航空自衛隊の次期主力戦闘機(FX)はF35(ロッキード・マーチン社)を採用する方向となったようです。F35はレーダーに捕捉されにくいステルス機。中国空軍が最新の第4世代機導入を進める中、日本にとって防空能力向上は喫緊の課題。「社会保障と税の一体改革」など、内政面の重要課題も山積していますが、外交・安全保障分野でも大きな変化が起きています。
12月14日、米国オバマ大統領はノースカロライナ州フォート・ブラッグ陸軍基地で演説し、「イラク戦争終結」を宣言。米国の対イラク戦争は8年9か月で幕を閉じました。
2007年のピーク時には約17万人に達したイラク駐留米軍。最後の部隊約4千人は年内にもイラクから撤退します。
2003年3月の開戦以来、約4500人の米兵、約11万人のイラク国民の犠牲を伴ったイラク戦争。その評価は後世に委ねられますが、オバマ大統領は「我々は、国民によって選ばれた政府を持つ、独立し、安定し、自立した国家をイラクに残した。これは多大なる成果だ」と演説しました。
イラク戦争終結宣言に先立つ2週間前、12月1日にクリントン国務長官がミャンマーを訪問。ミャンマー政府が民主的改革を進めれば、米国による対ミャンマー経済制裁を解除する用意があることを示唆しました。
さらにそれに先立つこと2週間前、11月17日にオバマ大統領はオーストラリア北部のダーウィン豪空軍基地を訪問。今後、同基地に米海兵隊約2500人を駐留させる計画を発表しました。
米国の安全保障戦略は明確かつ計画的に転換し始めました。2000年代初頭の10年間、9.11を契機に中東重視、対テロ戦争を明言した米国。しかし、アフガニスタン・イラク戦争が終結したことから、対テロ戦争も終わりました。
今度は、インド洋、西太平洋を中心とする海洋安全保障の重視に転換。こうした変化は、言うまでもなく、過去10年の中国の急速な経済的、政治的、軍事的プレゼンス拡大に伴うものです。
中国の南下政策に対して、南から北に向かってグッと「のど輪」を押し付けるような中国シフト。あるいは、中国の南下を防ぐ封鎖戦略と言ってもいいでしょう。
中国は東シナ海、南シナ海の海洋権益への関心を隠さず、顕著な軍事行動をとっています。また、直接インド洋に抜ける陸路を確保するため、ミャンマーへの関与も強めています。
海洋安全保障に舵を切った米軍にとって、海軍はアジア太平洋艦隊の様相を呈しています。一方、12月1日の中国新華社系新聞が「中国海軍は太平洋艦隊を創設すべき」とする社説を掲載。
米中両国の熾烈な駆け引き、新たなパワーゲームが始まっています。日本はどのように対応すべきか。綿密かつ時宜を得た調査と分析、そして戦略と行動が必要です。
インドの西側はアラビア海、東側はベンガル湾。アラビア海は、イラク・アフガニスタン戦争の終結に加え、地理的に中国から遠いこともあり、米国の安全保障上の緊張感は緩和。
一方、ベンガル湾はミャンマーに接しており、米国、中国、インドの三大国の三つ巴の力学の「渦中の海」となりました。
インドシナ半島を中心に考えれば、東側が南シナ海、西側がベンガル湾。インドシナ半島も安全保障上の重要性が一段と増しましたが、中国は元々1990年代からCLMV4カ国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)に対する影響力強化に腐心。
20世紀後半は「石油の時代」。そのため、産油国に対する影響力、産油国の動向が国際政治の重要なポイントとなり、中東を舞台とする紛争や緊張が世界を揺るがしました。
時は移り21世紀前半。経済成長の中心がアジアに移ったことを反映し、紛争や緊張の中心もベンガル湾、マラッカ海峡、南シナ海というアジアの海洋エリアにシフト。米国の戦略転換は非常に明解。日本も、世界の変化に的確に呼応しなければなりません。
こうした中、インド洋沿岸国で最大の海軍力を有するインド。アフリカ東部から、中東、インド、東南アジアを結ぶ各国との連携を進める「ダイヤモンドのネックレス」戦略に取り組んでいます。
インドの「ダイヤモンドのネックレス」戦略にとって、ネックレスの東端はミャンマーとの関係強化がポイントです。
一方、ミャンマーを経由したベンガル湾への陸路確保を企図する中国。ミャンマーを含むインド洋沿岸国の港湾開発を援助し、中国海軍の拠点とする「真珠の首飾り」戦略を展開。
アジアを巡るパワーゲームは、米国対中国、インド対中国の力学で始まっています。米国の「のど輪」、インドの「ネックレス」、中国の「首飾り」が錯綜し、インドシナ半島を中心としたアジアの首筋が息苦しくなってきました。
世界のパワーゲームの構造変化は、日本の安全保障にどのような影響があるのか。そういうことを国民の皆さんに十分に説明し、認識を深めて頂くことが必要です。
20世紀後半は、主に台湾海峡や朝鮮半島での有事を念頭に置いていた米軍のアジア戦略。パワーゲームの構造が変化すれば、当然、米軍の戦略も変わります。
米軍にとって、アジア最大の海兵隊の拠点であった沖縄。南シナ海、ベンガル湾からは遥か遠く、中国ミサイル攻撃網の射程圏拡大、高度化に伴い、その標的になり易い位置になってしまいました。つまり、戦略拠点としての劣化です。
そのうえ、海兵隊の拠点である普天間基地の移設問題が暗礁に乗り上げていることもあり、ますます沖縄の意味が変わってきています。
米国も中国も、安全保障戦略や軍事戦略の立案に際し、「孫子の兵法」や「ゲームの理論」を活用していると言われています。
「孫子の兵法」が主張するように、敵対する双方が、情報の収集、戦力の整備、徹底した分析、的確な判断を行い、各々が合理的な戦略を徹底して追求していくと、結局双方互角の展開となり、「ゲームの理論」の「ミニマックス理論」が成り立つ状況に近づきます。
「ミニマックス戦略」とは、想定される「最大の損害」が「最小」になるように行動する戦略。有事の際、自軍の被害を最小化させるべく、アジアにおける新たなパワーゲームが始まっています。
余談ですが、想定される「最小の利益」が「最大」になるように行動する戦略は「マクシミン戦略」です。
「孫子の兵法」の第二篇「作戦篇」は「用兵とはスピードである」と説きます。第三篇「謀攻篇」では「戦わずして勝つ」ことを目指し、そのために、第四篇「形篇」では「必勝の形をつくる」ことを諭します。
第七篇「軍争篇」では「戦場にいかに先着するか」、第十一篇「九地篇」では「脱兎のごとく進攻せよ」と教えています。
これらを総合すると、アジア地域において、どのようなポジションに、どのような戦力を配置するかが、有事の際の帰趨を左右します。
もちろん、戦争は回避しなくてはなりません。第十三篇「火攻篇」では「軽々しく戦争を起こすな」と諭し、そのためにも第十二篇「用間篇」は「情報こそ最重要」と教え、諜報戦の意義を指摘しています。
日本が「アジアで唯一の先進国」「アジアで唯一の欧米諸国と特別な友好関係にある国」「アジアで唯一の経済大国」「アジアで唯一の特別な地位を保障された国」という時代は終わりました。
日本は、独自の情報と自立した分析力で、パワーゲームの間隙を縫って国家を運営していかなくてはなりません。
(了)