政治経済レポート:OKマガジン(Vol.138)2007.2.7


参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです


生暖かい日が続いていますが、最近「ポイント・オブ・ノーリターン」という言葉を良く聞きます。地球大気の熱慣性のために、温暖化の程度があるレベルを越えると、それ以降、二酸化炭素の排出を全面停止しても温暖化が止まらなくなる時点のことを指します。その時点は、2010年代と言われています。自然も経済も、制御不能の事態を回避しなくてはなりません。

1.政府との意思疎通

先月の日銀政策決定会合で、金融政策の現状維持が決まりました。「利上げ濃厚」という事前報道でしたが、結局は現状維持。市場が利上げを織り込んだ後に一転して見送りという展開が2回続いたことから、日銀と市場の関係、日銀の信頼性にも影響を与えています。

市場に期待感を醸成させ、政策変更を織り込み済の環境をつくり、変更ショックを和らげるのが日銀の美学だと思いますが、明らかに失敗。原因はともかく、日銀と市場、国民の間のコミュニケーションがぎくしゃくし、認識ギャップが生じています。

また、直前に政府関係者が利上げを牽制する発言をしたり、日銀法改正や議決延期請求権の行使に言及するに及び、それを受けての現状維持。日銀は政府の圧力に屈したと思われても仕方ありません。

こうした中で、日銀法の条文との関係で気になることがあります。具体的には日銀と政府の関係を規定した第4条。「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」と規定されています。

福井総裁は記者会見で「利上げ、及び利上げ断念を事前に政府に打診」という報道を「全くの事実無根」と否定しましたが、第4条との関係で悩ましい問題があります。

「常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」とはどういうことでしょうか。実は十分に定義されていません。

事前に連絡しないなら、どうやって政府の経済政策と整合的なものにするのでしょうか。それぞれが勝手に判断するのでしょうか。

事前に連絡することが第4条の趣旨に合致するということならば、堂々と「事前に調整している」と認めるべきでしょう。しかし、その場合、政策決定会合での議決はどういう意味をもつのでしょうか。単なる儀式ということになります。

第4条の定義と運用のあり方について国会で議論する必要があります。そもそも、第4条そのものが中央銀行の独立性を損ねる矛盾した条文であることが明らかになってきました。

2.政府の犯罪

1月29日付の日経金融新聞の「マーケット・アイ」というコラムで、非常に優れた寄稿を読ませて頂きました。筆者はバークレイズ・キャピタル証券のグローバル・チーフ・ストラテジスト、ティム・ボンド氏。

曰く「国際的な投資家は、『明確な動機が存在するのだから犯罪は不可避だ』という見方に傾いている」と指摘。ボンド氏の「犯罪」とは、「将来のインフレを抑えようとする日銀の行動が政府の介入で阻止される」ことを指しています。

言うまでもなく、日銀の金融政策が政府・財政当局の圧力で歪められる事態を憂慮しての指摘です。

ボンド氏は、日本の対GDP政府債務比率は先進国の中で突出しており、政府が超低金利の維持を望むのは明白と断じています。当然のことを明快に述べていますが、政府・日銀はこうした指摘に対して「そんなことはない」と口を揃えることでしょう。禅問答のようですが、「『そんなことはない』ことはない」というのが市場の常識。政府・日銀が見え透いた抗弁を重ねることは、「市場の反乱」リスクを確実に高めます。

ボンド氏は「市場参加者の大半は金融政策の独立性が低いインフレ率を保証すると考えている」として、政府による「犯罪」は、1.インフレ高進予想、2.投資収益率低下、3.円の下落、4.将来の物価急進に伴う金利急上昇、5.日本株・日本国債への投資回避、6.日本経済のクラッシュを招くと指摘。この「悪夢のシナリオ」こそが「市場の反乱」であり、僕も全く同感です。

エコノミストや経済評論家の中には、やはり「そんなことはない」と主張する方もいるでしょう。たしかに、「市場の反乱」は起きるかもしれないし、起きないかもしれません。しかし、現在の日本経済に異常な面があること、あるいはリスクが高まっていること自体を否定するようでは、「黒いものを白い」と言うのと同じです。

3.ポイント・オブ・ノーリターン

ボンド氏によれば、英国には「今日の一針、明日の十針」という諺があるそうです。日銀がインフレやリスクの顕現化に対して先手を打つこと(今日の一針)が、日本経済の正常化と持続的成長につながることを示唆しています。

「今日の一針」は、制御不能の「市場の反乱」を未然に防止するための対策。タイミングを逸すると、いくら「今日の一針」を打っても、「明日の十針」も「明後日の二十針」も全く効かない事態を招きかねません。

政府・日銀は、前回のバブルの発生と崩壊の過程で、制御不能のインフレとバブル崩壊を経験したはずです。今回も、「今日の一針」が効かなくなる「ポイント・オブ・ノーリターン」が刻一刻と近づいている気がします。

このメルマガでも再三指摘していますが、日本経済の持続的成長のためには家計(個人消費)対策が肝要。現状は、家計への負担増、異常な超金融緩和、歴史的円安という「3点セット」によって「不健康な元気さ」が出ているのが実態です。「いざなぎ景気を超えた」と喧伝するのは、大半の国民の実感と異なります。

折しも、2月3日の英紙フィナンシャル・タイムス(FT)の社説が「経済だよ、安倍さん」と題し、日本の経済政策の戦略性の欠如、安倍首相の経済に関する無定見さを指摘しています。内閣支持率の低下も、経済政策の失敗と、それに伴う実質所得減少が原因であると明言しています。

金融政策を決定する9人の日銀審議委員は、自らの判断の責任を問われます。日銀が政府の「犯罪」の共犯者とならず、「市場の反乱」を招かないことを期待したいと思います。

(了)


戻る