政治経済レポート:OKマガジン(Vol.526)2024.1.12

元旦に発生した能登半島地震、2日に起きた日航機・海保機衝突事故の犠牲者のご冥福をお祈りしますとともに、被災者・負傷者の皆様にお見舞い申し上げます。今この瞬間も災害対応に従事していただいている、救急・消防・警察、自衛隊、医療・介護関係者、電力・水道等インフラ関係者、行政関係者等に敬意を表します。一刻も早い被災者の生活再建、被災地復興に、国会議員の1人として努力します。


1.株式時価総額ベスト10

毎年成人式(今年は1月8日)にBIP(Business Intelligence Professional)セミナーというイベントを名古屋で開催しています。僕自身が2つのテーマで3時間講演させていただく企画です。ご協力、ご参加いただいた皆様に御礼申し上げます。

今年は、第1部「AIと産業と経済」、第2部「2024年経済を展望する」というテーマで講演させていただきました。

毎年、前年の「株式時価総額ベスト10」とユーラシア・グループ発表のその年の「世界10大政治リスク」を冒頭にご紹介していますが、今年は後者の発表が間に合いませんでした。セミナー開催の夜(米国時間の8日)に発表されました。

2023年末の「株式時価総額ベスト10」は、10社中9社が米国企業となりました。日本のバブル経済ピーク時の1989年末のベスト10は10社中7社が日本企業だった時代とは隔世の感があります。

バブルによる資産効果の成せる業でしたが、それを過信し、以後も実業を伴わせること(人材・技術・企業・産業を育成すること)に腐心しなかったツケが2010年代以降に顕著に顕現化しています。

こういう比較をBIPセミナーで紹介し始めた今から約10年前は、世の中全体があまりそのこと(日本企業及び日本経済のプレゼンスが低下していること)に敏感ではありませんでした。

しかも、その後に始まった「異次元緩和」と称する金融政策で「事態が好転する」あるいは「事態が好転している」と盲信していた向きもあり、日本の厳しい実情に対して覚醒するのが遅れたと言えます。

しかし、最近ようやく「我に返る(正気に戻る)」雰囲気が日本全体に出てきた印象を受けます。遅きに失してはいますが、ここから如何に挽回するか。戦略と覚悟と実行力が問われます。

毎年、大学生や金融機関等の若手社員を対象に講義をさせていただいていますが、現状を直視して、新しいことに挑戦しようという若者も増えてきたという印象です。

正確に言えば、そうではない若者との二分化が進んでいます。若者に限りません。中心世代(30~40歳代)や中高年層でもそうした傾向を感じます。

さて、ベスト10のトップはアップル(1976年創業<以下同>)。過去10年近くトップの座を譲っていません。もちろんiPhone及びiOS効果ですが、同社は生成AI等を巡る次の展開における戦略も虎視眈々と練っている印象であり、圧巻です。この件については、いずれ詳述します。

以下、マイクロソフト(以下MS、1975年)サウジアラムコ(1993年)アルファベット(1998年)アマゾン(1994年)エヌビディア(1993年)メタ(2004年)テスラ(2003年)バークシャー(1839年)イーライリー(1876年)です。

過去数年間、アリババ(1999年)やテンセント(1998年)等の中国企業がベスト10入りしていましたが、今回はゼロ。

中国国内の景気悪化、不良債権問題等が影響していますが、米国による対中貿易規制や先端技術流出規制の効果も及んでいる気がします。

「世界10大政治リスク」は毎年1月、国際政治学者イアン・ブレマーが1998年に米国で設立した政治リスクコンサルタント会社ユーラシア・グループが発表しています。

ユーラシア・グループは、戦争や政情不安も含め、マーケットに影響を与える可能性のある政治リスクを分析し、機関投資家や多国籍企業にアドバイスしています。

今から10数年前、BIPセミナーで「世界10大政治リスク」を紹介し始めた頃には「イアン・ブレマーって誰」という反応でしたが、2011年に「Gゼロ時代」到来を指摘したことで一躍メジャーな存在になりました。

「世界10大政治リスク」は的中する項目も多く、一昨年(2022年)の4位に「ロシアがウクライナを巡って欧米と対立」とノミネート。発表から1ヶ月後にロシアがウクライナ侵攻開始。見事に(と言うより、不幸にも)的中し、昨年(2023年)1位は「ならず者国家ロシア」でした。

昨年1年間及び現在もロシア・ウクライナ戦争が続いていることから、また的中させたと言えます。一方、昨年の10大リスクには含まれていない昨年中に起きた重大事案が2つありました。

