政治経済レポート:OKマガジン(Vol.516)2023.8.5

欧州からの帰国便の機内で書いています。かつてフィンランドの「ネウボラ」を実地調査し、たいへん参考になりました。今回はオランダの「サーキュラー・エコノミー」等の実態を見分するために、ベネルクス3国等を訪問。SDGs対策とも密接にリンクしており、子供の貧困対策とも関連しています。過日は僕のYouTubeライブ「三耕探究」で「こども食堂」の運営をしている方から直接話を聞かせていただきました。今回は「こども食堂」に関連した話題をお届けします。


1.仕事か家庭か

「貧困」とは、OECD(経済協力開発機構)が定める相対的貧困率の定義では、2人暮らしで月収約14万円以下の水準を指します。

国民基礎調査によれば、日本では7人に1人の子供が貧困。全体で約280万人。先進国の中で最悪割合であり、その背景には親の低所得、非正規雇用等の問題が潜みます。

当然、国、自治体、NPO等が様々な対策を行っています。政府は児童手当や社会保障給付のほか、保育・幼児教育無償化、待機児童解消等による保育へのアクセス容易化に取り組み、「子どもの貧困対策の推進に関わる法律」も制定しました。

同法では、教育支援、生活支援、就労支援、経済的支援の4つの観点で支援を構成しています。教育支援では、学校を貧困対策のプラットフォームと位置づけ、放課後学習や学習支援等を実施。生活支援では保護者の生活支援を行うことで子供を取り巻く環境改善を企図。

保護者の就労支援を通して、ひとり親家庭等の子供を支えます。経済的支援は、児童扶養手当、母子福祉資金貸付金等、子供の貧困対策の基本です。

自治体では居場所作り、食事に対する支援等を行うことで、子供を支援しています。最近予算措置が増えている「こども食堂」もその一環です。

NPO法人は総じて自治体サービスを補完。病児保育やシングルマザー支援等、行政がリーチしにくいことや「こども食堂」の現場を担っています。

先進国で子供の支援が手厚いのは北欧諸国が断トツですが、そのほかでは英国とフランスの取り組みが日本にとって参考になります。

英国では1997年から10年間で子供の貧困率が26%から18%に改善。特にひとり親世帯の子供の貧困率は49%から22%に劇的に低下しました。

法律で貧困対策に数値目標を設定し、それに基づいた対策の進行状況を毎年国会に報告。3年毎の戦略策定も義務付け。また、社会保障給付を見直すことはあっても、教育関係予算は削減しませんでした。

英国の主な取り組みは、児童特別補助、児童信託基金、タックスクレジットの3つです。児童特別補助は、親が無職あるいは低所得の貧困児童数に応じて学校に給付される補助金です。学校はこれを使い、指導員増員、放課後学習支援、授業前朝食(後述の「朝食クラブ」)等を拡充しました。

児童信託基金は政府から支給される一時金。子供が18歳になると引き出し可能で、以降の高等教育や職業訓練に活用されました。貧困率が改善された今は廃止されています。

タックスクレジットは現金給付支援の一環です。16歳未満の子供がいる世帯の納税額に応じて支給。現在はユニバーサルクレジットと改称され、求職手当、所得補助等6種類の現金給付を統合した低所得者支援、それに伴う子供支援の柱です。

フランスは合計特殊出生率(2022年)が1.8。2022年新生児の64%が法律婚をしていないカップルを親にもち、家族支援関係予算はGDPの約2.5%(約5兆円)。子供支援の受益者は社会全体であるというコンセンサスが形成されています。

フランスの家族政策は、1960年代までは「子供を持つことに伴う経済的負担軽減」に軸足を置き、女性を家庭内に留めておくことを是とする現金給付が主流でした。

1970年代に女性就業率が高まると、重要施策として保育支援を強化。この時期に家族観の変化が顕著となり、1976年に「ひとり親手当」が創設されました。

1980年代後半以降、出生率が低下。当時の女性が「仕事か家庭か」の二者択一を迫られていた社会環境が背景にありました。日本の現状はこの段階でしょうか。

そこで1990年代から2000年代、女性の二者択一状態を改善するために、男女を問わない「家庭生活と職業生活の調和」が政策目標となり、男女平等気運が高まりました。

その延長線上で2021年には、子供誕生直後の男性育休を2週間から4週間に拡充。しかも、多子推奨の工夫を講じています。

つまり、フランスは欧州で唯一、第2子以降にしか家族手当を支給せず、さらに第3子以降は手当増額や税制優遇等のインセンティブを付与しています。

その背景には、フランスは歴史上常に隣国ドイツと緊張関係にあり、「人口は国力である」という潜在意識が影響しているそうです。

いずれにしても、女性の就業支援、男女平等、国力維持といった明確な目標意識の下で、結果的に子供の貧困対策が相対的に充実しているのがフランスです。

2.3つの「こしょく」

日本の「こども食堂」は貧困対策と思われがちですが、もともとは貧困対策に特化したものではありません。

いつ頃から「こども食堂」が存在していたか明確ではありませんが、2016年頃に約300ヶ所という数字が飛び交いました。2018年、「こども食堂」を支援する民間団体「こども食堂安心・安全向上委員会」が調査を行い、2286ヶ所と発表。

