政治経済レポート:OKマガジン(Vol.527)2024.1.25

能登半島地震の復旧復興、被災者支援に当たっている全ての関係者の皆様に敬意を表します。明日から始まる通常国会冒頭に被災者生活支援法改正案(支援額引き上げ等)を提出します。国会も全力で対応します。さて、毎年年始にフォローしている「時価総額世界トップテン」「世界10大政治リスク」「世界終末時計」。今回は「世界終末時計」についてです。「残り時間」が僅かになり、大変懸念される状況です。今年の世界に重大な影響を与えるのは米大統領選の行方。国際紛争、AI等科学技術進化、気候変動に加え、その動向をよく知り、熟考することは、経営や政治経済を担う上で必達と言えます。


1.無茶苦茶・懐が深い・原則重視

11月の米大統領選に向け、共和党の候補指名争いの第2戦となる東部ニューハンプシャー州予備選が23日投開票され、トランプ氏が勝利しました。

初戦の保守派の影響力が強い中西部アイオワ州、第2戦の穏健派や無党派層が多いニューハンプシャー州予備選で連勝し、トランプ氏は党候補指名に向けて前進。

15日のアイオワ州予備選後、支持層が重なる南部フロリダ州デサンティス知事や実業家ラマスワミ氏が相次いで予備選撤退を表明し、トランプ氏支持に回りました。

そのため、ニューハンプシャー州予備選はヘイリー元国連大使との一騎打ち。得票率トランプ氏54.6%、ヘイリー氏43.1%で、トランプ氏が連勝しました。

共和党候補争いは6月まで各州で予備選や党員集会が開かれ、7月の党全国大会で大統領候補選出の投票権を持つ「代議員」(計2429人)の獲得数を競います。

代議員は人口や党勢に応じて各州に割り振られており、ニューハンプシャー州予備選では得票率に応じて22人の代議員が各候補に分配される。

共和党候補争いで、アイオワ州、ニューハンプシャー州が初戦、第2戦の舞台になって以降、現職以外で連勝した例はないそうです。両州は政治風土が異なるため、党内の圧倒的支持がなければ連勝は難しいためです。つまり、トランプ氏は現職並みの強さを見せたことになります。

今後もトランプ氏の優位は変わりませんが、得票差は事前の世論調査の結果よりも接近しています。

また、共和党予備選は無党派層も登録すれば選挙に参加できるため、ニューハンプシャー州の予備選では投票者の約4割が無党派層でした。

その無党派層だけを見ると、トランプ氏は約4割弱の支持しか得られず、約6割強はヘイリー氏を支持しました。

本戦は全国民が参加します。今回の無党派層の支持傾向が本戦でも変わらないとすれば、トランプ氏対バイデン氏の戦いではバイデン氏有利の展開になります。

僕でも想像できるこうした構造を踏まえ、ヘイリー氏はニューハンプシャー州予備選でトランプ氏と距離を置く党穏健派や無党派層への浸透を狙い、穏健派のスヌヌ同州知事の支援を取り付けました。

その結果、トランプ氏に連敗を喫したものの、大敗は免れ、2月24日の地元・南部サウスカロライナ州予備選の勝利を目指しています。ヘイリー氏は、同州の元下院議員・州知事だからです。

逆に言えば、2月24日のサウスカロライナ州予備選でヘイリー氏が敗戦すれば撤退の可能性が高い一方、ヘイリー氏が勝利すれば3月5日のスーパーチューズデー(予備選・党員集会が集中する日)で決着をつける展開になります。

共和党予備選スタートに先立つ今月9日、2021年の連邦議会乱入事件を巡る裁判が開かれました。トランプ氏は前年11月に行われた大統領選挙の結果を覆すために、支持者を煽って連邦議会を襲撃させたとして起訴されています。

首都ワシントンにある連邦裁判所でトランプ氏も出廷して口頭弁論が行われ、トランプ氏側は「在任中の大統領としての行動は刑事責任を問われない」「大統領免責特権があるため、弾劾訴追されない限り刑事責任は問われない」と主張し「起訴は不当」と訴えました。