第1は、パレスチナ(ハマス)とイスラエルの紛争勃発。昨年10月7日、ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが突然イスラエルを急襲した理由が何であったのか、今もって明らかにはなっていません。あえて紛争を起こすために急襲したように思えます。

第2は、生成AIの爆発的普及とAI進化に対する軋轢。2022年11月にオープンAIがリリースしたChat GPT。2023年の10大リスク発表時にはリリースから1ヶ月しか経っておらず、その後の急拡大を昨年の時点では予想できなかったと言えます。

2.世界10大政治リスク

さて、2024年の世界10大政治リスクのベストスリー(と言うより、ワーストスリー)は以下のとおりです。

第1位は「米国の分断」。11月の大統領選挙に向けて政治的分断がさらに深まり、地政学的な不安定さを世界に拡散する危険性があるとしました。

米国政治システムの機能不全は先進的な民主主義国家の中で最も酷く、大統領選挙に向けて政治的分断がさらに深まるという見方です。米国が政治的危機に直面すれば、世界各地で地政学的な不安定さが顕現化する可能性があると警告しています。

ユーラシア・グループ報告書は「誰が勝っても分断と機能不全は深刻化する」と指摘しているほか、「米国民主主義は19世紀半ばの南北戦争以来の困難に陥り、世界中で米国の信頼を損なうことになる」と警鐘を鳴らしています。同感です。

トランプが勝てば主要都市で大規模な抗議活動が起きることが予想されるほか、トランプが負けた場合には「敗北を受け入れず、合法もしくは違法なあらゆる手段を使って選挙結果に異議を唱え、かつてない政治的危機を招く」としています。

だからこそ、いくつかの州裁判所では前回選挙後に支持者による連邦議会襲撃を煽ったトランプの立候補資格を認めない判決を下しています。

そのうえで、前回の選挙結果を覆そうとしたことに関して複数の罪で起訴されたトランプ前大統領と現在81歳という高齢のバイデン大統領は「いずれも大統領にふさわしくない」と断じています。

第2位は「瀬戸際に立つ中東」。イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が続く中東情勢について「戦闘を終わらせる明確な方法はなく、この戦闘を巡る政治的分断が世界に影響を与える」としています。

とくに、ハマスを支援するイエメンの反政府勢力フーシ派による船舶への攻撃で世界の物流網に影響が出ることを予想しています。

まるでイアン・ブレマーの予想を後押しする如く、昨日、米英両軍がフーシ派関連拠点に空爆を開始。フーシ派の背後にはイランが関与していますので、中東全域に紛争が拡大する危険性が高まっています。

第3位は「ウクライナの事実上の割譲」。欧米の対ウクライナ支援が徐々に滞り、ウクライナが劣勢となって事実上ロシアに一部領土が割譲される可能性があるとしています。

僕のセミナーの第2部「2024年経済の展望」の中で、今年の経済に影響を与える大きな要因をいくつか指摘しました。

最も大きな要因として挙げたのはエネルギー事情です。その中でも、欧州諸国のエネルギー(天然ガス、石炭)に関する対ロシア依存度の高さを説明し、それが欧米のウクライナ支援に影響すると解説しました。

欧州はロシアからのエネルギー供給を維持継続するため、水面下ではロシアと交渉し、対ウクライナ支援をフェイドアウトさせる可能性があると予測しています。

事実上欧州が支援縮小する中で、米国だけでウクライナを支え切れるかと言えば、それは困難です。米国も戦略的に支援を縮小せざるを得なくなり、その結果としての「ウクライナの事実上の割譲」です。

以上がイアン・ブレマーの「ワーストスリー」ですが、僕のセミナーの第1部のテーマは「生成AIと産業と経済」。つまり、第2部の「2024年経済を展望する」うえで生成AIあるいはAIそのものの影響が不可避だという認識です。

したがって、僕がベストスリー(ワーストスリー)を決めるならば、第1はAIに関する予測になりますが、イアン・ブレマーの10大リスクでは4番目に「AIのガバナンス欠如」が登場します。

折しも9日、MSとオープンAIの提携に関して、EU(欧州連合)競争当局が調査を行うとのニュースが流れました。

MSは2019年にオープンAIと提携。10億ドル(約1440億円)を出資し、営利部門の株式49%を取得。また、昨年中に約130億ドル(約1兆8700億円)を投資したと報道されています。

MSはオープンAIの最高意思決定機関である理事会(取締役会に相当)で議決権はないものの、ポストを占有。MS広報担当者は「オープンAIの経営に議決権のないオブザーバーとして参加しているだけ」と説明していますが、MS主導で強力なAIモデルが開発され、人類に対する危機に至ることが懸念されています。

