政治経済レポート:OKマガジン(Vol.209)2010.2.13


先週、北極圏のイカルイット(カナダ)で開かれたG7(先進7か国財務大臣・中央銀行総裁会議)に菅財務大臣の随行として行ってきました。日本の経済や財政に対する各国の関心は高く、世界経済の安定のためにも日本経済の活性化が急務です。そのためには「財源を使わない景気対策」に取り組まなくてはなりません。


1.財源を使わない景気対策

昨年12月4日、政府の規制改革会議が様々な分野における規制改革の課題をとりまとめて公表しました。

諸外国に比べ、日本の財政状況が著しく劣悪であり、潜在成長率も極端に低いという現実は、日本の法律や産業政策に何か問題がある蓋然性が高いことを示しています。当然、不合理な規制も存在しており、日本の成長戦略にとって規制改革は重要な鍵です。

規制改革への取り組みは、「失われた20年」が認識され始めた1995年に設立された総理府行政改革委員会(当時)でスタート。以来5次に亘って8010項目の規制改革事項が指摘されました。

もっとも、霞ヶ関内の省庁間調整では大きな利害対立を内包する規制改革は困難。今後は政治主導の対応が不可欠です。

また、規制の洗い出しの仕方にも問題があります。例えば、独立行政法人や公益法人に法律等で行政事務を委任している場合、当該法人が様々な規制を行っていても規制の数は「1」とカウントされているようです。これでは実態がよく分かりません。

いずれにしても、既得権益や省益のための規制は「百害あって一利なし」。天下り先の独立行政法人や公益法人の存在意義を保持するための規制はもちろん論外です。

景気対策に充当できる財源余力がない中で、規制改革は「財源を使わない景気対策」と言えます。どのような規制改革を行えば産業や企業活動が活性化するかは、各省庁や利害関係者自身が一番良く分かっているはずです。それを断行しない限り、日本経済が停滞を脱することは困難でしょう。

独占禁止法の適用除外措置の見直しも同様です。現在でも15の法律で21の制度が適用除外措置を受けていますが、これは「規制の例外」という名の「逆規制」と言えます。

適用除外措置の多くは、昭和20年代から30年代にかけて、産業の育成、国際競争力強化等の目的で様々な産業分野で創設され、時代とともにそれ自身が既得権益化している面があります。

独占禁止法も含め、規制全体をゼロベースで見直すことが急務です。

2.問われる良識

2月10日、枝野幸男行政刷新担当大臣が就任。規制改革も担当します。同日、僕も担当副大臣として規制改革の今後の取り組み方針を各省庁に対して周知徹底しました。

第1は、過去の規制改革要望の再検討。前政権においても平成15年度以降9,000件を超える要望を受理しましたが、各府省が十分な検討・対応を行ったとは思えず、実現に向けた再検討を指示しました。

既に構造改革特区の過去提案については、昨年12月以降に経済対策の一環として再検討。未実現提案の中から33件に対応することになりました。

第2に、規制改革分科会の立ち上げ。前政権下で設置されていた規制改革会議は近日中に一区切りつけ、新たに規制改革分科会をスタートさせます。旧会議は昨年12月4日、様々な分野における今後の課題をとりまとめ、一定の方向感を提示。しかし、改革の実現には省益や既得権益を打破する政治力が不可欠。今後は政治主導の局面に入ります。

第3に、その前提となる各省庁の規制の総括。日本が他の先進国に比べて経済や社会のダイナミズムが失われている原因として、一体どのぐらいのどのような規制が悪影響を及ぼしているのか。それを各省庁はどのように認識しているのか。総括の仕方によって、各省庁の姿勢が垣間見えるでしょう。

第4に、具体的かつ自主的な改革が進まない場合には、2つの手段を用いて実現に向けたチャレンジを開始します。

そのひとつは特区制度を原点に返って活用すること。そもそも特区は、全国的な規制改革につなげるための先導役が本来の役割。抜本的な規制改革に向けた「総合特区」を実施します。

