豪雨・洪水被害に遭った皆様にお見舞いを申し上げます。救助・復旧・復興に国会も全力で取り組まなくてはなりません。欧州では難民問題が深刻化。とくに、内戦が泥沼化しているシリア難民への対応が急務。メルマガ読者からシリアの内戦と難民問題について取り上げてほしいとのご要望がありましたので、今回はその話題をお伝えします。
シリア内戦による死者は既に30万人以上。内戦を逃れて国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に登録されたシリア難民は8月末現在で約410万人。総人口の約2割です。
トルコ、ヨルダン等、周辺国の難民キャンプに避難していたものの、生活環境悪化等から、欧州諸国に移動し始めています。
「内戦」と聞くとシリア人同士の紛争と思いがちですが、実際は、国内外勢力入り乱れての代理戦争と無秩序状態。政府、反政府組織、過激派、少数民族、諸外国が敵味方判別不能の戦闘状態。
シリアのアサド大統領は現状を「内戦」ではなく「真の戦争状態」と表現。UNHCR特使の米女優アンジェリーナ・ジョリーはシリアの状況は「21世紀最悪の人道的危機」として、警鐘を鳴らしています。
シリア内戦の端緒は2011年1月。もちろん、チュニジアとエジプトで起きた「アラブの春」の影響です。アラブ各国で不満を蓄積した市民の抗議デモが頻発し、「アラブの春」が連鎖。シリアも例外ではありませんでしたが、シリア固有の事情から、市民の抗議デモは「内戦」へと激化していきます。
根本的原因は親子2代にわたるアサド政権の圧政。端緒は1963年、アラブ社会主義バアス党が政権奪取。1971年、アサド父が大統領に就任。2000年にアサド息子が大統領を継ぎ、世襲によって権力を独占。
バアス党は「アラブ民族主義」を提唱。シリアは多様な宗教や宗派を抱える国であるため、アサド政権は「アラブ」という単位に求心力を求めました。
アラブ民族主義はアラブ世界統一を目指すイデオロギーに転化。同じ「アラブ人」として、宗教・宗派・出身地等の差異を乗り越え、シリアを結束させることを企図。
こうした主張の結果、アラブ世界に居座るイスラエルとの対立は必然。シリアは4度の中東戦争を戦い、現在も対イスラエル戦時体制下。1967年の第3次中東戦争でイスラエルに奪われたゴラン高原奪還はシリアの悲願です。
アサド政権は、アラブ世界統一とイスラエル殲滅という2つの大義による求心力維持に腐心してきましたが、「アラブの春」を契機に、圧政下の腐敗横行、自由制約、生活苦や貧困等に対する不満が高まり、市民の抗議デモが飛び火したという経緯です。
アサド政権は抗議デモを弾圧。その結果、抗議デモ発生から2ヶ月後にはアサド政権打倒運動に発展。デモ隊と治安部隊及び政権支持者との衝突が発生。2011年8月には「血のラマダン」と呼ばれた激しい弾圧が行われました。
この頃を境に、シリア情勢は「衝突」から「内戦」へ激化。反政府勢力は好戦的なメンバーや軍の離反兵士が中心となり、2011年9月には武装集団「自由シリア軍」を結成。
エジプトやチュニジアでは軍が政府の命令に背き、市民弾圧を拒否し、「アラブの春」を後押し。シリアでもそうした展開が予想されましたが、シリアの「正規軍」はアサド大統領の親族や側近が率いる忠誠心の高い親衛隊。逆に「自由シリア軍」を圧倒しました。
しかし「自由シリア軍」も予想外に善戦。2012年後半には攻勢に転じ、首都ダマスカスと第2都市アレッポに到達。シリア内戦は徐々に複雑化していきます。
「自由シリア軍」攻勢の背景には、アサド政権打倒を目指す内外勢力からの武器供与等の支援が寄与。具体的には、米英仏独等の欧米諸国、サウジアラビア、カタール等の湾岸諸国、そして南部シリアと国境を接するトルコです。
一方、ロシア、中国はアサド政権を支援。両国の動きの遠因は30年前の国際政治に遡ります。
