政治経済レポート:OKマガジン(Vol.288)2013.5.30


前号では国会で南海トラフ三連動地震への対策法案が審議されることをお伝えしました。防潮堤などのハード(公共投資)面の対応のみならず、避難指示や救援体制などのソフト面の対応が急務。加えて、耐震性に懸念のある建物への対応も急がれます。


1.既存不適格

耐震化対応が急がれる代表的建物が老朽化した分譲マンション。東京では人口の約25%、大阪では約20%が分譲マンションで暮らしています。

全国の分譲マンションは約600万戸。そのうち、現在の耐震基準(1981年)以前に建てられた物件は約110万戸。築40年超の物件は約32万戸。10年後には築40年超の物件は4倍に増加。建て替え等の対応が急がれます。

しかし、建築時より厳しくなった規制が障害となって、建て替え計画が暗礁に乗り上げている物件が少なくありません。

「既存不適格」は建築時に適法であった建物が、その後の法令改正によって不適格となった事態を指しています。原因は様々。

例えば道路の幅員。大正時代の市街地建築物法では、建築物は2.7m以上の道路に接していることが条件。現在の建築基準法では4m以上。古い市街地等では4m未満の道路に接したままの建築物も多く、「既存不適格」。 用途変更も一因。所在地が住居専用地域に変更になったことよって「既存不適格」となった工場が全国に散在しています。

分譲マンションに多いのは日照権に伴う「既存不適格」。1976年の建築基準法改正で日影規制(日照権)が導入され、それ以前に建築された物件の一部は日影規制の「既存不適格」。

さらに、耐震基準が1981年に大改正されたため、旧基準下の建物は「既存不適格」。したがって、耐震基準の「既存不適格」物件を建て替えたいものの、ここで障害になるのが容積率規制の「既存不適格」。

かつて建物のボリューム(大きさ、容量)は高さで規制。しかし、1968年の建築基準法改正によって規制基準を容積率に変更。このため、建築後に導入された容積率上限をオーバーしている物件は「既存不適格」。

耐震基準の「既存不適格」を是正する対応が、容積率規制の「既存不適格」によって妨げられるという不条理な現象が起きています。

2.不利益変更

耐震化のために分譲マンションを建て替えるには2つのハードルを越えることが必要です。ひとつは住民合意。

住民合意は簡単ではありません。容積率規制が建築当時より厳しくなったため、元の床面積が確保できない物件が多いためです。

1973年の新都市計画法に基づいて各都市は容積率上限を引き下げ。概ね600%だったものが500%になっています。

つまり、建て替えの際に戸数を2割減らして一部の住民が転居するか、各戸の床面積を2割小さくするという計算。これでは住民合意は困難。

もうひとつは建て替え資金。合意が成立しないうえに、資金も確保できなければ、「既存不適格」物件の耐震化は進みません。

築40年超の物件で建て替えが行われたのは約200。容積率に余裕があった公営物件がほとんどです。つまり、容積率の余裕分を使って以前よりも大きく建て替え、増えた部屋(余剰床)を売却して建設費の一部を捻出。住民の資金負担軽減に寄与しています。

それにしても、建築時に「OK」だったものが、建て替え時に「NO」になるということは、住民にとっては「不利益変更」が行われたということです。

行政が「不利益変更」を行うには合理的理由が必要です。また、かつて「OK」だったものが「NO」になるという現象は「法の不遡及原則」にも抵触します。

「法の不遡及原則」によって「既存不適格」の放置を認めるのは、社会的混乱を防ぐための方便。しかし、人命に係る事案ではそうもいきません。

「遡及適用」が求められた事案は1974年の消防法改正。公共性の高い建築物(旅館、ホテル、デパート、病院、地下街等)については、新基準に適合することを義務化した「遡及適用」規定が初めて設けられました。火災の被害が相次いだ結果であり、やむを得ない対応でしょう。

耐震基準の「既存不適格」物件の建て替えは人命に係ること。消防法と同様の対応を求めたいところですが、それが容積率規制の「既存不適格」に阻まれているということです。

3.公権と私権

ところで、容積率上限の変更は対象物件の財産的価値を変動させます。また、隣接道路を拡幅したり、周辺地域のインフラ整備によっても物件の財産的価値は影響を受けます。

自治体は都市計画や街づくりに際して容積率を変更することができます。また、任意の判断で公共投資を行えます。つまり、行政行為によって私有財産が影響を受けるということです。

行政行為は公権、私有財産は私権。公権と私権のバランスの問題です。

耐震基準の「既存不適格」を是正することの障害となっている容積率規制の「既存不適格」を乗り越える工夫として、「総合設計制度」という仕組みがあります。

敷地内に一定規模の「公開空地」を確保すれば容積率が緩和されるというものです。「公開空地」とは誰もが自由に使用できる空間。これを敷地内に設けることで容積率が緩和されます。

「総合設計制度」は有用ですが、条件を満たせば基準を変える、例外を認めるということは、その基準自体(この場合は容積率規制)が絶対的価値判断に基づくものではないことの証左。弾力的な対応が求められます。

この点に関する規制緩和は、筆者が内閣府副大臣として規制改革を担当していた時も議論になりましたが、まだ結論が出ていません。現政権でも今夏に結論を出すべく議論を進めているそうですが、国交省は前向きではないようです。

「総合設計制度」の許可を巡り、自治体が周辺住民から訴えられる事案が相次いでいること等が影響しています。

しかし、ことは災害に備えた対応。建て替える分譲マンションの一部を災害時の避難所に活用するなど、周辺住民にも有益な計画とすることを条件に一層弾力的に対応(公権行使)することも一案です。周辺住民にも柔軟な発想が求められます。公権と私権のバランスの問題です。

少し話は変わりますが、「3本の矢」によってインフレを目指す公権行使によって預貯金等の金融資産(私権)が目減りします。私権の財産的価値を変動させる公権行使には、合理的理由と説明責任、結果責任が求められます。

ところで、先日、安倍首相が財政健全化を「4本目の矢」と表現。「既存」の「3本の矢」、とりわけ「異次元緩和と財政超拡大」の「2本の矢」は「財政健全化」に逆行します。

にもかかわらず、「財政健全化」をこれらと同列に表現したことに論理的理解の不十分さを感じます。「4本目の矢」を追求するならば、「既存」の「2本の矢」は適格性を失い、言わば「既存不適格」。

政治の世界は時として不条理、不合理なことが起きますが、経済の世界では中長期的には理に適ったことしか起きません。「既存不適格」とならないことを祈ります。

(了)


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