政治経済レポート:OKマガジン(Vol.9)2001.9.2

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。


1.株価対策に妙案はあるか?

先週末(8月31日)の日経平均株価は10,713円51銭と、連日バブル崩壊後の最安値を更新しています。小泉首相誕生以来、東京市場の時価総額は100兆円(GDPの約4分の1)も減少しました。読者の皆さんがこのメルマガを読んでくださる頃には、週明け(9月3日)の東京市場が始まっているかもしれません。どうなっているでしょうか・・・。

政府は、週明け早々にも何らかの株価対策を発表するという情報が入っています。妙案はあるのでしょうか?ここで打つ手を間違えると、致命傷になりかねません。OKマガジンでは、政府が安易に「窮余の一策」=「最後の一手」に手を染めないかということを懸念しています。それは、公的資金による株式買上げ、あるいは日銀による株式買上げ等の方針発表ということです。

「最後の一手」というのは、実際に使わないからこそ心理的な効果があります。実際にそれを使ってみて効果がなければ、「もはや万策尽きた」という印象を市場に与え、むしろクラッシュを助長するかもしれません。先の日銀の追加的な量的緩和策が1日しか効果がなかったことも、これと似た現象です。

現在の株安は、日本の構造改革の遅れと米国のIT不況に起因していることは皆が分かっています。根本的な原因が是正されなければ、本格的な下支えはできません。そうであるなら、対症療法として「最後の一手」を使うという早計な政策は何とか避けなければなりません。では、できることはないのでしょうか?

あります。それは、政府が構造改革遂行の覚悟の「証」を示すことです(もう言葉だけでは駄目です。「証」が必要です)。「税制改革なくして構造改革なし」ということは、既刊のOKマガジンでご説明したとおりです(既刊分はホームページにバックナンバーがあります。ご参照ください)。「証」は何も大きなことでなくてもいいのです。小泉政権下での株価下落の契機となり、かついまだに店晒しになっている証券税制改革を断行することです。証券税制改革自体は、株価を強制的に下支えするものではありません。しかし、「臨時国会を予定(9月下旬)よりも早く開催し、会期冒頭で証券税制改革を断行する」ということを小泉首相が宣言することが、期末の株価下支えには心理的に最も有効です(もちろん、実際に断行しなくては意味がありません)。そのためには、自民党税調(=構造改革の最大の抵抗勢力)の壁を突破することが必要です。週明けの株価対策に関するケーススタディは以下のとおりです。

  1. 何もしない=最悪。断続的な下落傾向に歯止めがかからない可能性大。
  2. 証券税制改革の早期断行を宣言(かつ実際に断行する)=適度な下支え効果あり。
  3. 公的資金による株式買入れ構想等(=「最後の一手」)を発表=数日間の効果のみ。むしろクラッシュを助長する。「過ぎたるは及ばざるが如し」。

こじつけですが、「証(あかし)」という言葉が、「証券」の「証」の字というのも奇遇ですね。ついでに、ちょっと不謹慎ですが(OKマガジンは少々固いという印象の読者の皆様へ)・・・銭形平次の投げ銭やウルトラマンのスペシウム光線を思い出してください。投げ銭や光線は番組の最後で必ず行使されますが、それが絶対的な効果があることを視聴者が知っているからこそ安心して見ていられます。投げ銭や光線を使っても、悪代官や怪獣が退散しなかったら番組はどうなるのでしょうか?

2.リストラとは何か?小泉社長に期待すること

連日、新聞の一面にリストラの記事が載っています。終身雇用の代名詞であった松下グループが人員削減に踏み切ったように、ちょっと前なら考えられないような大企業や企業グループが大胆な雇用調整を行っています。何だか米国のようになってきました。しかし、リストラって人員削減のことなのでしょうか?

