今月に入って日米欧の金融政策の大きな変更が相次いでいます。複数の読者から「一連の動きを解説してほしい」とのご要望がありましたので、今回のテーマは金融政策。マクロ経済政策は「財政政策」と「金融政策」から構成されています。両者は密接不可分な関係にあることを前提としつつ、以下をお読みください。
9月13日、米国の中央銀行であるFRB(米連邦準備制度理事会)が量的緩和の第3弾、通称「QE3(キューイースリー)」を決定。
「QE」と言えば、一般的には豪華客船「クィーンエリザベス(Queen Elizabeth)号」を思い出すのがふつうです。しかし、ここでの「QE」は一般には馴染みの薄い金融政策のマニアの言葉。
かつては「QE」と言えば「国民経済計算速報(Quick Estimation)」のこと。つまり、GNP(国民総生産)やGDP(国内総生産)の速報のことを「QE」と呼んでいました。
それでは、金融政策における「QE(量的緩和、Quantitative Easing)」という新語が使われ始めたのは何時からでしょうか。
今を遡ること5年前、サブプライムローン危機(低所得者向け住宅ローンのバブル崩壊)後の不況対策として、米国政府は大規模な財政出動を実施。
財政出動だけでは景気後退と金融危機に対処できないと判断したFRB。相次ぐ利下げを経て、とうとう実質ゼロ金利に突入。
それでも事態が好転しなかったうえ、2008年9月にはリーマンショックが発生。さらなる深刻な金融危機に直面し、同11月、FRBは量的緩和(QE)に踏み切りました。この時から「QE」という用語が新聞紙上やテレビニュースで飛び交うようになったのです。
「QE1」は量的緩和第1弾。FRBは2008年11月から2010年3月にかけて1兆7000億ドルの金融資産を購入。
「QE2」は量的緩和第2弾。同じくFRBは、2010年11月から2011年6月までに6000億ドルの米国債を購入。
そして今回の「QE3」。FRBが住宅ローン担保証券(MBS)を毎月400億ドル購入することを決めたほか、実質ゼロ金利も2015年半ばまで継続することを宣言。従来は2014年末までと言っていましたので、半年間延長です。
「QE3」が効果を発揮するかどうかは誰もわかりません。何しろ、ゼロ金利や量的緩和という手段は、かつての金融政策の教科書には出ていなかった新機軸。
つまり、従来型の財政出動や金融緩和が効果を発揮しない限界状況の中で生まれた「非伝統的金融政策」ということです。
だからこそ、米国内外の政策関係者やマスコミはFRBの動きを「未踏の領域」へ突入と表現しています。
この「QE」。元祖というか、本家本元、老舗は日本です。
バブル崩壊後の1990年代の不況とデフレ、金融危機を乗り切るため、当時の日本も大規模な財政出動と金融緩和を断続的に実施。
しかし、思うような効果が現れない中、金融政策を担当する日本銀行(BOJ)は1990年代後半から実質ゼロ金利まで利下げ。2000年代に入ると量的緩和にも踏み切りました。
その状況は今でも続いていますが、当初と比べると、ひとつ大きな変化が生じています。それは、仲間が増えたことです。
かつて、ゼロ金利と量的緩和を行っていたのは日本だけ。欧米主要国は「日本の金融政策は異常だ」と揶揄(やゆ)していましたが、今やFRBも欧州中央銀行(ECB)も同じ状況。日米欧は仲間になりました。
欧州諸国もサブプライムローン危機、リーマンショック後の不況と金融危機に対処して大規模な財政出動を実施。それ以前からの放漫財政も影響して、こうした動きが欧州財政危機を誘発。財政が限界に直面する中、ECBも「QE」の領域に突入しました。
仲間ができたことで、今や日米欧が量的緩和を競う「QE」レースが激化。
日米欧が非伝統的な金融緩和、つまり超金融緩和である「QE」を行うことで、相対的に金融緩和効果の強い通貨が下落。
円、ドル、ユーロの相対的な為替水準の変動は各国の輸出や景気に影響を与えます。だからこそ、お互いの動きを睨みながら、カウンター的な政策行動をとらざるをえません。
9月6日、ECBは債務危機に陥ったユーロ圏諸国の国債の無制限買入れを決断。PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)諸国等への財政支援に対する世論の反発が強いドイツの反対を押し切っての大胆な決定。「ビッグ・バズーカ(強力な大砲」とも表現されています。
ECBの「ビッグ・バズーカ」を受けたFRBのカウンターが9月13日の「QE3」。もちろん、ECB、FRBそれぞれの事情は微妙に異なる部分もあります。