2019年、中間法人(実施団体と行政の間を繋ぐ団体)である全国こども食堂支援センター「むすびえ」がやはり調査に行い、全国に少なくとも3718ヶ所と発表。

その後も「むすびえ」は2020年4960ヶ所、2021年6014ヶ所と発表。コロナ禍の影響でさらに増え、昨年秋の調査では7331ヶ所と発表。しかし「こども食堂」の定義は明確でなく、行政も直接管理監督をしていないので、実数は不明です。

しかし、数字の増加は子供の貧困、その背景にある親の貧困の傾向を示しています。「欠食児童」とは世界恐慌(1929年)時の不況を機に登場した言葉ですが、この時代に「欠食児童」が激増していることは衝撃です。

親がダブルワーク、トリプルワークで所得を維持しているケースもあり、平均以上または富裕層家庭でも虐待や育児放棄された子供が少なからず存在し、実質的貧困に陥っています。

一緒に食べる家族がいない「孤食」、いつも同じ物を食べる「固食」、一種類しか食べない「個食」、こうした3つの「こしょく」は貧困層に限定されない問題です。

子供を保護する目的で始まった「こども食堂」ですが、法制上の組織でもなく、行政も管理している意識はありませんので、明確な定義もありません。

強いて定義を述べるならば、元祖「こども食堂」と称される東京都大田区の「気まぐれ八百屋だんだんこども食堂」の店主近藤博子さんの表現がよく引用されます。曰く「こどもが1人でも安心して来られる無料または低額の食堂」。子供が1人で入れることがポイントであり、貧困家庭の子供に限定しているわけでもありません。

僕は昭和世代ですが、子供時代には町内に「子供会」があり、折々に食事も提供してくれました。友人の家で「今日は食べていきなさい」と言われてご馳走になることも珍しくなく、それらも言わば「こども食堂」の源流です。しかし、核家族化が進み、「子供会」もなくなり、他人の子供の面倒を見ることも稀になり、今日の状況に至ります。

子供の貧困はリーマンショック後の2008年頃から特に注目されるようになり、2013年には「子供の貧困対策の推進に関する法律」が成立。子供の貧困に焦点が当たりました。

2013年に多くのテレビ番組が「子供の貧困」「こども食堂」を取り上げました。とくにNHKスペシャル「見えない貧困―未来を奪われる子供たち―」は僕も見ました。

2015年、「こども食堂」同士の繋がりを目的とした「こども食堂ネットワーク」が発足。同年「こども食堂サミット」も開催され、2016年から「広がれ、こども食堂の輪」が始まり、東京で「こども食堂のつくり方講座」も開催されました。

社会貢献やSDGs運動の一環として企業も参画。2019年、ファミリーマートが約2000店のイートインで「ファミマこども食堂」を展開。これも記憶しています。

「こども食堂」の開催頻度は月数回が一般的。営利目的でないことを明確にするため「料金」のことを「参加費」と呼びます。子供は「お手伝い」等の条件付きを含めて無料としているところが過半の一方、大人の参加料は子供より高いのが普通です。

対象者は貧困家庭の子供に限定されているわけではありません。上述「むすびえ」の2021年調査によれば、参加条件を「貧困家庭に限る」としている「こども食堂」は5%でした。貧困家庭対象という誤解を避けるために「こども食堂」の名称を冠さない場合もあります。

場所、食材、運営資金等、主催者の悩みは様々ですが、一番の課題は偏見だそうです。「こども食堂」を利用すると貧困家庭と見られる懸念から出入りしない子供、参加を禁止する親もいるそうです。「貧困者が集まる」として利用を拒否する公民館等もあるそうです。児童虐待の発覚を恐れて虐待している親が行くことを禁止する等々、事態は輻輳しています。

自ら行きにくい子供への対策としては、東京都文京区では2017年から「こども宅食」を開始。LINEで申し込んだ子供に対し、食事や食材を自宅宛に直接配送。これは、コロナ禍における自宅待機者向け対策と共通するアイデアです。

飲食店が食事券を子供に配布して店に来てもらう方式もあります。また、自店で発行した食事券を来客に購入してもらい、それを子供に使用してもらうパターンもあります。

なお、通常の飲食店は調理師免許や営業許可が必要ですが、「こども食堂」は必要ありません。そうした実態から衛生面の課題も指摘されています。

最近では公的補助も普及。運営団体に対して助成金や補助金を供与したり、運営への助言や支援を行う自治体も増えています。自治体にとって事業化し易いのかもしれません。

本来「こども食堂」的な対策は行政責任で行うべきとの声がある一方、現状では行政は助成金拠出程度の関わりに留まっているからこそ柔軟に運営できているする意見も聞かれます。