裁判でトランプ氏は発言しなかったそうですが、トランプ氏側の主張は「無茶苦茶」という印象です。検察側は「大統領には憲法上の特別な役割があるが、法を超える存在ではない」と述べて、訴えを退けました。もっともです。しかし、まだ決着していません。

裁判に先立ちトランプ氏はSNSに動画を投稿し、「起訴はバイデン大統領による司法権の乱用だ」とした上で「もし私が免責されないのであれば、バイデンも免責されない」「自分が大統領に再選されれば、バイデンを起訴することも辞さない」と脅しをかけました。

そのような状況下での米大統領選。議会襲撃を扇動したトランプ氏が堂々と共和党予備選で候補者指名を目指し、大統領再選を狙っている米国という国家。「懐が深い」とも言えるし、「疑わしきは罰せず」「罪が確定しない限りは推定無罪」という「原則重視」の国家とも言えます。

いずれにしても、本戦でトランプ勝利となれば民主党支持者や無党派が、トランプ敗北となれば共和党トランプ支持者が暴れ出し、前回お伝えした今年の「世界10大政治リスク」のトップ「米国の分断」が現実化すると予想します。米国内のみならず、国際情勢への波及、世界の混乱は必至です。

そういう要因も加わって、一昨日(23日)に発表された「世界終末時計」の「残り時間」は昨年に続いて「90秒」。過去最悪を続けています。

2.世界終末時計

「世界終末時計」について復習です。世界終末時計(Doomsday clock)とは、核戦争等による人類絶滅(終末)を午前0時に準(なぞら)え、終末までの残り時間を「あと何分」と示す時計のことです。

日本への原爆投下から2年後、冷戦時代初期の1947年に米国の科学者等が危機を感じて始めた企画です。具体的には米国「原子力科学者会報」の表紙絵として誕生しました。

原子力科学者会は原爆を開発したマンハッタン計画の参加者等が中心となって組織され、「原子力科学者会報」では核兵器の危険性について警鐘を鳴らしています。

開発して警鐘を鳴らすというのも不条理な話ですが、科学者もやってしまったことの重大さに気がついたということです。

終末時計の時刻は、当初、同誌編集主幹のユダヤ系米国人物理学者ユージン・ラビノウィッチが中心となって決めていましたが、同氏の死後は「会報」の科学安全保障委員会が協議し、時間の修正を行っています。

つまり、人類滅亡の危険性が高まれば残り時間が減り、低まれば残り時間が増えます。時計は「会報」の表紙に掲載されますが、シカゴ大学にはオブジェが存在します。

科学安全保障委員会は、ノーベル賞受賞者を含む各国の科学者や有識者等14人で構成されています。過去最長は17分。最初は残り7分(1947年)からスタートしました。

その後、ソ連が核実験に成功し、核兵器開発競争が始まったことを悲観して4分短縮して残り3分(1949年)。米ソ両国が水爆実験に成功した1953年には2分になりました。

科学者によるパグウォッシュ会議が開催されるようになり、米ソ国交回復が実現すると5分戻って7分(1960年)。さらに米ソが部分的核実験禁止条約に調印して12分(1963年)。

しかし、フランスと中国が核実験に成功し、第3次中東戦争、ベトナム戦争、第2次印パ戦争が発生すると再び7分に短縮(1968年)。

米国が核拡散防止条約を批准すると3分戻って10分(1969年)。米ソがSALT(第1次戦略兵器制限交渉)とABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約を締結して12分(1972年)。

ところがその後、米ソ交渉が難航し、MIRV(複数核弾頭弾)配備、インドの核実験成功によって3分短縮されて9分(1974年)。

米ソ対立激化、国家主義的地域紛争の頻発、テロリストの脅威拡大、南北問題、イラン・イラク戦争等によってさらに短縮されて7分(1980年)。

軍拡競争に加え、アフガニスタン、ポーランド、南アフリカ等における人権抑圧等も反映して短縮が進み残り、4分(1981年)。さらに米ソ軍拡競争激化で3分(1984年)。