このことに関連し、オープンAI創業者サム・アルトマンがMSに同調しているとの風評が、昨秋の同氏解任劇の背景です。

MSとオープンAIの提携を巡っては、英競争市場庁(CMA)も昨年12月に独占禁止法上の合併調査をするかどうかを検討すると発表しています。

EU欧州委員会のデジタル政策の責任者(ベステアー上級副委員長)は「新たな市場が競争的であり続けることが重要だ。両社の提携が市場力学を歪めることがないように注意深く監視する」と述べています。

3.Q*計画とPathways計画

MSとオープンAIの提携に関しては各方面から懸念が表明されており、それがアルトマンの解任騒動につながったとの見方が現時点での定説です。

もともとオープンAIは2015年に研究目的のNPOとして発足。その中心人物であったアルトマンが立ち上げた同社の定款には「株主ではなく人類への貢献を最優先する」と明記。その方針に賛同した多くの研究者やエンジニアが集まり、同社の最高意思決定機関はNPOの理事会(取締役会に相当)という構造になっています。

そこから数年間は、イーロン・マスクを含む他のIT系企業経営者等もAIの進化に関して警鐘を鳴らし、オープンAIの定款に記している方向性を共有していましたが、2020年代入り直前辺りから少し様子が変わってきました。

オープンAIは開発費捻出目的で2019年に子会社を設立。同社にはMSが出資し、上述のとおり現在の出資比率は49%です。

オープンAIは徐々に定款の方向性から開発・進化偏重に変わりつつあると見られており、それでもMSは同社の運営を担う上記NPOに理事を送り込むことはできない状態が続いています。

そこでアルトマンそのものをオープンAIから退社させ、MS傘下で活動させようとしたというのが解任騒動の原因に関する第1の推論です。したがって、解任決議を裏で糸を引いたのはMSサティア・ナデラCEOと噂されています。

第2の推論は、オープンAIの中で密かに進んでいるという噂のある「Q*(キュースター)計画」に関するものです。

オープンAIの研究者数人が「人類を脅かす可能性のある強力なAIの発見」について警告する書簡を理事会に送付し、これを受けてアルトマンは解任されたとの推論です。

つまりアルトマン自身が「Q*計画」を主導しているからこその解任決議です。この推論はロイター通信で報道されましたが、MSが同計画に関与しているか否かは不明です。

いずれの推論が正しいかは別にして、アルトマン解任に対してオープンAIの多くの研究者やエンジニアが「アルトマンが社に戻らないなら退社する」と反発。結果的にアルトマンは同社に呼び戻されました。

研究者、エンジニアがMSに大挙して入社すれば、第1の推論におけるナデラCEOの思惑どおりですが、そうはならなかったということです。

いずれにしても、オープンAIとMSの提携に関しては疑義と懸念が多く、だからこそEU当局が動いています。

なお、「Q*計画」に類するAI開発計画はグーグルでも進んでおり「Pathways(パスウェイズ)計画」と呼ばれているようです。

さて、世界10大政治リスクの第5位は「ならず者国家の枢軸」。ロシア、北朝鮮、イランという「ならず者国家」が協力関係を深め、国際社会の既存の制度や原則を弱体化させようとしていると指摘。欧米側から見れば、そういう指摘になるでしょう。

第6位は「回復しない中国」。中国経済の不調は一昨年から続いています。外国人投資家の撤退等も顕現化しているほか、人口が減少傾向に転じつつあることも経済にはマイナスです。中国政府は、過剰な建築投資、金融機関の不良債権問題、全体としての需要不足等に対応できず、中国経済の回復は難しいだろうと見ています。

第7位は「重要鉱物をめぐる争奪戦」。イノベーションや国家安全保障に係わる重要資源の生産地が一部地域に偏っていることから、産出国政府は価格引上げに繋がるような動きをする一方、需要国も対抗措置(他分野を含めた保護主義的措置等)をとる可能性があり、資源貿易、サプライチェーンを巡る摩擦が増すことを予測しています。

第8位は「インフレによる経済的逆風」。世界的なインフレ傾向が続くことを想定しており、インフレ対策を企図した高金利政策が世界経済を減速させると予測しています。

第9位は「エルニーニョ現象の再来」。異常気象によって、食糧難、水不足、物流の混乱、病気の流行、政情不安などにつながることを危惧しています。

第10位は「分断化が進む米国でビジネスを展開する企業のリスク」。第1の「米国の分断」が最大リスクとしている関係上、米国でビジネスを展開している企業は特定州市場からの撤退等、思わぬ混乱に巻き込まれる可能性があると警鐘を鳴らしています。

難題山積の2024年ですが、何とか乗り切っていきましょう。今年も少しでもお役に立つ情報をメルマガでお伝えできるように努力していきます。

(了)

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