政治経済レポート:OKマガジン(Vol.137)2007.1.24


参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです


明日(25日)から第166国会が開会します。いざなぎ景気を超え、「上げ潮」路線で日本経済は絶好調と喧伝する一方で日銀の金利引き上げに抵抗するなど、安倍政権の経済政策は迷走しています。国会審議を通じて、日本経済の実情を明らかにしたいと思います。

1.先ず(まず)隗より始めよ

経済3団体の新年祝賀会で、安倍首相が財界に対して異例の賃上げ要請。首相は「景気回復が家計にも広がる経済にしていきたいので、ご協力頂きたい」と発言したそうです。

家計の重要性を認識したこの「発言」は評価できます。しかし、あくまで「発言」が評価できるということであり、安倍首相の経済政策そのものは「発言」と逆方向。言行不一致です。

経済における市場原理をますます強め、企業間、個人間の競争を促すのが安倍首相の経済政策の基本方針。各企業の同業他社との競争は激しさを増し、賃金も同業他社の動向を気にせざるを得ません。自社だけが賃上げに踏み切れば、人件費増加によって同業他社との競争に遅れをとります。

安倍首相の今回の賃上げ要請「発言」、ちょっと聞くと「さすが」とエールを送りたくなりますが、実は無責任極まりないとも言えます。

市場原理が強まる中、家計所得を増やすことを政府が個々の企業努力に委ねることは本末転倒です。本来は、経済政策として家計所得が増えるような施策を講じるのが政府の責任。ところが、平成19年度の政府税制改正案は企業減税優先。しかも、定率減税の全廃で家計に対しては増税。自らの責任において実行できる施策においては家計に負担増を強いながら、その一方で企業に賃上げ要請を行うというのは支離滅裂。言行不一致、無責任と言われても仕方ありません。

ほかにもあります。国会への提出の是非が話題になった残業代ゼロ法案。ホワイトカラーエグゼンプションを認めるこの法案を提出しようとしていた姿勢を鑑みても、今回の「発言」が支持率向上目当ての単なるリップサービスにすぎないことは明々白々です。

安倍首相の「発言」に対して、中国などとの競争激化に晒されている財界サイドは困惑しています。今年の春闘の大手企業一斉回答日は3月14日。今後の労使の攻防が注目されますが、本来は労使が協調して政府に対して家計対策を求めるのが合理的です。

社員がいなければ会社は成り立たず、会社がなければ社員も生活できず、労使は運命共同体。自らは努力を行わない一方で、労使の対立を煽る安倍首相の手法は、とても国民のことを考えているとは思えません。

企業の労使のみならず、納税者全体が政府に求めるべきことは、財源のムダ遣いを真剣になくす努力です。そして、家計にも企業にも、つまり労使双方の負担を減らす施策を政府に求めなくてはなりません。昨今の談合事件などをみていると、まだまだムダ遣いや不公正な歳出が山のように存在しています。そのことを放置したまま、財政再建のために家計に負担増を課し、企業に賃上げを要請するのは笑止千万。

安倍首相には「まず隗より始めよ」(注)という中国春秋時代の故事成語を捧げ、自らの努力と言行一致を期待したいと思います。

(注)余談ですが、「先ず隗より始めよ」という故事成語は「人にあれこれ言う前に自分自身が積極的に行うべきだ」という含意で使われますが、故事の本来の意味は「大きなことを始めるには、呼び水になる小さなことから始めるとよい」という内容です。

2.巧言令色(こうげんれいしょく)

国会開会を前に、内閣府が2005年の日本の貯蓄率を発表しました。統計を取り始めた1955年以降の過去最低、3.1%です。8年連続の低下で前年に比べて0.3%ポイントのマイナス。先進国の中では米国に次いで低い水準です。

ピークの1975年(23.1%)に比べると7分の1。1990年代初めでも15%もあった日本の貯蓄率は、前回の亥年、1993年が世界一の最後の年でした。それからちょうど12年。干支(えと)のひと回りで日本の経済システムは崩壊したと言えます。

原因はいろいろありますが、要は可処分所得の減少。家計が貯蓄を取り崩して生活したり、貯蓄をできない状況が続いているからです。税金や社会保険料が上昇する一方で、医療費や介護費、教育費などの負担が増加していることを裏づけています。

貯蓄率が高いことは日本経済の強さの秘訣でした。つまり、家計の貯蓄が金融機関を通じて企業の設備投資を支えてきました。この仕組みを大切にし、家計と企業がともに繁栄するためには、家計の可処分所得減少や貯蓄率低下に歯止めをかけなくてはなりません。

同じ日、もうひとつ残念なデータが内閣府から発表されました。2005年の日本の1人当たり名目国内総生産(GDP)が経済協力開発機構(OECD)30か国の中で14位となり、前年(11位)よりさらに順位が低下しました。これもやはり1993年には世界一でしたが、干支のひと回りで中位程度の国になりました。

日本が大きく順位を後退させる間に、逆に順位を上げたアイルランド、英国、オランダなどの欧州各国はいずれも構造改革に成功して高い成長率を実現しています。

「構造改革の遅れが順位低下の主因」という内閣府の説明はもっともです。しかし、「構造改革は着実に進んでいる」というのが従来の政府の公式見解のはず。矛盾しています。

「巧言令色」は「論語」学而(がくじ)篇に出てくる格言。「巧言令色、鮮(すくな)きかな仁(じん)」、曰く「口がうまく、上べを飾る者は仁徳が少ない」という孔子の言葉です。内閣府の矛盾する説明を聞いて、つい思い出しました。

3.剛毅木訥(ごうきぼくとつ)

「巧言令色」の反対が「剛毅木訥」。子路(しろ)篇には「剛毅木訥は仁に近し」と記され、「性格が強く、意志が固く、素朴で口べたな人物は仁徳がある」という含意です。孔子の人物観が良く出ています。

ところで、メルマガVol.126(2006年8月9日号)でご紹介しましたが、OECD30か国の中における日本の貧困率(平均所得の半分以下の人の割合)は今や米国に次いで2位。貯蓄率も米国に次ぐ低さになり、日本はますます米国型の経済システム、社会システムに近づいています。

日本は米国型を目指すのでしょうか、それとも、欧州型を目標にするのでしょうか。構造改革も米国型と欧州型では内容が異なります。市場原理主義と自己責任原則を貫徹する米国型に対して、欧州型の構造改革は共生と安定を目指す内容です。

最近の日本の政策制度は、経済システム、社会システムは米国型を目指している一方で、国民負担(税金と社会保険料の負担)の重さでは欧州型を国民に強いつつあります。「政府が十分な役割を果たさない一方で、取るものは取る」という日本のシステムは、米国型でも欧州型でもない、日本独自のものかもしれません。税金や社会保険料のムダ遣いを是正しない限り、日本型システムの未来は暗いと言わざるを得ません。

明日(25日)から始まる通常国会。さっそく安倍首相の所信表明演説がありますが、国のリーダーには美辞麗句を並べる「巧言令色」ではなく、日本が目指すべき社会像を明確かつ端的な言葉、しかも自分の言葉で述べる「剛毅木訥」を期待したいものです。

(了)


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