ところが、米ソ中距離核戦力(INF)廃棄条約締結で3分戻り、6分(1988年)。湾岸戦争はあったものの、冷戦終結でさらに4分戻って10分(1990年)。ソ連崩壊で7分戻って17分(1991年)。過去最長となって、最も人類滅亡の危機が遠のきました。

しかし、そこからは短縮の一途。ソ連崩壊後もロシアに残る核兵器の不安で14分(1995年)。インドとパキスタンが相次いで核兵器保有を宣言して9分(1998年)。

米国同時多発テロ、米国ABM条約脱退、テロリストによる大量破壊兵器使用の懸念から7分(2002年)。

2007年以降は、気候変動、核戦争、AI等の人為的リスクも考慮に入れられています。北朝鮮核実験、イラン核開発、地球温暖化進行で5分(2007年)。

オバマ大統領による核廃絶運動で1分戻って6分(2010年)となったのも束の間、核兵器拡散の危険性増大、福島原発事故を背景とした安全性懸念から再び5分(2012年)。さらに気候変動や核軍拡競争のため3分(2015年)。

そしてトランプ大統領が登場した2017年。残り時間が少ない中で、30秒短縮されて残り2分30秒となり、トランプ劇場がスタート。

翌2018年、「会報」の科学安全保障委員会は「冷戦時よりも危険な状態」と認定し、前年からさらに30秒短縮して2分。1953年の過去最短、過去最悪に並びました。

北朝鮮やイラクの核兵器開発が露呈したうえ、気候変動問題も深刻化する中でトランプ大統領がパリ協定離脱方針を発表したことなどが影響しました。

2019年は残り2分に据え置かれたものの、科学安全保障委員会のメンバーは「もう手遅れだ、みなさんさようなら」との絶望的コメント。

米国は11月4日にパリ協定正式離脱を表明。それに先立つ8月2日、中露に対抗して、米国は中距離核戦力(INF)廃棄条約も脱退。

そして2020年1月23日、残り時間はとうとう秒単位で表現される段階に入り、「残り100秒」と発表されました。この年の世界の展開は記憶に新しいところです。何と言ってもコロナパンデミック、米国大統領選挙、そして香港騒乱もありました。

翌2021年1月27日、残り時間は100秒に据え置かれましたが、「パンデミック危機において、各国政府は科学的助言を無視し、人々の健康を守ることに失敗した。核兵器や気候変動という人類の脅威に対処する準備もできていない」と指摘されました。

2022年1月25日、「終末時計」は3年連続で100秒とされ、「世界は極めて危険な瞬間に立ち往生したままだ」との声明が発表されました。 それから間もなくして、ロシアのウクライナ侵攻が勃発。

米国で自宅に核シェルターを掘り、子どもたちが核攻撃に備えて学校の机の下に隠れる訓練を受けていた冷戦最中でも、残り時間はここまで短くありませんでした。

3.「残り90秒」とババ・ヴァンガ

そして昨年2023年1月25日、残り時間はさらに短縮されて90秒と発表され「世界は前例のない危険な状態。人類最後の日に最も近づいた」と警告されました。

理由についてはロシアによるウクライナ侵攻を筆頭にあげ、ロシアが核兵器使用を示唆したことから「事故や誤算によって紛争が拡大するリスクがあり、紛争が誰の手にも負えなくなる」と指摘。

また、ロシアによる軍事侵攻でウクライナのチョルノービリ原発、ザポリージャ原発から放射性物質が放出される危険もあるとしました。

このほか、中国の核軍拡、北朝鮮の核・ミサイル開発、ウクライナ情勢の影響による地球温暖化対策の世界的後退、新型コロナウイルスのような感染症リスク等を指摘。

残り時間を決めるメンバーの1人、核軍縮や核不拡散研究が専門のシャロン・スクアソー教授(米ジョージ・ワシントン大学)の雑誌での昨年の発言をご紹介しておきます。

「ロシアが戦術的目的で核兵器を使用しても得られるものはほとんどない。核兵器使用は賢明とも合理的とも戦略的とも言えないが、プーチン大統領が使用するリスクはゼロではない」。

