政治経済レポート:OKマガジン(Vol.180)2008.11.25


小学生の頃、両親から「漫画ばっかり読んでいると、漢字が読めなくなっちゃうぞ」と言われていたことを思い出す今日この頃。ところが最近、小学生の間で「漫画ばっかり読んでいると、総理になっちゃうぞ」というブラックユーモアが流行っているそうです。日本の小学生のインテリジェンスもなかなかのもの。小学生に夢を与える麻生首相に敬意を表します。


1.1930年代への回帰

15日に金融サミットが開催されました。G7に新興国を加えたG20首脳が集まり、金融危機対策を協議したことは評価に値します。しかし、有効な対策は決まらず、ポストブレトンウッズ体制の姿も五里霧中です。

まず対策。首脳宣言の内容は、金融危機の再発防止と実体経済への影響抑止のふたつに分類されます。

金融危機の再発防止としてヘッジファンドや格付機関に対する規制強化を模索しましたが、欧米間の意見が対立。「適切な規制」と「自由市場堅持」が両論併記されました。

実体経済への影響抑止については、財政出動の重要性を確認。ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン博士が、サミットにあわせて「世界のGDPの4%程度規模の財政出動が必要」とのコメントを発表。用意周到な演出です。

大恐慌を契機に、世界経済は1930年代から政府による需要創造に依存する「財政政策時代」入り。財政政策の効果が薄れた1970年代以降はマネー創造に依存する「金融政策時代」に移行。その後、再三のバブル崩壊に見舞われ、金融偏重主義の弊害が頂点に達したのが今回の金融危機です。

そこで再び需要創造に依存する「財政政策時代」に回帰。しかし世界の財政赤字と過剰流動性は膨大な規模に達しており、1930年代と同じようにはいきません。

最も効率的な需要創造のイベントが戦争であるという歴史の教訓も気になります。

2.政治的産物

ポストブレトンウッズ体制に向けた議論も、欧米の主導権争いに加え、新興国が発言力拡大を要求。合意には至っていません。

そもそも、ブレトンウッズ体制はマクロ経済政策(財政政策と金融政策)の考え方と運営の枠組み(IMF、世銀等)を共有したことによって確立。そして、その背景には東西冷戦下における西側諸国の繁栄という共通の目標が存在しました。

今回のサミットでは、政策の理論と手段の確立、目標の共有が未達成であり、ポストブレトンウッズ体制の道のりは険しいでしょう。

クルーグマン博士のコメントは「今後は米欧中印4極時代が来る」という内容で締めくくられています。

あえてロシアをはずしている点が気になります。クルーグマン博士のコメントはタイミングにも内容にも、政治的な背景が感じられます。

ブレトンウッズ体制は政治的産物。当然、ポストブレトンウッズ体制にも政治力学が作用します。

冷静に考えればロシアも加えた5極時代。日本は戦略的に立ち回る必要があります。

15日の金融サミットに続き、22日はAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議が開催。金融危機克服に向けて各国の協力を謳った特別声明を発表して閉幕しました。

特筆すべきは2点。ひとつは、年内のWTO(世界貿易機関)多角的通商交渉(ドーハラウンド)の大枠合意を誓約したこと。保護主義回避を約束した金融サミットの合意を踏襲したものですが、先行きは楽観できません。

ブッシュ大統領は米国の譲歩内容について明言を避けた一方、中国の胡錦濤主席は米国の農業補助金問題を指摘。また、WTO交渉で米国と対立するインド、ブラジル、欧州諸国はAPEC域外国。来月のWTO交渉で足並みの乱れが露呈すれば、市場を動揺させる要因になりそうです。

もうひとつは、18か月で金融危機を克服するという時間的目標を明記したこと。18か月と言えば再来年前半。IMF(国際通貨基金)が来年の日米欧のマイナス成長を予想する中、実現はかなり困難。展開次第では市場の失望を助長します。

3.まず隗より始めよ

金融サミットでもAPECでも、麻生首相は過去の日本の経験(「成功談」か「失敗談」か)を喧伝し、金融危機克服に向けて率先垂範する姿勢を示しました。

日本人として何とも面映ゆい限りですが、何だか巧言令色という印象も拭えません。

率先垂範ということであれば、麻生首相には「まず隗より始めよ」と申し上げなくてはなりません。麻生首相は10月30日に発表した緊急経済対策を未だに何も実行していないほか、国際社会に対しても有益な具体策を提示するに至っていません。

麻生首相の経済運営、国際協調のスタンスは、いくつかの点において合理性と政策制約に対する認識を欠いていますので、この際、指摘しておきます。

第1に、日本に必要なのは財政出動と言うよりも有効需要創出。厳しい財政制約の中、可処分所得引上げによる消費喚起、行政改革による企業活動コスト軽減が急務です。政府支出よりも、家計と企業の支出によって有効需要を生み出すべきでしょう。

第2に、単なるドル追随ではなく、円建債推奨などによる多極化指向の為替政策を追求すべきです。IMF支援だけでなく、個別国支援などで日本のプレゼンスを高め、多極化に寄与する局面です。

第3に、雇用対策と企業金融円滑化が急務です。政策財源余力は雇用対策と企業金融対策に集中し、景気底割れと社会不安の誘因となる雇用情勢悪化を食い止めなくてはなりません。

巧言令色気味の麻生首相は、「まず隗より始めよ」を肝に銘じるべきでしょう。

(了)


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