1978年、エジプトがイスラエルと単独和平合意(キャンプ・デーヴィッド合意)。1979年、イランでイスラム革命が発生。イランは「親米・親イスラエル」から「反米・反イスラエル」へ大転換。
イスラエルと戦争状態にあったシリアは革命イランに接近。シリアにとって敵(イスラエル)の敵(イラン)は味方。イラン・イラク戦争(1980年から88年)とレバノン戦争(1982年から85年)等を通してイランとの関係が強化されました。
つまり、イスラエル・米国に対峙する主役が「エジプトを盟主とするアラブ諸国」から「イラン・シリア同盟」に代わったということです。
この変化は、当然のように、中東でのイスラエル・米国の覇権拡大を望まないソ連(ロシア)・中国のイラン・シリアへの接近をもたらしました。
シリアがレバノンやトルコと国境を接しているという地政学的事情も内戦を複雑化。レバノンと敵対するイスラエルは、シリアによるレバノンへの武器供与・輸送を阻むためにシリア国内を空爆。NATO(北大西洋条約機構)加盟国トルコは、シリア内戦の影響が越境しそうになると武力で応酬。
さらに、サラフィー主義者の台頭も影響します。サラフィー主義は「厳格主義」とも言われ、行動規範を初期イスラム(サラフ)思想に求める運動です。シリア内戦が始まると、国外から武装した過激なサラフィー主義者が流入しました。
サラフィー主義者は2011年末頃から「ヌスラ戦線」等を組織し、「ジハード(聖戦)」を展開。かつて「ジハード」はアフガニスタン、イラク、リビア等で目立っていましたが、現在はシリアで多発。敵はアサド政権です。
「アルカーイダ」や「IS(イスラム国)」等の参入もシリア内戦を複雑化。これらの組織は当初、シリア反政府勢力から歓迎されていたようですが、やがて組織間の勢力争いに発展。2013年頃から「自由シリア軍」等と交戦するようになり、関係悪化。ここでも、敵味方相入り乱れています。
シリア北東部のイラク国境付近では、サラフィー主義者と少数民族クルド人との衝突も勃発。クルド人は政府軍やアルカーイダを襲撃し、事実上の自治領を確保。その背景にはレバノンのヒズボラ(シーア派原理主義政党)の加勢もあるようです。
過激派組織と対立するようになった欧米諸国や反政府勢力は、アサド政権退陣を要求しなくなるという奇妙な構図に至り、シリア内戦は敵味方判別不能の混沌が続いています。
さらに、亡命在外シリア人勢力も参入。シリア内戦を祖国復帰・政権奪還の好機と捉え、国外から干渉。反政府勢力に武器供与や資金支援を行っていますが、亡命在外勢力同士の抗争も起きています。また、アサド大統領はシーア派。反政府勢力はスンニ派。宗派対立の様相も呈しています。
いずれにしても、シリア内戦は混沌とした「真の戦争状態」であり「21世紀最悪の人道的危機」。何が正義で何が悪か、判別困難です。結局、無垢の市民や弱者が難民化せざるを得ない状況となっています。
欧州諸国への難民流入が増加している背景にはいくつかの理由があります。第1に、難民キャンプの環境悪化と難民増加。
第2に、欧州諸国に入国しにくくなる可能性があること。欧州諸国では難民受け入れに批判的な世論もあり、国境移動の自由を保障するシェンゲン協定(1985年)見直しを求める声が出始めています。
第3に、他の中東諸国、とくに湾岸協力会議(Gulf Cooperation Council<GCC>)加盟6か国(バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)が難民受け入れに消極的であること。
スンニ派GCC諸国はシーア派イランの支援を受けるシリアと対立しており、シリア反政府勢力を支援。資金や武器等を供与しているようです。
しかし、シリア難民に過激派組織のテロリスト等が紛れている危険性を懸念。また、UAEやカタール等の小国は人口が少なく、既に自国民を上回る数百万人の外国人労働者を受け入れていることから、難民受け入れには否定的です。
