前号に続いてテーマは欧州財政危機。ドイツ国債の札割れ(応札額が入札額に届かない状態)、EU(欧州連合)共同債構想など、欧州財政危機は深刻さを増しています。欧州委員会(EU政府)の調査によれば、EU市民は「経済・金融危機はテロより怖い」と認識しているそうです。事態の深刻さを直感していることがわかります。
欧州財政危機によって、2007年のサブプライム危機、2008年のリーマンショックの原因が根源的には解決していないことが明らかになりました。
すなわち、1970年代以降、日米欧の主要国は、総じて財政拡大と金融緩和に依存する経済運営を続けてきました。
その結果、世界経済は潜在的にバブル傾向が常態化。その影響は、繰り返し、様々な分野と地域で現れています。
1980年代後半の日本のバブル、1990年代のアジアバブル、ITバブル、2000年代の米国の不動産バブル、最近の中国のスーパーバブル等、その多くは崩壊という結末を伴いつつ、今なお影響が続いています。
サブプライム危機やリーマンショックも、そうした流れの中で発生した事態。その後の景気後退に対しても、主要国はやはり財政拡大と金融緩和に依存した対策を講じてきました。
しかし、財政拡大とそれを可能とする金融緩和の常態化は、今回の欧州財政危機に及んで、各国の財政そのものに対する市場の不安を顕現化。
つまり、財政そのもののバブル崩壊、換言すれば財政破綻のリスクが現実化している状況であり、そのリスクが「単なる仮想(仮定の話)」ではないことは欧州の現実が証明しています。
財政危機の象徴として生まれた造語であるPIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)対象国のみならず、EU主要国であるフランスやドイツにも影響が及んでいます。
EU首脳も「EUは制度的な危機に陥っており、今後は問題国の予算編成に介入できる権限強化を図る」と発言。ユーロ圏各国の国債は損失リスクのある資産に変わったと言わざるを得ません。
バブル崩壊の際の火消し役となる財政そのものの信用が問われる事態は、財政拡大と金融緩和による経済運営が最終局面になっていることを示唆しているのかもしれません。
当面の焦点はイタリア、フランスの動向。両国とも、財政収支のみならず、経常収支も赤字傾向にあり、いわゆる「双子の赤字」が市場の懸念材料。各国は今後、経常収支の動向に十分注意を払わなくてはなりません。
欧州財政危機は、各国の財政再建への取り組み、経常収支の動向に加え、当面の市場安定化の帰趨を巡る課題として、中央銀行の対応にも注目を集めています。
すなわち、ECB(欧州中央銀行)による各国国債の購入等、さらなる市場安定化策や財政ファイナンス支援の是非を巡る課題。昨年設立されたEFSF(欧州金融安定基金)は、各国出資による第2中央銀行という見方もできます。
ECBによる国債購入に対して、フランスでは期待が高まっている一方、ドイツでは批判が強く、EU内での対立も生じています。
欧州財政危機はもはや単なる経済問題ではありません。アイルランド、ギリシャ、スペイン等、首相辞任や政権交代につながるケースが相次いでおり、政治問題にも連鎖しています。
この間、欧州財政危機は、米国をはじめとした欧州域外にも影響を与え、世界経済に動揺をもたらしています。
失業率が9%台と高止まりし、雇用情勢が悪化している米国では、欧州財政危機の影響を受けた金利上昇、株価下落等、経済や市場の不安定化に直面。
サブプライム危機、リーマンショック以降の不動産価格下落、資産価値目減りで、家計や企業の債務負担の膨張、資産・負債のバランス悪化が深刻な問題となっています。
個人消費がGDPの約7割を占める米国にとって、とくに家計の消費抑制傾向は経済全体にとって大きなダメージ。不良債権処理に時間を要し、長期の景気低迷から脱することができなかった日本に擬して、米国経済の「日本化(ジャパナイゼーション)」を懸念する声も聞かれています。
また、欧州財政危機は金融システムや経済全体の危機に波及。市場の動揺に伴って世界経済の推進力となっている新興国からの資金流出も誘発。新興国の通貨危機、経済破綻等が予想されます。
世界経済の動揺は、通商政策における対立やブロック化の動きにつながるリスクもあります。そうした動きが先鋭化すれば、深刻な対立につながります。その主戦場はアジア。昨今の南シナ海を巡る米中対立はその前哨戦と言えます。
欧州財政危機は単なる経済問題ではなく、政治問題や国際対立にもつながる「問題の連鎖」を招くリスクが高いと言えます。
翻って日本。財政状況は、財政赤字の対GDP比でみると欧州諸国よりも厳しい水準に達しています。
それでも欧州のように財政危機に陥らず、むしろ円高傾向が続いている要因は、基本的には次の2点。
第1に、発行済みの日本国債の9割以上が日本国民または日本の機関投資家に保有されていること。
国民の直接保有、あるいは、金融機関・日本郵政・保険会社等に対する預貯金や保険加入資金が運用される格好で国債投資に回っています。この構造が、欧州各国との根本的な違いです。
もっとも、国債発行残高と国民の金融資産規模を比較すると、前者が後者を上回るのは時間の問題。退職年齢に到達した団塊世代の貯蓄取崩し傾向等を勘案すると、約5年先には国債発行残高が家計貯蓄残高を上回ります。
したがって、第1の要因は早晩日本の財政危機に対する抑止力を失うこととなるでしょう。
第2は、欧州諸国と日本に関する市場の相対的評価の違い。あるいは、そうした相対的評価に伴う市場の思惑です。
日本の財政が、欧州諸国のように財政危機に陥る懸念が相対的に小さいという評価が、日本円や日本国債に対する投資につながっています。また、他の投資家がそうした投資行動をとることを見越した投資行動とも言えます。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というか、群集心理というか、要するに「空気」のようなものです。
結論的に言えば、第2の要因は、あくまで相対的、思惑的なもの。何らかの事象を契機に、日本円や日本国債や対する信認は短時間かつ非連続的に変化するでしょう。
政府には、そのことを十分に認識し、多岐に亘る政策課題に十分な注意力を払い、適切な政策運営、経済運営を行うことが求められます。
例えば、日本郵政の動向。日本郵政の貯金残高が激減しており、早晩、資産として保有している国債残高を下回る可能性があります。実際にそうなった場合には、日本郵政による国債売却を契機に、日本国債に対する信認が非連続的に変化するかもしれません。
日本が欧州のような財政危機に陥らず、円高傾向が続いている2つの背景要因は、上述のとおり、いずれも不安定で脆弱。言わば「日本の魔法」。
「日本の魔法」が解ける瞬間は突然やってくるかもしれません。経済や国民生活を守るために、万全を期さなくてはなりません。
(了)