3.Pay It Forward

リーマンショック後の経済状況、トマ・ピケティが指摘した格差拡大トレンドは、程度の差はあれ世界共通です。したがって、海外でも日本の「こども食堂」的な事例はあります。

米国や英国では学校の始業前に朝食を出す「朝食クラブ」という取り組みがあります。全米約13万校の約80%、英国では小学校の約50%、中学校の約60%で実施しています。

フィンランドには「レイッキプイスト」と呼ばれる子供の遊び場があり、夏休み中は子供たちに無料で食事が提供されます。「子どもたちにとって最も安全な場所」として市営で運営されており、首都のヘルシンキには約70ヶ所存在します。

ドイツのライプツィヒ市は2012年に「こども食堂」開設。日本と少し趣旨が異なり、子供たちと一緒に調理し、食事を楽しみます。材料の収穫も自ら行い、イベントを工夫して子供を楽しませます。幼稚園や小学校の延長線のような印象です。

ライプツィヒ周辺は低所得の外国人や社会的弱者が多い地域です。運営団体は市から助成金を受け、空き家を購入し、自ら改修。地上階を「こども食堂」にし、上階を住居として賃貸し、その収入で活動費を捻出しています。

米国のフードドライブも有名です。家庭で余っている食品を集め、必要とする組織や個人に配ります。「ドライブ」と聞くと車の運転を連想しますが、英語的には「運動」の意味があり、ブックドライブ(本を集める運動)、ペーパードライブ(新聞を集める運動)等、「何々ドライブ」という言い方がよく使われます。

フードドライブの変形パターンとして毎年5月第2週に行われる「Stamp Out Hunger(スタンプ・アウト・ハンガー)」という運動があります。全国郵便配達員組合NALC(National Association of Letter Carriers)が始めたものです。「Stamp Out」は「撲滅」という意味なので「Stamp Out Hunger」は「貧困撲滅」。「切手」の「Stamp」と重ねています。

実施日前に各家庭に食品を入れる袋が配られ、当日は各家庭が郵便受けの前に食品を入れた袋を置きます。それを郵便配達員が回収し、地元のフードバンクや食品が必要な組織や個人に配ります。NALCの社会貢献活動であり、今では全米50州1万都市以上で実施されているそうです。

デンマークで普及している「フェッレスピースニン」。公共施設、文化施設等で手頃な価格で食事を提供し、知らない人同士が一緒に食事するコミュニティ・キッチンです。

代表的フェッレスピースニンは文化施設「アブサロン」で開催されるもの。アブサロンは使われなくなった元教会を改修して作ったコミュニティ・センター。

そのひとつに「One Bowl」と冠されたグループがあり、毎週日曜日に寄付制で開催され、様々な境遇の人が同席して会食します。「子ども食堂」大人版の様相です。

One Bowlは「地位や能力に関係なく、あらゆる背景や立場の人に美味しい食事を提供する」ことを目標に掲げ、17のSDGs目標の2番目「飢餓ゼロ」実現を目指して活動しています。

One Bowl参加者の多くが「孤独対策になる」と評価。人気が高く、開催1週間前には予約席が完売するそうです。

誰かのためにチケット購入して壁に貼っておき、そのチケットで貧困者や子供たちが食事をする運動もあります。米国ルイジアナ州のレストランで始まりました。徐々に常連客の間で広まり、今では同様の取り組みをする店が全米にあるそうです。

欧米では支払困難な人のコーヒー代を代わりに払う「Suspended Coffee」と呼ばれる運動もあります。100年以上前にイタリアのナポリで始まったそうです。

日本を含め「カルマキッチン」「ギフトエコノミー」と呼ばれる運動もあります。「カルマ」はサンスクリット語で「業(ごう)」とか「因縁」を意味します。自分が店に行く前に店を訪れた人が、先に代金を払ってくれているという仕組みです。他者に感謝し、因縁を重んじる仏教的取組かもしれません。

日本でも「まかないめし」「タダめし」という取り組みをしている店があるそうです。手伝いをすることで一食提供される「まかないめし」、上述の米国ルイジアナ州の事例と同じように誰かが食事代を払ってくれる「タダめし」です。

こうした活動は英語では「Pay It Forward(恩送り)」という概念で表現されます。食と貧困の連鎖を断ち切り、お互いの存在に感謝し合う「Pay It Forward」です。

「こども食堂」は特殊なことではなく、失われた伝統や慣習が形を変えて再現されつつあるとも言えます。営利化、貧困ビジネス化は回避しなくてはなりません。

(了)

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