「国際的な核兵器管理体制が『十分に機能していない』と考え、核兵器を保有する方が安全だと判断する国が増える」「核抑止力への依存が強まり、核兵器拡散につながる」。

「NPT(核拡散防止条約)再検討会議でロシアの反対によって最終文書が非採択となり、核不拡散システムへの信頼は低下。核兵器使用リスク、世界的大惨事につながる確率は高まっている」。

昨年秋には、ハマス(ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義・民族主義的な政治・軍事組織)によるイスラエル襲撃に端を発してガザ地区での戦闘が始まりました。

そして一昨日の2024年1月23日、残り時間は引き続き90秒と発表されました。2年連続で過去最短。前年に続く核兵器使用リスクのほか、地球温暖化対策の後退、生物学的技術やAIの悪用リスクも挙げています。

核兵器使用リスクについては、米中露が核兵器の拡大・近代化のために巨額投資を続けているため「誤りや誤算による核戦争勃発、ウクライナ戦争での核エスカレーションの危険性に拍車をかけている」と指摘しました。

終末時計に長年携わっているロシア核兵器専門家パヴェル・ポドウィグ氏が、残り時間発表時にコメントした内容をもご紹介しておきます。

「プーチン大統領が戦略的核抑止部隊を警戒態勢に入らせたことにショックを受けた。プーチン氏は衝動的ではなく、計算のうえで行動した」。

「核兵器とはまさにこのような使い方をするものであり、ある程度の行動の自由を確実にする」「プーチン大統領はこうした行動をとることで西側諸国のウクライナ介入を阻止できると考えていたが、それは正しい計算だった。核抑止力とはこのように作用するものだ」

長年の核軍縮交渉も効果なく、世界には現在も約1万3000発の核弾頭が存在します。その9割以上を米露両国が保有しています。最新情報によれば、保有国は9ヶ国、核弾頭保有基数は以下のとおりです。

ロシア5889、米国5244、中国410、フランス290、英国225、パキスタン170、インド164、イスラエル90、北朝鮮30。北朝鮮については50または60という情報もあります。

英国は2021年に核弾頭保有上限を225基から260基に引上げ。ウクライナ戦争勃発以降、ロシア高官は核兵器を英国に対して使用する可能性を示唆しています。

2006年(推定)に核保有国に加わった北朝鮮は、金正恩政権下で米国を射程圏に収める核ミサイルの発射実験を繰り返しています。

かつて一世を風靡したノストラダムス(1503年生、66年没)の大予言に照らすとどうなるか興味深いところですが、ブルガリアの大予言者ババ・ヴァンガ(1911年生、96年没)は21世紀初頭に第3次世界大戦が勃発すると予言しています。

「ババ」はブルガリア語で「おばあちゃん」の意味。欧州では信奉者が少なくありません。子供の時に竜巻に飲み込まれ、激しい砂嵐で両目を失明。以来、予知能力を獲得。生前本人は「不思議な生き物が未来の出来事を教えてくれる」と話していたそうです。

ご参考までにこれまでの「残り時間」を明記しておきます。かつては「残り時間」が変わった時に発表されていましたが、2015年からは毎年発表されています。

1947年「7分」→1949年「3分」→1953年「2分」→1960年「7分」→1963年「12分」→1968年「7分」→1969年「10分」→1972年「12分」→1974年「9分」→1980年「7分」→1981年「4分」→1984年「3分」→1988年「6分」→1990年「10分」→1991年「17分」→1995年「14分」→1998年「9分」→2002年「7分」→2007年「5分」→2010年「6分」→2012年「5分」→2015年「3分」→2017年「2分30秒」→2018年「2分」→2020年「100秒」→2023年「90秒」→2024年「90秒」(2年連続)。

(了)

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