政治経済レポート:OKマガジン(Vol.27)2002.6.23

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。


W杯もベスト4まで決まりました。W杯が終わったら、今度は国会がヒートアップするかもしれません。円高、株安で、景気の様子もまた怪しくなってきました。今回は、為替相場や終盤国会の視点をご報告します。

1.中期的には円安:「予測の予測」と「予測できないアクシデント」

週末(21日)のNY市場では、円相場が7か月振りの高値(120円80銭)をつけました。「日本は景気が悪く、構造改革も進んでいないのに、どうして円高なんだろう」と不思議に思っている方も多いと思います。

為替相場の動向を決める要因は、大きく分けると3つあります。第1は実需(貿易取引と資本取引)に基づいた需給、第2は市場の先行きに対する予測、第3は予測できないアクシデントです。この3つの要因が絡み合って、為替相場が日々動く仕組みになっています。では、最近の円高の動きは、どのような要因によって形成されているのでしょうか。

第1の実需は、今回の円高の主役ではありません。日本の貿易黒字は増加傾向にありましたので、輸出企業が受け取ったドルを円に交換しようとすれば円高になります。しかし、決算期はまだ先なので、円に交換しようとする動きにはつながっていません。一方、資本取引とは、直接投資や証券投資のことを指します。構造改革が進まず、国債の格下げも行われた日本です。日本企業や日本国債に、本格的(長期的)に資金を投入する投資家はいないでしょう。しかし、一時的(短期的)な動きとなると、話は別です。一時的な動きには、第2の要因、すなわち、市場の先行きに対する予測が大きく影響してきます。

現在、市場の先行きに対する投資家の予測のポイントは3つあります。ひとつは、米国景気に対する見方です。米国景気は、昨年来のITバブルの崩壊と絶好調過ぎた反動の局面が続いています。NYダウは先週末も9253ドル(177ドル安)と続落しました。加えて、企業経営を巡るスキャンダル(エンロン等)が相次ぎ、米国経済に対する不信感も増しています。その結果、米国景気は当面、短期的には悪化傾向を辿ると予測する人が大半です。

ふたつめは、日本の景気に対する見方です。今年第1四半期のGDP統計は1年振りにプラスになり、内閣府(竹中大臣)が景気底入れ宣言をしました。もっとも、その内実は公的資本形成(いわゆる公共事業)に下支えされたものに過ぎず、日本経済が本当に「健康」な状態になった訳ではないことは、前号(Vol.26)でお伝えしたとおりです。しかし、海外の投資家の中にはそうした実情をよく知らない方もいます。また、米国景気が悪化傾向、日本景気が底入れとなれば、「短期的、相対的」には、日本の景気は好転すると表現しても間違いではないでしょう。

では、もうひとつのポイントは何でしょうか。それは、「みんな(自分以外の市場参加者や投資家)がどう思うか」という予測です。つまり、「中身の予測」ではなく、「予測の予測」です。上記の日米景気の動向からお分かり頂けるように、多くの投資家が「短期的には米国景気悪化、相対的な日本景気好転」と予測するでしょう。自分以外の投資家がそう思うだろうと「予測の予測」をすることから、「短期的には円高だ」という判断になるのです。実は、この「予測の予測」が市場を最も支配している要因と言っても過言ではありません。

それでは、第3の要因である「予測できないアクシデント」とは何でしょうか。「予測できないんだから、何でしょうかはないだろう」とムッとしている方もいるかもしれません。しかし、実は、投資家(とくに投機的な取引を行う投資家)は「予測できないアクシデント」を予測して行動しているのです。現時点では「米国とイラクの交戦」や「日本経済のクラッシュ(崩壊)」が「予測できないアクシデント」です。仮にこうしたアクシデントが発生すると、「有事のドル買い」、「円の投げ売り」という事態となります。ドル高円安(今とは逆)の局面で儲けるためには、今のうちに高値で円を買っておく必要がある訳です。ここで重要なのは、こうした「予測できないアクシデント」が100%発生しないと思えば、いくら投機筋と言えどもそのような行動はとりません。つまり、「米国とイラクの交戦」や「日本経済のクラッシュ」が、ひょっとすると起きるかもしれないと思っている投資家が現に存在することが、現在の円高相場を形成しているのです。

結論です。短期的には円高かもしれませんが、中期的には円安だと思います(あくまで、僕の個人的「予測」です)。日本経済の構造改革が進んでいないのですから、円高基調のはずがありません。現に日本の株価は1万円割れ目前です。長期的な動きは、日本経済の構造改革の成否にかかっています。小泉政権の今のパフォーマンスでは、長期的にも円安でしょう。海外の投機筋にみすみす大儲けをさせるばかりです。小泉さん、いったい何やってんですか・・・。

独り言:ちょっとマニアックな話ですから、興味のない方は読まないでください。週明けから政府・日銀が円売り介入をする可能性が高いと思います。しかし、上記のような状況ですから、この局面での介入は投機筋に円買いポジションを作る好機を与えることになるでしょう。いわゆる「投機筋による通貨当局への売り浴びせ」という事態が発生します。もっと上手い介入策があります。竹中さんが「第1四半期のGDP統計は上げ底でした」と認めたり、柳沢さんが「不良債権処理の終了宣言は勘違い(ウソとは言いません)でした」と言うだけで、一気に円安が進みます。実弾(介入のための円資金=国民の税金)を使わずに、効率的に投機筋を撃退できます。日本政府の名声は一気に高まることでしょう・・・でも、日本経済がクラッシュかも・・・。どっちに転んでも、現政権の限界が露呈します。