7月4日の日経連の定例記者会見の際に、こんなヤリトリがあったそうです。席上、奥田会長(トヨタ自動車会長)が「トヨタでは会議でお茶も出ない。製造業は細かいところまでリストラを徹底しているが、金融業界は甘いのではないか」と発言したのに対し、臨席していた橋本副会長(富士銀行会長)が「経営効率化のために5年間で2割の人員削減を計画しており、金融業界のリストラが甘いとは思わない」と反論しました。

ここでは、製造業に比べて金融業界が甘いということを言いたい訳ではありません(甘いと言う指摘は大勢の方から聞きますが・・・)。経営者を含めた企業で働く皆さんが、リストラということをどのように捉えているかということです。人員削減だけがリストラではなく、業務改善(ひと頃、BPR=Business Process Re-engineeringという言葉が流行りました)やあらゆる分野でのコスト削減努力こそがリストラであると考えます。

政府も同じような誤解や間違いに陥っていないでしょうか。小泉首相は口を開けば「失業者の増加は止むを得ない。失業してもまた頑張ればいいんだ!!」といとも簡単に言いますが、構造改革、すなわち国全体のリストラ=人員削減と短絡的に捉えているような気がします。
日本株式会社(=日本経済)のリストラが必要になったのは、今までの経営者(=与党、高級官僚、財界)の手腕の拙さや、事業計画(=予算、様々な政策)、組織(=政策の企画・遂行を担う行政組織)の無駄に原因があります。そうであれば、現在の社長(=小泉首相)が為すべきことは、経営陣の刷新と、徹底した合理化努力、組織改革であるはずです。その過程で人員削減が発生するかもしれないことは、従業員(=国民)はもう十分自覚しています。
そんなことを繰り返し声高に叫ぶよりも、社長の手腕と覚悟を示して欲しいものです。組織改革の青写真めいたものは示し始めていますが、肝心の組織側(例えば、特殊法人)の協力があまり得られないようです。経営陣の刷新と徹底した合理化努力の証は見られません。一致団結した経営陣でなければこの難局は乗り切れません。どうして「これまでの経営陣(=自民党の旧勢力、悪い高級官僚)の根性を叩き直す!!」などと悠長なことを言っているのでしょうか。
そんなことをしている暇はありません。従業員が期待しているのは経営陣の刷新です。どうして会社(=国)の事業資金(=予算)を横領していた事業部(=外務省)を解体しないのでしょうか。従業員が小泉社長に期待したことと、小泉社長の手腕にだんだんと乖離が見え始めています。

企業の経営陣の皆さん、小泉社長と同じような間違いに陥らないようにしてください。リストラは、米国のような人員削減型の案ばかりではありません。欧州のワークシェアリング型という考え方もありますよ。

3.「逃げ水政策」の罪

厚生労働省が高齢者医療制度の対象年齢を70歳以上から75歳以上に引き上げる方針を固めたことが報道されました。「70歳から医療費はいらない」と思って老後の計画を立てていた方々の動揺は大きく、またまた財布の紐が固くなりそうです。年金の支給開始年齢がどんどん引き上げられるのも同様です。

銀行の不良債権処理を2、3年で完遂すると言っていた柳沢金融担当相が、先週、何を思ったのか「不良債権残高を7年で半減させるが、今後3年間は横這い」と発表しました。株価下落のきっかけになりました。金融業界のどなたかから陳情されたのでしょうか?

人に優しい政策も、自分達に厳しい政策もどんどん逃げ水のように遠のいて行きます。これって「先送り」と言わないでしょうか?経済政策が効果を有するためには、政策に対する国民の期待が維持されていることが必要です。「合理的期待」と言います。経済理論の常識です。もし、国民が「政府はどうせ言ったことを守らないから・・・」といつも考えるようになったら、どんな政策も所期の効果をあげられなくなります。期待が変化してしまうことを「適応的期待」と言います。日本国民は、政府に対して「合理的期待」を抱けなくなりつつあります。「逃げ水政策」は絶対にやってはいけないことのひとつです。

もちろん、不良債権処理を愚直に短期間で断行することは、経済をかえって崩壊させるかもしれません。だからこそ、OKマガジンでは、「まず実態を明らかにすることが先決」と主張しているのです。小泉首相も竹中大臣も、実態を十分把握することなく、柳沢大臣と意見調整することもなく、なぜ「2、3年で片付ける」などと根拠のない自信を早々と示したのでしょうか。言うだけなら誰でもできます。「逃げ水政策」の罪は重いですよ。

ところで、皆さん、最初の話ですが、どうして厚生労働省が高齢者医療制度の対象年齢を引き上げる方針を固めるのでしょうか?小泉さん、政治主導の政策を行うんじゃなかったでしたっけ?

(了)


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