政治経済レポート:OKマガジン(Vol.12)2001.10.06

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。


1.「負担増」と「負担減」

9月27日から第153回臨時国会が始まりました。重要な法案や課題が目白押しです。目が離せません。

医療制度改革が議論されていることは、皆さん、ご承知のとおりだと思います。医療制度改革では、高齢者医療費の無料化時期の先送り、患者の自己負担率の引き上げなどが検討されています。医療費に占める自己負担の割合は、日本は既に欧米諸国に比べて高い水準にあります。しかし、医療保険財政が危機的な状況にあるため、患者の自己負担の割合を高めようという改革です。厚生労働省の資料によれば、この制度改革によって自己負担比率を現行の15%台から18%台に高めることになっています。欧米の主要国では、フランス(約12%)を除いて皆10%未満であることを考えると、かなり高い水準です。でも、支持率の高い小泉さんが「国民の皆さん、痛みを我慢してください!!」と熱弁しているのですから、この「負担増」、我慢しなくてはならないのでしょうか・・・。

不良債権問題も正念場を迎えています。非常に重要な懸案がふたつ、国会で議論されようとしています。ひとつは、銀行の不良債権を整理回収機構(RCC)が買い取る際の価格を「弾力化」しようというものです。「弾力化」というとよく分かりませんが、要は、今までよりも高い価格で買い取ろうというものです。これまでは、買い取り価格を「不良債権の評価額」の最高6割程度、平均で元本の3〜4%程度に抑えていました。RCCが無事に回収できなければ、公的資金、すなわち税金を投入する必要が発生するからです。国民の「負担減」を図るために合理的な対応だと言えます。しかし、今後は、買い取り価格を「時価」、すなわち「不良債権の評価額」並みにしようとするものです。結果的に、銀行の「負担減」、国民の「負担増」になる可能性が高いと思います。

もうひとつは、「株式買い取り機構」の設立に関するものです。不良債権問題の処理を進めるためには、銀行の経営基盤を安定させることが必要であり、そのためには銀行が保有している株式を「株式買い取り機構」が買い取り、銀行を市場リスク(つまり、株式の値下がりリスク)から遮断しようというものです。もっともな話です。しかし、「株式買い取り機構」が買い取った株式が値下がりした場合、最終的には公的資金、すなわち税金で穴埋めする可能性がある内容になっています。結果的に、銀行の「負担減」、国民の「負担増」になる可能性が高いと思います。

支持率の高い小泉さんが「国民の皆さん、痛みを我慢してください!!」と熱弁しているのですから、このふたつの「負担増」も我慢しなくてはならないのでしょうか・・・。

・・・、あれ、「国民の皆さん、痛みを我慢してください!!」と言ってるんですよね、小泉さん。「負担減」の銀行は国民ではないということですか?・・・銀行経営者の皆さんは、本当にこのふたつの案を望んでいらっしゃるのでしょうか?

2.「新規求人倍率」と「有効求人倍率」

「公共職業安定所には、求職者数を上回る年間700万人の求人があり、バブル期に匹敵する水準であり、求職者数を上回っています!!」小泉さんが、9月27日の所信表明演説で大きな声で力説していた部分です。雇用情勢はいいということを言いたかったのでしょうか・・・。そうは思えませんが・・・。

小泉さんが述べた数字は、ハローワーク(公共職業安定所のことです。最近はこういう呼び方なんですよ、小泉さん)に毎月提出される「新規求人数」と「新規求職数」の単純合計の数字です。実際のところ、平成12年度の「新規求人倍率」は1.08倍でした。数字的には、全員が就職できる計算です。しかし、現実には、求人内容と求職内容がうまく折り合わず(いわゆる「求人・求職のミスマッチ」)、失業者の4人に1人は失業期間が1年以上に及んでいます。

「新規求職数」に前月からの繰り越し分を加えた数字が「有効求職数」です。「有効求職数」を「有効求人数」で割った「有効求人倍率」は、7月に0.60倍まで低下しました。この数字が重要です(大きな声では言いませんが、小泉さん、企業の調査部門のスタッフなら、新人でも知っていることですよ)。

「公共職業安定所には、求職者数を上回る年間700万人の求人があり、バブル期に匹敵する水準であり、求職者数を上回っています!!」・・・にもかかわらず、なぜ失業者が減らないのか?街にはホームレスが増えているのか?個人消費は伸びず、景気は良くならないのか?その原因についての見解、ならびに対策を述べるのが首相の所信表明演説だと思いますが、小泉さん、いかがでしょうか?

3.外交の基本的考え方

国会では、週明けの9日に衆議院本会議で「国際テロリズム防止と我が国の協力支援活動に関する特別委員会」(委員長は加藤紘一氏の予定)が設置され、「テロ対策特別措置法案」を巡って論戦が本格化します。「自衛隊法改正案」とあわせて、11日に実際に審議入りし、政府・与党は翌週には衆議院を通過させたいと考えているようです。

(この段落、独り言です)エイズ対策や狂牛病対策はずいぶんゆっくりだけど、こういうのは早い!!こんなに早く対応できるなら、どうして湾岸戦争から10年間ほったらかしだったのかなぁ?サリン事件後の国内テロ対策もどうなってるんだっけ?

テロや国際紛争を撲滅するために、日本が国際社会で貢献するのは重要なことです。と同時に、政治の目的は「国民の生命と財産の安全を守るために最善を尽くす」ことだということを、忘れてはならないと思います。

「そんなこと、当り前じゃないか」とつぶやいている読者の皆さん、「国民の生命と財産の安全を守るために最善を尽くす」外交とは何かをじっくりと考えてみてください。

テロや国際紛争はなくしたいと思います。しかし、おそらく、現実には、完全になくなることはないでしょう。であるとすれば、外交のカードを切る際に、「そのカードを切ることが、自国民の生命と財産の安全のリスクを高めるかどうか」ということをよく考えると同時に、「そのカードを切ることによって、ゲームの相手(日本以外の全ての国、当然アメリカも含みます)が次にどういうカードの切り方をするか」、あるいは何手も先を読む「詰め将棋」のような思考を尽くしたうえで、「最善」の選択、すなわち「将来の国民の生命と財産の安全に及ぶリスクが最も小さいと思われる」選択を行うことが求められます。

今回の日本政府のカードの切り方について、皆さんはどのようにお考えでしょうか?現在の政府・与党案でカードを切った場合も、その後の展開として、(1)短期間で米国がタリバン政権を崩壊させる、(2)米国とタリバン政権の長期戦になる、(3)欧米諸国とイスラム諸国間の文明的な対立になる等々、様々なケースが想定されます。各々の展開になった際に、「日本国民の将来の生命と財産の安全に対するリスク」はどうなるとお考えでしょうか?

「最善」の選択とは、違う表現を使えば「切るカードを最も高く売る」ことです。「7」のカードでも、切り方によっては「3」にもなれば「絵札」にもなります。

もちろん、それを考えるのは私たち政治家の責任です。しかし、申し上げるまでもなく、最近の政治では「世論」も重要な役割を果たしています。皆さんはどのような「世論」を形成されるのでしょうか?

(了)


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