参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです
早稲田実業と駒大苫小牧の熱戦には感動しました。嫌なニュースが多い中で、久し振りに清々しい気持ちにしてくれました。選手の皆さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。さて、勝負は時の運とも言いますが、そこでは厳しい鍛錬の成果と、知略・機略の巧拙も問われます。野球だけでなく、ビジネスの世界でも同じです。
紳士服のアオキとコナカによるフタタ争奪戦は、フタタがコナカとの経営統合を選択して決着しました。
フタタの決断の背景には当事者しか知り得ない事情もあったと思いますが、おそらく、最大のポイントはフタタの不採算店の取り扱い方針だったでしょう。アオキがカラオケ店等へ転換する案を示したのに対し、コナカはあくまで紳士服事業での再生を提示したことが、フタタがコナカを選択した理由のようです。
フタタ争奪戦は日本のM&A(合併・買収)文化を考えるうえで、多くの材料を提供してくれました。第1は経営合理性に対する考え方です。
客観的に評価すると、不採算店をカラオケ店等に転換するアオキの提案の方が論理的で収益回復の即効性があります。2007年からの団塊世代の大量退職を機に供給過剰、店舗過剰の傾向が強まることを勘案すると、不採算店の転廃業はそれなりに納得できます。
しかしフタタは、論理性よりも、頑張って採算を好転させるという情緒性、あるいは本業に拘る気持ちを選択したと言えます。
経営合理性とは、即効性のある論理的経営のことを指すのか、あるいは「気持ちの張り」を高める情緒的経営を指すのか。一見、前者の方が適切な答えのような気がしますが、実際にはそんなに単純ではないでしょう。
このことは第2の時間軸の問題とも関連します。M&Aの成否の判断の時間軸(基準時点)をどこに設定するかによって、経営合理性に対する姿勢も変わってきます。
成否を短期的に判断するなら論理的経営が適切な一方、中長期的な発展を目指す場合には情緒的経営にも一理あるような気がします。
第3は市場機能に対する評価です。コナカがアオキの株式公開買い付け(TOB)に対して同様にTOBで応戦すれば、証券市場での売買に準じる形で買収価格が決まったでしょう。つまり、被買収企業の価値を市場機能を通じて決めることを意味します。
一見もっともな対応のように思えますが、市場は万能ではありません。TOBに伴う値上がりの思惑で売買されることを考えると、実際価値以上の高値が形成される可能性があります。
第4は一般株主に対する認識。前述の第3点とも密接に関係しています。フタタは大株主であるコナカの申し出を優先しました。アオキも一般株主に直接的な判断を仰ぐ敵対的TOBは断念しました。コナカもアオキと同様に一般株主に直接的な判断を仰ぐTOBによる応戦を行いませんでした。
三者とも一般株主を巻き込む展開を回避したのです。一般株主の売買行動がM&Aのコストを高める可能性が高いことを認識した対応と言えます。
ところで、経営者と株主は登場しましたが、社員はどこにいったのでしょうか。
ライブドアによるニッポン放送買収の際に、ニッポン放送の社員の反対がクローズアップされました。M&Aの議論に絡んで、「企業は誰のものか」という視点から株主主権と取締役(経営者)主権の優劣がいつも取りざたされます。しかし、企業は株主と経営者だけでは成り立ちません。社員がいてこその企業です。
そこで、株主主権、経営者主権のほかに、従業員(社員)主権が問題になります。このことは、ライブドア問題に関連した僕の寄稿(*)でも論点を整理しています。ご興味がある方はホームページの資料コーナーでご覧ください。
(*)「企業社会の将来ビジョンが問われている、経営者主権・株主主権・従業員主権のバランスをどう考えるか」(金融財政事情2005年3月21日号)。
ニッポン放送の社員の反対はクローズアップされましたが、今回、フタタの社員はどのように考えていたのでしょうか。
不採算の背景が社員の働きに原因があるならば社員に発言権はありませんが、業界全体の環境変化やその他の事情に伴う業績悪化ならば、社員の気持ちや考え方にも留意が必要でしょう。
それだけではありません。企業は取引関係にある債権者、債務者がいてこそ成り立ちます。つまり、債権者主権、債務者主権という点にも配慮が必要です。
さらに一番重要なのは顧客主権です。お客様、クライアントあってこその企業です。だからこそ、ニッポン放送のリスナーや阪神タイガースのファンの反対がライブドアや村上ファンドの買収計画を阻止する原動力になりました。
フタタの不採算店がカラオケ店になることについて、地域の顧客はどのように考えたのでしょうか。「別に関心もないし、転廃業しても困らない」と思われていたとしたら、フタタの不採算店の今後は楽観できません。
ライブドア、村上ファンドの登場や新会社法制定によって耳目を集め始めたM&A。最近では、北越製紙の争奪戦も続いています。M&A自体は新しいことではありませんが、日本における今後のM&A戦略を考えるうえで、今回のフタタ騒動は貴重な論点を提供しています。
経営者主権、株主主権、従業員主権、債権者主権、債務者主権、顧客主権。企業経営には、これら全てにバランス良く留意した知略・機略が求められる時代になりました。
(了)