2.税制改革論議のスクエアダンス

税制改革論議が賑やかです。政府が示した税制改革案は、結局、財務省主導の「増税路線」でした。今までと何の変わりもありません。あまりの無策に、とうとう新聞に「財界、首相に反旗、指導力不足を危惧」(21日、東京新聞)などという見出しが踊るようになりました。でも、財界が政府・与党に反旗とは分かりにくいですね。おまけに、与党内も意見が一致していません。そこで、税制改革論議の基本構造について考えてみたいと思います。

税制改革には2つの視点があります。第1は経済を活性化させること、第2は財政を立て直すことです。税制改革は、本来、第1の視点から行われるべきですが、財政再建が急務であるために、もっぱら第2の視点に軸足を置いた議論が行われています。

財政は歳入と歳出から構成されます。財政再建のためには、歳入増加か歳出削減を行うしかありません。ほかに選択肢はありません。一方、経済活性化のためには、減税が必要です。しかし、減税は財政再建と逆行します。現在、この議論を巡って、3つの勢力が対峙しています。

歳入増加派(減税反対派):財務省が中心。減税をするなら、その分を穴埋めする「税収中立」が必要と主張。その結果、増減税一体の税制改革を志向し、いったい何がやりたいのかサッパリ分からない勢力。現在国会で議論されている連結納税制度の付加税問題が典型例(メルマガVol.24参照)。

歳入削減派(減税賛成派):財界が中心。景気回復、経済活性化のためには、税負担を軽減することが必要と主張。減税財源をどうするかについては、(1)国債増発、(2)歳出削減の2つの意見に分かれている。

歳出増加派(歳出削減反対派):与党内の抵抗勢力が中心。景気回復のためには、今こそ公共事業等のケインズ的財政政策が必要と主張(亀井的政策=メルマガVol.22参照)。財源は国債増発を想定。減税にも反対ではないが、その財源を歳出削減とすることには断固反対のスタンス。

この3つの勢力の違い、お分かり頂けるでしょうか。さて、日本は今、税制改革というダンスを踊ることが求められています。なぜなら、構造改革とは税制改革のことだからです(メルマガVol.6参照)。ダンスを踊るにはパートナーが必要です。上記の3人の踊り手が、誰と踊ろうか思案しています。誰かひとりが取り残されます。だから、睨み合ったまま身動きがとれなくなっているのです。

ここにもうひとり加われば、パートナーが決まります。4人になれば、スクエアダンスが踊れます。上記の整理をもう一度眺めてください。歳入、歳出の観点から、足りない「派」がひとつありますよね。そうです、「歳出削減(賛成)派」です。「歳入削減派」と「歳出削減派」が組めば、息の合ったダンスが踊れます。このチームのダンスは、政府が無駄な税金を集めたり、無駄な支出を行うことなく、公的部門をスリム化するダンスを踊ります。健康的ですね。

「歳出削減派」を演じるダンサーは誰でしょうか。本来は、小泉さんのはずでした。しかし、今ではスッカリ「歳出増加派(歳出削減反対派)」に色目を使い、とてもスリムなスクエアダンスを踊れる状態ではありません。

スリム化と言っても、もちろん、ダンスの観客(国民)が優先順位が高いと考えているステップ(福祉、教育、環境、雇用等)は省きません。「悪い政治家」や「悪い官僚」の利権の温床となっているような「見苦しいステップ(無駄な公共事業や公共政策)」をスリム化することが目的です。・・・早くダンスが踊ってみたいものです。

3.日本版「タンジェントポリ

鈴木宗男氏が逮捕されました。これも、「見苦しいステップ」をなくす努力のひとつです。こうした努力を続けていく必要があります。いや、本当は一気呵成に行わなくてはなりません。

1992年、イタリアのミラノ検察庁は、老人ホームにおける汚職事件摘発をきっかけに「マーニ・プリティ(清廉な手)作戦」を展開し、政官業の癒着、汚職を一掃しました。実に、逮捕者は3000人、うち国会議員は400人(首相経験者5人)です。この空前の汚職摘発の動きを総称して、イタリアでは「タンジェントポリ」と言うそうです。「タンジェントポリ」とは、イタリア語で「汚職の町」という意味です。今こそ、日本版「タンジェントポリ」が必要です。

1990年前後、日本はバブル経済の真っ只中にあり、「Japan as No.1」を謳歌していました。当時、「イタリアはG7の中で最悪の経済財政状況で、マフィアの国だ」と見下していた方も少なくないことでしょう。当時のイタリアは、長期政権による政治腐敗、政官業の癒着、有力者の口利きがモノを言う公共事業、慢性的な経済不況と財政赤字、悪徳政治家やマフィアが歳出を中間搾取するといった構造問題を抱えていました。まるで、今の日本とソックリです。

「タンジェントポリ」を断行したイタリアでは、私利私欲のために地元に公共事業を誘導する悪徳政治家は一掃され、公共事業予算は大幅削減、財政は健全化を果たしました。

前項の話題の「歳入削減派」と「歳出削減派」がパートナーを組み、公的部門をスリム化するダンスこそ、日本版「タンジェントポリ」です。けっして、縮小均衡を意味しているのではありません。クラウディングアウトを発生させ、民間経済を疲弊させている無駄な公共事業や公共政策を見直していくことが目的です(メルマガVol.21参照)。

W杯の後は、日本版「タンジェントポリ」を盛り上げたいものです。

(了)


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