もうひとつは「規制仕分け」。規制の是非について、公開の場で一定の結論を模索。そのために最適の大臣が就任したのも何かの因縁でしょう。

霞が関のみならず、財界を含む各界関係者は、日本経済の活性化、及び財源を使わない景気対策を実現するためには、規制改革が極めて重要な課題であるという認識を共有する必要があります。

総論賛成、各論反対のエゴイズムが勝る展開になれば、日本の将来にはさらに暗雲が立ち込めざるを得ません。利害関係者全員の良識が問われる局面です。

3.共有できるキーワード

昨年末、NHKで放映された司馬遼太郎の「坂の上の雲」。たいへん面白く、忙しい中でしたが、つい見てしまいました。

今回のシリーズの最終回に、次のような原文の一節がナレーションとして朗読されました。恐縮ですが、うろ覚えですので正確ではありません。

曰く「この時代、日本の近代化が必要だという思いで、それぞれの分野で近代化に取り組んだ国民が少なく見積もっても数万人、おそらく20万人ぐらいはいたことだろう」。

概ねこういう趣旨の内容で、たいへん感銘を受けました。

「近代化」というキーワードだけが共有され、あとは各人が全力を尽くしたということです。同じような姿が今の日本にも必要です。

但し、今の日本の難しさは「近代化」に代わる共有できるキーワードがないことです。「改革」「成長」もキーワードの候補にはなりますが、何をもって「改革」「成長」と考えるかという点が人によって区々です。キーワード探しは重要な課題と言えます。

そのこととは別に、少なくともそれぞれが自分のことだけを考えていたのではこの国がうまく運営できないことは明らかです。規制改革も然り。総論賛成、各論反対で、自分の利害に係る話になった途端に反対工作をするような人々がリードする国では、将来は暗いと言わざるを得ません。

規制改革は多くの経済界のリーダーも標榜しています。しかし、規制改革に対する「総論賛成、各論反対」論者も経済界の中に多数いるのも現実です。経済界に限らず、各界のリーダーにはこうした現実を客観的に認識し、良識を発揮して頂きたいと思います。

昨日夜、櫻井よしこさん主催の会合にお招き頂き、竹中平蔵慶大教授とのパネルディスカッションに参加。会場には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代に現役時代を送ったであろう良識ある中高年層の皆さんがたくさん聴衆として来場していました。

会場の雰囲気、議論に対する拍手のタイミングから推察すると、「若者に甘くする必要はない」「子ども手当てはやめるべき」「困っている人も自助努力で何とかすれば良い」「財政赤字削減のために今の政府の政策を見直せ」という考えの人の割合が比較的多い(あるいは、そういう人が一生懸命拍手をしていた)ような気がしました。あくまで私の感想です。

そういう考えの皆さんにさらに熟考頂きたいのは次の点です。世代的な観点から整理すれば、今の中高年層は若年層と比べると現役時代の負担以上に老後が保証されている世代であることは客観的な事実です。

「既得権益を見直す」「自助努力で頑張れ」「財政赤字削減のために甘い政策はするな」というロジックの延長線上には、老後の医療や年金にも切り込むことも含まれます。

そのことが容易でないことはよく理解しています。だからこそ、政治は難しい。しかし、そういう難しさに配慮のない「今の若者は甘い」的な主張は、深刻な世代間対立を生むリスクがあります。

「坂の上の雲」の時代のように、誤解なく共有できるキーワードを国民それぞれが胸に抱き、全ての世代が日本の経済と社会のために努力する姿が実現しなければ、日本の目指す「雲」は「暗雲」となるでしょう。

メルマガ205号でお伝えした故ケネディ大統領の名言を今一度お伝えしておきます。

Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.

曰く「国があなたに何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが国に対して何ができるかを問いなさい」。

(了)


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