さて、難民の多くは、セルビア、ハンガリー、ドイツ、オーストリアというルートで欧州を目指しています。
人口993万人のハンガリーには、今年既に15万人以上の難民が流入。ハンガリーは南接するセルビア国境の監視を強化。警察官約2000人を配置し、軍投入も検討。越境防止フェンス(高さ4メートル)を乗り越えた者は逮捕する方針を表明しています。
難民の多くはハンガリー経由のドイツ入りを希望。経済が堅調で難民受け入れに寛容であるドイツでは、難民への住宅や食料の提供に加え、子供の学校通学も認めています。ドイツの今年の難民受け入れ数は8月末で既に40万人以上。
ドイツとオーストリアは緊急人道措置として、ハンガリーを通過した難民の受け入れを決定。電車やバスを用意しました。ハンガリーも難民のドイツ、オーストリア入りを黙認。ブダペストとミュンヘン、ウィーンを結ぶ国際列車が難民を運んでいます。
ドイツ政府は難民急増対策として、避難所設営、職業訓練、語学教育等のために100億ユーロ(約1兆3000億円)を拠出する方針を決定。太っ腹です。
もっとも、メルケル首相は欧州各国での難民受け入れの分担を主張。また、人道的援助が必要な難民と、経済難民や不法移民とを区別することも検討しているようです。
英国キャメロン首相は、今後5年間で最大2万人のシリア難民の受け入れを決定。シリア国境付近の避難所の子どもや孤児を優先して受け入れる方針を明らかにしました。
既に欧州各国入りした難民の受け入れには否定的。これを認めると、さらに難民が欧州各国に流入するからでしょう。シリア周辺の難民キャンプで待機することを促しています。
また、2017年までに実施予定のEU離脱の是非を問う国民投票もキャメロン首相の姿勢に影響しています。首相はEU離脱反対の立場。難民受け入れに慎重な世論が根強い中、EU内から難民を受け入れれば、EU離脱派が勢いを増すと考えているようです。
キャメロン首相は先月、空軍無人機(ドローン)がシリアで初めての空爆を行ったことを公表。英国人の過激派戦闘員が対象です。
英国はイラクでの米国等有志連合による空爆には参加していますが、シリア空爆は議会が未承認。キャメロン首相は本国でのテロを計画していた戦闘員が対象であり、空爆は自衛措置であり、合法だと説明しています。凄い理屈です。
フランスのオランド大統領は、先週、ISを対象としたシリア国内での米軍等有志連合による空爆に参加の意向を表明。
フランスはこれまで、シリア空爆はISと敵対するアサド政権を利するとして不参加。しかし、シリア難民流出抑止のために内戦収束を目指すという理屈で方針転換。これも凄い理屈です。真相は、アサド政権に近いイランやロシアとの関係強化が狙いのようです。
また、米英がIS対応に関してアサド政権と協力関係となったため、フランスだけがアサド政権排除に固執する意味がなくなりつつあるようです。敵味方の区別がつきません。
欧州以外に目を向けると、既にシリアやイラクからの約5000人の難民を受け入れている豪州が難民受け入れ数拡大を表明。
アボット首相は担当閣僚をジュネーブに派遣し、UNHCRと協議入り。報道によれば、アボット首相は「世界で危機が起きれば力強く、寛大に対応する。それが豪州のやり方だ」と発言。頭が下がります。隣国ニュージーランドも、シリア難民を今後2年間に750人受け入れることを表明。
さて、日本はどうでしょうか。昨年の難民申請数5000人に対し、受け入れは11人。シリア人難民は申請60人に対し、受け入れは僅か3人。
某首相が積極的平和主義と嘯(うそぶ)いて、有志連合空爆の後方支援等に参画することがないことを祈ります。外交下手の日本が、敵味方判別不能の混沌とした中東情勢を渡り歩くことは不可能です。
一方、積極的平和主義を主張するならば、難民問題に向き合うべきでしょう。ドイツにできることが、なぜ日本にできないのか。指導者の自覚と国民の寛容が問われる時代です。
(了)