、他ならぬ米国自身。不条理、不可解です。

こうした状況を理解し、今後の展開を考えるうえで、「グローバリゼーション」と「インターナショナリゼーション」の違いを認識しなければなりません。

後者は「国際化」と訳して正解。一方、前者を「国際化」と訳すことは不正確です。あえて訳せば「世界化」「世界一体化」。

その違いを認識するには、1648年のウェストファリア条約の歴史的意味を知る必要があります。すなわち、同条約以前には近代的な意味での「国家」概念は確立しておらず、同条約以降、貿易や戦争が「国家」単位で行われるようになりました。

「国家」間で様々な交渉が行われるので、インターネイション(国家間)、インターナショナル(国際的)、インターナショナリゼーション(国際化)という概念が誕生。

「国際化」の流れは同条約以降、今日まで継続。しかし、その流れに構造的変化をもたらしつつあるのが「グローバリゼーション」です。

グローバリゼーションの主役は国家ではなく、国境に囚われない多国籍企業や投資家、国境に囚われない経済や文化等の動向です。

この点に関し、かつて興味深い本を読みました。プリンストン大学、ダニ・ロドリック教授の「グローバリゼーション・パラドックス」。

ロドリック教授は、グローバリゼーション、国家(自己決定権)、民主主義の3つは同時に満たすことのできない「トリレンマ」と結論づけています。

グローバリゼーションと国家という組み合わせの下では、各国は熾烈な競争を余儀なくされ、時に各国の自己決定権が侵害されます。太平洋のTPPや大西洋のTTIP、米州のNAFTA(北米自由貿易協定)等が典型例です。

グローバリゼーションと民主主義の組み合わせの下では、超国家的な国際組織が物事を決定。究極的には世界政府のような存在が必要になります。EUはそのプロトタイプです。

国家と民主主義の組み合わせは現代国家そのもの。その下での「インターナショナリゼーション」は「国際化」すなわち国家間交渉。それを超える超国家的な動きが「グローバリゼーション」です。

それを推進してきたのは米国というのが一般的認識でしたが、その米国自身が「グローバリゼーション」にストレスを感じ、「アメリカ・ファースト」を主張し始めたということは、「グローバリゼーション」の推進者は米国以外の誰かということになります。

現実的な唯一の解決策は「適度なグローバリゼーション」を国家及び民主主義と共存させることですが、それは「国際化」と同じようにも思えます。

あるいは、「適度なグローバリゼーション」と「国際化」は何が違うのか。この点を突き詰めることが解決策のヒントと言えます。

不条理、不可解を感じるのは、グローバリゼーションの恩恵を受けてきた経営者のひとりであるトランプ自身がグローバリゼーションを否定し、トランプ以上にグローバリゼーションの恩恵に浴してきた投資家や金融証券界出身者を政権入りさせていることです。

2017年、波乱の船出の米国。トランプは「グローバリゼーション・パラドックス」を煽って「独立した米国」の大統領となりましたが、自らの主張や政権幹部の抱える不条理、不可解は「トランプ・パラドックス」。

米国は混迷し、制御不能の状態になる危険性を高めています。

(了)


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