政治経済レポート:OKマガジン(Vol.32)2002.9.5

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。


フィリピン、ベトナムから帰ってきました。フィリピンでのASEP(アジア欧州議員会議)では、「日本のODAを無駄遣いしないように」と釘をさしてきました。議事録等にも明記され、一応、役割は果たしたつもりです。末尾に、議事録の該当部分を添付してありますので、ご興味のある方はご覧ください。

1.株価(日経平均)9000円割れ:経済政策のダッチロール

帰国したら、この状態です。ある程度予想の範囲内とは言え、いざ現実のものになるとビックリします。日経平均の9000円割れは、1983年8月以来です。1983年は僕が日銀に入行した年です。いろいろな見方ができるとは思いますが、19年間の日本の経済政策の積み重ねが水泡に帰したという評価も否定できません。

株価下落の原因は何でしょうか。新聞やテレビでは、米国経済・株価低迷の影響、不良債権処理の遅れ、デフレ対策の欠如、日本経済に対する悲観的見方等々、様々な原因が指摘されています。いずれも的を射ており、それらの複合的な影響という見方が適切だと思います。

しかし、マーケットの深層心理に最も影響を与えているのは、日本の経済政策の方針がダッチロールしている(グラグラして制御不能に陥っている)ことです。あるいは、よく見えないことです。

小泉さんは、就任直後は表面も実態も「財政健全化+構造改革」というイメージでした。しかし、昨年秋の臨時国会では、「構造改革+財政による景気浮揚」に変わりました。年が明けて田中外相更迭で支持率が下がると、「構造改革先送り+景気対策も抵抗勢力志向」というイメージになりました。ところが、道路公団民営化推進委員会の人選で猪瀬氏を登用したことを契機に支持率が回復すると、「特定分野の構造改革推進+緊縮財政」に変わりました。

日本の経済政策、とりわけ小泉さんの経済政策が評価されない最大の原因は、方針がコロコロ変わること、もっとハッキリ言うと、理論と哲学がないことです。現時点での緊縮財政についても、口ではそう言っていますが、来年度予算の概算要求の中身をみると、前年比プラス要求を認め、しかも省庁別のシェアは相変わらず従来どおりです。掛け声はいいけど、中身が伴っていないと言わざるを得ません。

株価9000円割れの事態を迎えて、さて、どうするおつもりでしょうか。ここで慌てて弥縫策(びほうさく=その場しのぎの対策)を打ち出すと、「株価には一喜一憂しない」という掛け声が陳腐化します。きっと記者の皆さんのブラ下がりインタビューを受けて、「誤りは一時の恥、正さずは一生の恥。小泉は批判を怖れません」とでもおっしゃることでしょう(独り言:だいたい自分のことを3人称で呼ぶのは止めて欲しいです。そんな人、よその国の大統領や首相にはひとりもいません。一国民として、ちょっと恥ずかしい)。

政府与党は20日を目途にデフレ対策を決めるということです。しかし、その認識も今やミスマッチです。これまでのメルマガで指摘したとおり、もはや「デフレは原因ではなく結果」なのです(メルマガ21号参照)。今必要なのは「総合経済対策」であり、マクロ経済政策(財政政策と金融政策)の組み合わせを変更することです。その一環として金融政策を正常化(超低金利政策から脱却)するためには、超金融緩和の必要性を生み出している金融機関の不良債権問題を一気呵成(いっきかせい)に解決することです。財政政策を経済再生型に変更するためには、投資効果のない公共事業を大幅に削減して、意味のある産業政策を遂行することです。

それらを実現するためには、政権担当者が、超低金利政策と公共事業依存型の財政政策に固執している勢力と一線を画することが必要です。小泉さんにそれができないなら、政権担当者を変えるしかありません。

(ご参考)不良債権問題等に関するもう少し詳細な分析を、今月の「論座(朝日新聞社の月刊誌)」に掲載しています(浅尾慶一郎参議院議員との共同執筆)。ご興味がある方は、どうぞご一読ください。

2.外交の「目的」と「手段」:この時期の小泉訪朝は適切か

フィリピン、ベトナムへ出張中に、「小泉訪朝」というビッグニュースが飛び込んできました。現地の他国の議員や外交関係者もビックリしていました。これは重大なことなのです。

公共政策の「目的」と「手段」の話は、これまでのメルマガでも何度も取り上げてきました。それでは、外交の「目的」と「手段」とは何でしょうか。

外交は、他の公共政策よりも難しいと思います。その理由はふたつあります。

第1に、「目的」の「階層」が深いことです。「階層」といってもピンとこないかもしれませんが、要は、「目先の目的」、「当面の目的」、「ちょっと先の目的」、「中期的な目的」、「長期的な目的」、「最終的(恒久的)な目的」など、時間的なレンジをどのように想定するかによって、「目的」の表現の仕方が異なるということです。もちろん、他の公共政策でも同様ですが、外交という分野は、とくにその傾向が強いと思います。

第2は、政策相手の反応(リパーカッション)が予想できないことです。あるいは、相手のリパーカッションによって、こちらの行動も調整しなければなりません。

さて、「小泉訪朝」は、どのような時間的レンジで「目的」を設定しているのでしょうか。国際平和の実現や、北朝鮮を含めた世界から貧困を撲滅することが正しい「目的」であることは当たり前です。誰でもそれを願っています。しかし、抽象的な国際平和や緊張緩和を念頭に置いて「訪朝」という重大外交パフォーマンスを決めたとすれば、相当センスが悪いと言わざるを得ません。

