政治経済レポート:OKマガジン(Vol.171)2008.7.5


洞爺湖サミットが始まりますが、経済、資源、環境、人権など、懸案は山積しています。巨額の経費を投じて開催する会議ですから、意味のある合意がなされることを期待します。しかし、そういう場で日本がリーダーシップを発揮できるかどうかは、日本の外交手腕に対する各国からの評価に左右されます。


1.外交上手の中国

先月18日、日中両国は東シナ海ガス田開発問題で合意しました。外交はカードゲームと同じです。お互いにカードを切り合うからには、それぞれの事情があります。

今回の合意は、第1に中国が既に日中中間線の中国側で採掘を始めている東シナ海南部の「白樺」(中国名「春暁」)開発に日本が出資すること、第2に北部の「翌檜」(同「龍井」)「樫」(同「天外天」)「楠」(同「断橋」)は共同開発の対象外とすること、第3に「翌檜」より少し南部の中間線上に共同開発区域を設けることの3点。

第1については、「白樺」周辺での中国の開発権を日本が公式に認めたのも同然。かねてより、日本は中間線より日本側の埋蔵ガスが採掘されると抗議していました。その主張を貫くならば、日本側海域で日本も採掘を始めるべきでしたが、それも行わず、単に出資するとは驚きです。

出資に見合ったリターンが期待できるというのが政府の説明ですが、中国外交の過去を顧みれば楽観できないことは明らかです。

第2は、主戦場での合意は皆無であることの証左。中国は北部でも「白樺」と同様の対応を行うフリーハンドを確保しました。

第3は、「翌檜」で合意できなかったことのマイナスインパクトを薄めるため、北部での交渉進展を印象づけるためのダミー。見通しのない共同開発合意は無意味です。

そもそもこの問題は、外交でのポイント稼ぎを狙った政府が昨年末の福田首相訪中時の合意を画策。5月の胡錦濤主席訪日時でも決着できず、今回の合意に至りました。

折しも、日本の巡視船と台湾漁船の接触沈没事故が勃発。馬英九総統は「日本との開戦も辞さず」という驚くべき発言で中国への恭順の意を間接的に表現。東シナ海問題で合意が決裂し、「日本」対「中台」という構図になることを恐れた日本に対して中国は合意を迫りました。絶妙のタイミングです。北京五輪を前に国際社会に向けて中国の柔軟姿勢もアピールできます。

日本にとってのプラスポイントを考えてみましたが、思い浮かびません。中国が外交上手であることは衆目の一致するところですが、それにしても日本外交はあまりにも拙い。外交を政権浮揚の手段に使うという発想がそもそも間違っています。

2.技ありの北朝鮮

米国が北朝鮮の核計画申告の見返りにテロ支援国家指定解除を決定。外交はカードゲームのため、ボーッとしていると手持ちカードの価値を下げます。

イランの核問題も抱える米国は二正面作戦を回避し、北朝鮮対応の小休止を企図。

また、北朝鮮の民主化には資金が必要ですが、日本は拉致問題を理由に6か国協議で決まった経済支援に不参加。米国にとって日本に資金を出させることが必要です。

従来の日本は「拉致問題の進展なくして米国の指定解除はなく、指定解除がなければ経済支援もできない」という二枚腰、ねばり腰の姿勢。これは巧みでした。

しかし、指定解除のカードを失った結果、今度は北朝鮮が「経済支援なくして拉致問題の進展なし」という主張に転じるでしょう。日本の経済カードの価値は下がりました。

北朝鮮のアジア開発銀行(ADB)加盟もこれまでは日米の反対で頓挫。日本単独では加盟を阻止できず、加盟が実現するとADB経由でも北朝鮮に経済支援をさせられます。

そもそも、日本外交は過度な米国依存であることが問題。自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る国はありません。米国も同じ。日本はその点が理解できていないようです。

報道によれば、指定解除断念を頼んだ斎木昭隆外務省アジア大洋州局長に対し、ヒル米国務次官補は「指定解除は米朝間合意。日本も独自にテロ支援国家指定ができる法律をつくればよい」と発言。斎木氏は「米国が指定するからこそ効果がある」と切り返したそうですが、まさしく米国頼み。これでは何度でも同じ目に遭うでしょう。

米国は来年発足する新政権の選択肢を広げることにも成功。指定したままであれば、さらに強い姿勢に出る場合は実力行使に近くなり、容易ではありません。指定解除しておけば、再指定で強硬姿勢を示せます。国家全体で新政権の準備を行っているように思えます。

一方、北朝鮮はお家芸のゴネ得戦術でまた技あり。申告は履行期限を半年も過ぎ、核兵器情報も含まれていません。約束を守らずに指定解除を引き出しました。

結局、日本にとっては何のメリットもなく、傍観していたら手持ちの経済カードの価値が下がりました。

3.オールジャパン

外交は権謀術数のカードゲーム。虚々実々の情報戦です。是非の問題ではなく、それが現実です。

6月11日、米国下院でブッシュ大統領の弾劾決議案が司法委員会に送付されることが可決されました。賛成251、反対156の大差ですが、なぜか日本ではほとんど報道されていません。

そもそも、この決議案はクシニッチ議員が提出。したがって、米国内では通称「クシニッチ弾劾決議案」と呼ばれており、ブッシュ大統領の訴追を求めています。

訴追理由は驚くべき内容です。僕自身は真相についてコメントできるだけの情報を持ち合わせていませんので、あくまで可決された「クシニッチ弾劾決議案」に記されている内容をお伝えします。

訴追理由の第1は「イラクとの戦いを擁護する間違った論拠を捏造するために、秘密の宣伝活動を行ってきたこと」。

第2は「侵略戦争を正当化するため、不正かつ組織的に、犯罪的な意図をもって、2001年9月11日の攻撃をイラクが国防上の脅威になっているということと結びつけたこと」。

第3は「不正な戦争を行うために、イラクが大量破壊兵器を保有していると信じ込ませて、米国民と連邦議員をミスリードしてきたこと」。

ほかにも多数の訴追理由が列挙されていますが、ブッシュ大統領の残りの任期は少なく、おそらく司法委員会で実際に審議されることはないだろうというのが米国議会関係者の見通しです。

「日本」が外交に強くなるためには、的確な情報収集と情報分析が重要なポイントであることは言うまでもありません。

この場合の「日本」には与党も野党もありません。日本外交を最終的に司る「政治」全体のことを指しています。

外務省が情報を意図的に取捨選択し、あるいは恣意的な評価を加えて「議会」ひいては「政治」にインプットすることがあってはなりません。

東シナ海ガス田問題、北朝鮮6カ国協議、そして日米外交。オールジャパンで外交に当たることが必要ですが、どうも日本はそうなっていないような気がします。

これでは外交上手になれるはずもなく、その外交手腕に各国が一目置くこともありません。外交の最終意思決定権限は、外務省にあるのではなく「政治」にあります。議員内閣制における総理大臣は、外交について「議会=政治」に対して説明責任を果たし、「議会=政治」の信頼を得ることが不可欠です。

自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る国はありません。外交の鉄則を「日本」は肝に銘じるべきでしょう。クシニッチ弾劾決議案に関する情報も、外務省に報告を求めたいと思います。

(了)


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