政治経済レポート:OKマガジン(Vol.175)2009.9.6


福田首相の突然の辞任表明には唖然、愕然、呆然。コメントすると長くなるので止めます。日本経済は深刻な危機に陥りつつあり、悠長に次の首相を決めている場合ではないでしょう。喧騒に惑わされず、経済政策に関する考察と検討を深めたいと思います。


1.GDPでは分からない日本経済

内閣府が先月13日に発表した4-6月期の国内総生産(GDP)は実質ベースで年率マイナス2.4%。景気後退が明確になってきました。政府消費のみがプラス成長で、個人消費、住宅投資、設備投資、輸出は全てマイナス成長。何とも意味深なデータです。

しかし、もっと注目すべきデータがあります。それは、4-6月期の交易損失(実質ベース)が年率換算で約28兆円、GDP対比5%に及ぶ過去最悪規模になったことです。交易損失というのは耳慣れない用語ですが、景気の判断指標としてここ数年注目されています。

GDPは「生産」に着目した指標である一方、成長のためには「所得」が重要であるという立場から国内総所得(GDI)という指標が算出されます。

GDIを算出する際には、輸入品(原油等)、輸出品(自動車等)の価格変動等に伴う交易条件の変化によって、所得の流出入がどのように変化するかを試算します。流入超の場合は「交易利得」、流出超の場合は「交易損失」となります。

換言すると「GDP」と「交易利得または損失」を合算したものが「GDI」になります。その交易損失が、最近の資源価格高騰等によって過去最悪になったということです。

4-6月期のGDI(実質ベース)は年率マイナス4.0%。GDPよりもマイナス幅が大きく、景気の減速感が一段と明確になっている状況です。

過去数年、GDPよりもGDIが低くなる傾向が顕著になっており、GDPではプラス成長でもGDIではほとんどゼロ成長。景気回復の実感がなかったのも頷けます。

2.貿易収支の二極化

ところで、交易損失が拡大する一方、貿易黒字も続いています。この関係をどのように理解するかが重要なポイントです。

客観的な事実を言えば、交易損失拡大と貿易黒字拡大が同時に発生。不思議な現象です。しかし、後者より前者のペースが速く、貿易黒字には縮小傾向が見られます。

問題は両者の因果関係。交易損失拡大が貿易黒字拡大に伴って起きる現象であれば心配ありませんが、交易損失拡大の一方で貿易黒字縮小や貿易赤字が発生するようになると、日本経済は赤信号です。

その背景を探るため、経済産業省の海外事業活動基本調査を用いて、貿易収支を「企業内貿易収支」と「それ以外の収支」に分解して計算してみると、前者は黒字拡大、後者は赤字転落という状況が確認できます。

換言すると、海外に生産拠点を有する輸出企業の貿易収支は黒字、生産拠点が国内だけの輸出企業及び内需依存型企業の貿易収支は赤字という構造です。

原燃材料価格高騰と円安が内需依存型企業にマイナスであることは明らか。一方、生産拠点が国内だけの輸出企業は、価格高騰によるマイナスが円安の恩恵を上回っていることを示しています。

海外に生産拠点を有する輸出企業は、原燃材料価格高騰を低廉な輸送費、人件費等によって穴埋め。また、日本から海外生産拠点への半製品等の輸出時に円安はコスト軽減に寄与。完成品の価格競争力を高めています。その結果、海外拠点から第三国への輸出も増加し、企業内貿易を黒字にしていると考えられます。

このように貿易収支は二極化。交易損失を海外に生産拠点を有する輸出企業の貿易黒字で穴埋めしている状態。それを除くベースの貿易収支は赤字に転じています。

もっとも、米国や中国の景気後退に伴い、海外に生産拠点を有する輸出企業の黒字は減少。業績も悪化しています。

日本経済を底支えしていた輸出企業が不調に陥ると、交易損失拡大、貿易黒字減少(将来は貿易赤字)というジリ貧状態に陥ります。そうした事態が現実化すれば、日本の貿易立国もいよいよ看板倒れです。

3.本来の構造改革

生産拠点が国内だけの輸出企業及び内需依存型企業の貿易収支を好転させるためには、原燃材料価格高騰と円安を是正する必要があります。

その手段のひとつが行き過ぎた金融緩和の是正。過剰なマネー供給抑制と金利上昇による円高は原燃材料価格高騰によるコストアップを抑制します。

しかし、円高は輸出にはマイナス要因であり、日本経済の牽引力を弱めることにもつながります。円高によるプラス要因とマイナス要因を勘案し、全体ではプラスになる水準に為替レートを人為的に制御することは困難です。

さらに、景気は既に後退局面。不動産価格の値下がりと、金融機関の貸し渋り、貸し剥がし、追い担保の要求が深刻化。株価も底割れリスクが出てきました。

こうした状況下、金利引上げによる異常な金融緩和の転換もままならず、日本の経済政策は袋小路に迷い込んでいます。

諸外国の景気を日本が制御することはできません。政府が行うべきことは、自ら制御できる要因に有効に働きかけることです。

具体的には、国内需要を盛り上げること、国内の企業活動コスト、生活コストを引き下げること。当たり前のようですが、この当たり前のことに取り組むこと以外に妙案はありません。当たり前のことに真面目に取り組んでこなかったツケが回ってきています。

国内需要を盛り上げる手段のひとつは財政出動。財源の有無が議論になっていますが、ムダ遣い是正と特別会計や独立行政法人等の不要不急の内部留保(いわゆる埋蔵金の一部)の活用によって「経済効果が高い」財政出動を行うことは当然の検討課題です。

「経済効果が高い」という点がポイント。ムダな箱物建設や公共事業による財政出動は「百害あって一利なし」。

企業活動コストや生活コストを引き下げる手段のひとつが、諸外国にはない日本独特の負担を企業や国民に課している不必要で不合理な法律、規制、裁量行政を改めることです。

1990年代に「構造改革」という概念が普及しました。残念なことに、ここ数年の「構造改革」は当時主張されていた「構造改革」とは全く別物です。

本来の「構造改革」は、上述のように、国内需要を盛り上げ、企業活動コストや生活コストを引き下げることを目指し、その結果、輸出依存と生産拠点の海外移転(雇用機会の減少)の進展を抑止することでした。

政府には、現状に対する説明責任を果たすことと、過去の間違いを改めること、今後の政策の方向性を明確にすることが求められます。

自民党総裁選挙では政策論争を行うという触れ込みです。こうした点についての考え方、反省の弁、責任の所在をしっかりと伺いたいと思います。

(了)


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