政治経済レポート:OKマガジン(Vol.14)2001.11.18

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。


1.気になる設備稼働率

日本の設備稼働率の低下が続いています。95年度を100とする製造工業稼働率指数(経済産業省公表)は、00年度は98.6と前年度(96.3)よりも上昇しましたが、01年度入り後は急速に低下を続け、8月は92.8まで下がり、13日に発表された9月分は89.1と過去最低を記録しました。

設備の稼働率が下がれば、無駄な固定費がかかることになります。そこで、企業は稼働率を上げるために設備削減を進め、それに連動して人員削減も行うことが予想されます。今日(18日)の日経新聞朝刊でも、1面トップで「上場82社計画、国内で12万人削減」という記事が掲載されていましたが、おそらく、設備稼働率と人員削減の動きには、従来よりも一段と密接な相関関係が形成されていると思います。

米国でも同様の傾向がハッキリとしてきました。米国の全産業の9月の設備稼働率(実数)は75.5%で、歴史的平均(82%)を大きく下回っています。米国ではデータを重視する経営者が多いことから、設備稼働率が歴史的平均値を切った頃から急速に失業率が上昇しました。米国の著名なエコノミスト(ドイツ銀証券のヤルデニ氏等)は、「米国の失業率は、単純に過去の設備稼働率との相関関係から推計すると、9%台まで上昇しても不思議ではない」と指摘しています。

逆説的ですが、設備稼働率を上げれば、失業率上昇を抑制できるかもしれません。これからは、設備を転用したり、複数の製品を製造できるようなラインの構築を常に念頭に置く必要があります。しかし、こうした試みは、設備の生産効率性とのトレード・オフ関係ですね。

2.雇用対策資金の行方=行政チェックの必要性

平成12年度の補正予算が、16日(金)に成立しました。僕も、15日の参議院財政金融委員会で、補正予算の中身について歳出官庁(予算を使って政策を行う官庁)と質疑を行いました。塩川大臣には、「居眠りしないで聞いていてくださいよ」と念押しして質疑に入りました。

今回の補正予算は、ご承知のとおり、雇用対策が柱と言われています。それ自体は結構なことです。問題は、中身が本当にそのとおりになっているかということです。

今回の雇用対策の中で金額の大きい項目として、「緊急地域雇用特別交付金」の創設というものがあります。総額3500億円です。このお金(=皆さんの税金)は、各都道府県に交付され、各都道府県が雇用に関する「事業資金」として使います。この「事業資金」というのが「くせもの」なんです。

「雇用対策に3500億円」と言われると、きっと、多くの皆さんは「失業者給付や雇用対策そのものに、3500億円全額が使われるんだろうなあ」と思われることと思います。ところが、そうではないのです。この3500億円は、各都道府県が独自の雇用「事業」に使っていいという資金ですので、そのための企画、外部への委託、会議の諸経費(早い話がお茶代とか、ひょっとすると関係者の懇親会)にも使われる「可能性」があるのです(断定はしません。各都道府県の実情によって異なります)。

事前に調べたところ、3500億円のうち「事業費に占める人件費(勤労者に直接渡る資金等)の割合は8割が目標」とされています。つまり、2割は諸経費に使っていいということです。2割と言えば、700億円です。しかも、「8割の目標」を達成できなくても、各都道府県に対してとくにペナルティはないのです。こういう税金の使い方は、外務省のプール金問題のような不祥事を発生させる土壌を作ります。委員会の席上では、このほかにもいくつも問題点を指摘しました。時間の制約で、席上では取り上げきれなかった問題も多数あります。

「塩川大臣、こうした実態をご存じでしたか」という問い掛けに対して、「いやあ〜、よく調べてはりますなあ〜」と感心はしてくれましたが、爺さん、いや、失礼、塩川大臣、感心してる場合じゃないですよ、まったく。いくら財政再建、財政再建と念仏を唱え、国債発行額を抑制しても、歳出の中身が十分にチェックできていなければ日本の財政の破綻は免れません。塩川大臣、分かってますか。

読者の皆さんにもお願いします。毎年の予算の中に組み込まれた政策資金(つまり、皆さんの税金)が、いかに有効に、いかに適切に使われているかをチェックしかなくてはなりません。もちろん、国会の場でも議論を続けていきますが、実際に予算が執行されるのは都道府県や市町村の行政の現場です。それぞれのお住まいの地域で、行政の政策執行の実情に監視の目を向けていってください。

3.中国のWTO加盟の影響

とうとう中国がWTOに加盟しました。2001年11月10日は、将来、歴史の教科書に大きく取り上げられる日になるかもしれません。

しかし、中国のWTO加盟が、今後、世界経済や日本経済にどのような影響を及ぼすかは予断を抱けません。一般には、中国の低コスト(日本の1/30から1/50)の労働力は先進国にとって驚異であり、中国は「世界の工場」になると言われています。製造業については、たしかにその傾向が強まるかもしれません。

もっとも、中国のWTO加盟で、予想外の出来事も起き始めています。世界の穀物相場が上昇し始めているのです。

中国は、従来、中国食料輸出入公司(COFCO)が穀物輸入を国家管理していましたが、WTO加盟によって、中国の一般企業が一定の枠内であれば低関税で自由に輸入できるようになったのです。このため、世界の穀物市場で中国の一般企業の買付が増加しており、穀物価格が上昇し始めました。シカゴ先物市場では、対日輸出価格にも影響が出始めたという情報もあります。

「世界の工場」中国は、日本に代わって貿易黒字大国になると予想する向きが多いですが、13億人という中国の人口を考えると、「工業貿易では黒字、農業貿易では赤字、ネットでは経常赤字国」という姿も考えられるかもしれません。いずれにしても、中国の動向、中国の影響を見極めること、そして予測することが、国家運営にとっても、企業経営にとっても非常に重要なファクターになりました。

もっとも、世界の穀物相場の上昇は、世界的なインフレの予兆かもしれません。あるいは、中国が世界の経済市場に参入したことが、インフレの契機になるかもしれません。何しろ、日本のみならず、米国も欧州もたいへんな金融緩和を行っている訳ですから、切っ掛けさえあればインフレが発生する可能性は大いにあります。

(了)


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