ECBは財政危機への対応。一方、FRBが気にしているのは「厳しい雇用情勢」と「財政の崖」。
FRBの政策目的には「雇用の最大化」も明文化されていることから、8%台の失業率が続く雇用情勢への対応はFRBの責務。9月7日に発表された雇用統計が悪化したのを受けた機敏な動きです。
米国の「財政の崖」は欧州の財政危機とは背景が異なります。ブッシュ前大統領時代に始まった減税(約2000億ドル)が今年末に終了。国民にとっては増税と同じ効果。また、財政赤字削減のため来年初めからの強制的歳出削減が決まっています。
この増税と歳出削減の規模は年間約5600億ドル(約45兆円)。毎年約1兆ドル(約80兆円)の財政赤字が発生する米国にとっては財政健全化に資する面はあるものの、あまりにも急激な変化であることから「財政の崖」と表現されています。
FRBの「QE3」は、「雇用の最大化」と「財政の崖」の影響を緩和することも企図したものと言えます。
さて、9月6日のECBの「ビッグ・バズーカ」、9月13日のFRBの「QE3」を受けたBOJのカウンターは9月19日でした。
量的緩和のために設けられた資産買入基金の枠を10兆円増額(総額80兆円)。資産買入れ時の下限金利(年0.1%)も撤廃。
市場では、BOJは10月末に公表する3カ月ごとの見通し(「経済・物価情勢の展望」通称「展望レポート」)のタイミングに合わせて政策変更すると予測していたことから、今回の動きは「ややサプライズ」。
効果のほどはもう少し様子を見なければわかりませんが、ECB、FRB、BOJが典型的な「QE」レースを演じたと言えます。
中でも、いつも対応が後手に回りがちなBOJ。「ビッグ・バズーカ」と「QE3」に間髪入れずにカウンターを繰り出したことは、今までの動きと少し違う印象を受けます。
その原因はわかりませんが、最近、BOJの政策決定会合(正副総裁を含む9人の審議委員による合議制<多数決>)に2人の新しい審議委員(佐藤健裕氏、木内登英氏)が加わったという「変化」があったことは客観的事実です。
政策決定会合の議事要旨は約1カ月後に公表されます。先週議事要旨が公表された8月8日、9日は、佐藤氏、木内氏が加わって初めての政策決定会合。
発言者は特定できませんが、「包括的な金融緩和の実施から2年近く経過した段階でデフレを脱却できていない」、「為替相場への働き掛けなどインフレ期待を高める一段の工夫が必要」などの発言があったようです。
それ以前の議事要旨と比較すると、これらの発言は新しい審議委員の発言である蓋然性が高いと言えます。こうした発言や議論が、今回のカウンターの伏線として影響しているのかもしれません。
そもそも、佐藤氏と木内氏は、金融市場(マーケット)に精通した民間エコノミストとしてのセンスを期待されての登用。大いに活躍してもらいたいと思います。
「QE」レースは「未踏の領域」。過去の理論や考え方、前例主義やインクリメンタリズム(少しずつしか変化させない「増分主義」)に拘泥する思考パターン、行動パターンは、「未踏の領域」では役に立たないかもしれません。
デフレも円高も続いています。現に政策目標が達成されていないのに、これまでの思考パターンや行動パターンに拘泥し、「自分たちが正しい」と思い込むことは、「原子力ムラ」と批判されている原子力政策関係者の失敗と同じ構造かもしれません。
現に政策目標を達成できていない中、自分たちが「ムラの論理」、つまり「独善主義(ドグマ)」に陥っていないか、相当頭を柔らかくして自問自答することが必要です。
その専門性を備えていない場合は論外。政策決定会合は専門家によって構成されるべきです。説明を聞いて納得するだけなら、誰でもできます。
当面の課題は「外債購入」の是非。「ムラの論理」に囚われることなく、自由闊達で国益と国民の負託に応える議論を期待します。
日銀法40条2項には「為替相場の安定を目的とする外貨の売買は、国の代理人として行う」と記されています。
量的緩和を進めるうえでの購入対象として外債を選択する場合、その目的は「量的緩和」であって「為替相場の安定」ではありません。したがって、同条2項には抵触しません。
「実質的には為替介入と同じ効果を有するので同条2項に抵触する」という主張が従来の「ムラの論理」。いったい「ムラの論理」は誰のために、誰がそれを「絶対的真実」と決めているのでしょうか。
政策決定会合での自由闊達な議論を期待します。但し、法律の最終解釈権は政策決定会合にはないことをわきまえなくてはなりません。もちろん、財務省にも内閣法制局にもありません。なぜなら、この条文に「絶対的真実」はないからです。
(了)