日本国民の生命と財産の安全を守る総理大臣として、小泉さんは、きっと短期的な「目的」、つまり、「目先の目的」あるいは「当面の目的」を設定してくれているものと信じています。では、それは何でしょうか。拉致問題解決でしょうか、核ミサイル疑惑解決でしょうか、不審船問題での謝罪獲得でしょうか・・・・。楽しみです。

しかし、仮にそうした「目的」が的確に設定されているならば、「多くは期待しないで欲しい」とか「行ってみなければ分からない」などという発言は出てこないような気がします。いわんや、「不審船引き揚げは訪朝後。不審船問題は話題にしない」などと、どうして訪朝前から明言するのでしょうか。国民の期待値を下げておいて、実現した時の評価を高める狙いなら、政治家として狡猾と言えましょう。しかし、外交、とくに北朝鮮問題をそのように利用することには賛成できません。

では、北朝鮮側のリパーカッションをどのように予測しているのでしょうか。既に北朝鮮は、戦争被害の補償要求を明言し始めました。北朝鮮の船とは断定しませんが、何とこの時期に日本海で不審船が航行しています。新聞報道によれば、日本政府は「深追いするな」と海上保安庁に指示したそうですが、事実関係が気になります。

外交とは相手の出方を予測してゲームを有利に運ぶことです。何だか、既に北朝鮮側にこちらの出方を見透かされ、みすみすあちらのペースでゲームが進んでいるような気がします。いずれにしても、9月17日の「小泉訪朝」、しっかり見極めさせて頂きます。

3.政府と外務省の関係

「小泉訪朝」でもうひとつ気になることがあります。今回の訪朝決定の舞台裏で、外務省の田中アジア大洋州局長等が活躍したという話です。

活躍しただけなら結構なことですが、その展開に関する新聞報道の内容が気にかかります。「昨秋からの日朝事務レベル協議で、北朝鮮側の反応が予想外に柔軟だった。このため、首脳会談を持ちかけてみたら、意外にも先方が前向きな姿勢を示した。それを報告したところ、首相が飛びついた」という趣旨の報道です。

外務省がどのような方針で外交に臨むかということは、国の方針であって、外務官僚の主義主張で決めることではありません。外務官僚も分をわきまえるべきでしょう。北朝鮮との外交方針について、小泉首相から明確な指示が出ていたうえでの展開ならば、僕も何ら文句はありません。しかし、新聞報道、及び外務省関係者からの側聞情報によると、必ずしもそうではないようです。

北朝鮮外交という、外交分野の最も重要な問題を、外務官僚に任せきり、たまたまいい展開になったので話に乗ったということでないことを願います。小泉さん、しっかり見届けさせて頂きますよ。

4.大物狙いのライオンの狩り

小泉首相のメルマガは、ご承知のとおり「ライオンハート」というネーミングです。ご本人がライオンを気取っているかどうかは知りません。きっと、髪型が鬣(たてがみ)に似ているということなのでしょう。

ライオンは毎日狩りをしません。毎日は働かないのです。数日に1度、大きな獲物を捕らえて食べ、それで暫くは寝ているという生活です。

何だか、小泉さんの政治行動と似ているような気がするのは僕だけでしょうか。郵政公社化法案、健康保険法改正、道路公団民営化問題など、大物(に表面上は見える獲物)を食べてきたものの、またそろそろ働いているところを見せないと(高い支持率に支えられた)「サバンナの支配者」として君臨できないために、今度は北朝鮮訪問という大きなアナコンダに目をつけたということでないことを祈ります。ついでに、そのアナコンダが毒蛇でないことも祈ります。

しかし、今のサバンナ(潤いを失った日本経済)に必要なのは、大物ばかりを狙う支配者ではなく、キャピタルゲイン課税の撤廃、キャピタルロスの完全控除といった、ライオンには興味のない小さな獲物(害獣)も確実に仕留めていくことです。支配者がしっかり働くことが、サバンナが砂漠になるかオアシスになるかを左右します。


参考資料)ASEP議事録抜粋

会議の冒頭、フィリピンの副大統領が「アジアの貧困は先進国の責任であり、先進国が経済援助をするのは当然だ」という趣旨のスピーチをされました。そこで、以下の発言となりました。

COMMENTS OF MR. KOHEI OTSUKA

Hon. Kohei Otsuka, Member of the House of Councilors of Japan, Stated that the Japanese Official Development Assistance (ODA) plays an important role in poverty alleviation of Asian countries but because of the difficult fiscal situation being experienced by Japan, there is an ongoing debate to possibly reduce the ODA expenditure. But in order to continue further the development and the stability of Asia as well as Europe, he stressed that Japanese parliamentarians are doing their best to maintain the ODA levels despite the very difficult fiscal situation.

The Honorable Otsuka then urged ODA recipient countries to use the Fund properly, since Japan is very much interested in how the money is expended not only for Asia but also for Africa and the Middle East. He emphasized that the use of the Fund by the recipient countries to alleviate poverty and bring about economic development is very crucial and critical. An excessive economic assistance to other countries, however, may be detrimental to the self-help efforts of those regions, he noted. The Honorable Otsuka then reiterated that parliaments as well as governments of recipient countries should have an adequate monitoring and efficient use of the Fund.

COMMNENTS OF MP FORD(フォードさんは、議長です)

On the comments of the Honorable Otsuka on the use of ODA funds, MP Ford suggested that it would be useful to include in the Report, if possible, some stronger reference to the issued of the ODA the need for some global coordination on ODA assistance, and how the fund is efficiently and effectively spent.

欧州議会でこの問題を取り扱って頂くことになりました。

Urges the Commission to co-ordinate Development Assistance in Asia with other donors, in particular Japan, to set down common guidelines for expenditure and monitoring of efficient outcomes.

(了)


戻る